第四話 ゆずの魅力を発揮するで
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」
コンビニのバイトである。
もう数分で上がりの時間だ。
いつもなら気分最悪のバイトタイムだが、今日の僕はとても気分がいい。
「東城さん、今日はもう上がっていいよ!お疲れ様!」
「はい!ありがとうございます!お疲れ様でした!」
コンビニを出て、家まで歩いて数分の帰り道を僕は全速力で走った。
明日が待ちに待った番組の撮影日である。
遂にゆずがテレビデビューするのだ。
僕の頭の中には、もうゆずが大スターになる考えしかなかった。
家の扉を開けると、毎度のゆずとの感動の再会である。
「ただいま!」
「おかえり!お兄ちゃん!」
ゆずは嬉しすぎてみかんのおもちゃをくわえて、喜びを表現している。
「ゆず、いよいよ明日が撮影日だぞ」
「うん!知らない人がおうちに来るんでしょ!」
撮影はまず自宅ロケとなった。
自宅でのゆずの様子や僕が言うことを理解して行動する様を撮り、それがVTRとなる。
そして後日、テレビ局へゆずを連れて行き、スタジオロケで実際に芸能人と絡む予定だ。
ゆずは人が大好きだから、色んな人に会えるというだけでずっとワクワクしている。
明日ゆずに何をさせるかは、事前に杏子と相談し決めていた。
ゆずに練習もさせたので、準備はバッチリである。
「ゆず、念の為だ。明日やることをもう一度おさらいしておこう」
「おっけい!」
撮影当日。
あと10分程でテレビ局の人がやってくる。
僕は少し緊張していた。僕も飼い主としてテレビに出るわけであり、落ち着いてはいられない。
「お兄ちゃん、今日はなんだかいつもと違うね」
「当たり前だろ。テレビだぞ、テレビ。犬世界じゃただの箱かもしんないけど、人間にとっちゃ一大事なんだ」
「ふーん、まあアタシは楽しければなんでもいいや〜」
気楽なものである。撮影の成功は、この小さな犬にかかっているというのに…。
程なくして、家のチャイムが鳴った。ついに来た。
「こんにちは。Aテレビの安藤です。本日の撮影よろしくお願いしますね!」
全員で4名のテレビ局の人達が来た。
ゆずは、早速テンションが上がって跳びはねている。
「こちらがゆずちゃんですね!すっごい元気で可愛い…!」
さすがはゆず。掴みはバッチリだ。
まずは撮影の簡単な打ち合わせだ。
「VTRでのゆずちゃんの初登場シーンで、あの最初の私達に会って喜んでいる様子を撮りたいと思うのですが、またお家に入り直してゆずちゃん喜んでもらえますかね?」
「もちろんです!ぜひ可愛く撮ってやってください!」
人に会って喜ぶ演技は、先日の動画で慣れたものである。
「ゆず、4人の人がいるけど、喜ぶ演技できるな?」
「任せといて!こうでしょ!」
舌を出し、尻尾を振ってみせる。
こうして、まずは冒頭部分の撮影が済んだ。
次は僕がゆずとカメラに映り、簡単なインタビューに答える場面だ。
簡単にゆずを紹介した後、ゆずの特技を聞かれた。
この撮影のメインである。
「ゆずは、飼い主の僕の言う事なら何でも理解します」
「それが本当だとしたらすごいですね!では実際にやってもらっていいですか?」
「はい、では早速。ゆず、新聞を取ってきて」
ここからは事前にゆずと打ち合わせた行動だ。
ゆずはリビングの新聞置き場に行き、一部の新聞をくわえた。
ゆずの体は小さいので、新聞を引きずりながら僕のところへ持ってきた。
ゆずの唾液がついた新聞が僕の手に渡る。
「まぁ、ゆずの唾液がこうやってついちゃうので、普段はこういうお願いはしないんですが…」
「あはは!」
テレビ局の人達にウケた。いい感じだ。
「でもすごいですね!普段やらないことも理解してできるなんて」
「こういったこともできます。ゆず、右を見て」
ゆずが右を向く。
「左を見て、その次は上を見て」
僕の指示通り、ゆずの首が動く。
「外を見て、一回吠えよう」
「ワン!」
「おぉー!!」
テレビ局の人達が感心する。
「ゆずは身体能力は低いので、バク転とかはできないですが、こんな感じで言う事は理解します」
「私、あれが聞きたいんです!動画でもあったゆずちゃんを呼ぶとブゥ、って返事するやつ!」
「あぁ、あれなら簡単ですよ。呼んでみてください」
「はい!じゃあ……ゆずちゃーん」
ゆずが呼ばれた人の目を見ながら答える。
「ブゥ」
「かわいいーー!!」
家中が湧いた。ゆずフィーバーである。
この後もゆずに様々な命令を出し、撮影は無事に終了した。
テレビ局の人達が帰って行った後、ゆずを抱き上げた。
「ゆずー!よくやったぞ!」
「うんー。楽しかったけど、ちょいと疲れたよ、お兄ちゃん」
「あー、そりゃそうだよな。慣れない事ばかりだもんな。みかん食うか?」
「食べるー!!」
一週間後、テレビ局での撮影である。
この撮影でも、スタジオで簡単な指示をゆずに出すことはもちろんのこと、「ブゥ」の鼻息を必殺技として引っさげて行った。
有名女優Eさんが、ゆずを抱っこした瞬間、、、
「ブゥ」
スタジオは大いに湧いた。
今のゆずの魅力に勝てる犬はいないだろう。
一見ブルドッグのシーズーで、ブサカワで頭が良くてブタのように鳴く犬。
「めっちゃかわいいですやん!僕も犬欲しいわぁー!」
芸人Tさんもゆずの魅力にメロメロである。
こうして、今回のすべての収録が終わった。
一ヶ月先がOA《オンエア》日である。
「収録はどうだったの?」
杏子が収録祝いに奮発して、豪勢なご飯を作ってくれた。ゆずには、犬用のステーキとケーキを買ってきてくれている。
「もうね、ゆずが最強だったよ」
「さすがゆずちゃんねー!」
ゆずは疲れてるのか、寝そべって尻尾を振って返事をしている。
「ゆず、大丈夫?疲れてるね」
「うん、ここんところ慣れない環境ばかりだったからね」
ただ、ゆずとしてはたくさんの人達に可愛がられて、それなりに満足しているらしい。
「さ、ゆず、メシ食うぞ!」
「お、待ってましたー!!」
贅沢な犬用メニューをゆずは俊速で平らげた。
OA《オンエア》後、番組への反響はすごかったようだ。
僕もツイッターで随時チェックしたが、その人気たるや凄まじい。
「ちょっとブサイクなのがたまらない!」
「あの目に見つめられたい!」
「頭良すぎ!ギネスに載れるでしょ!」
絶賛の嵐である。
仕事の依頼も続々と来た。
雑誌やポスターの撮影、番組やCMへの出演依頼。
これは、いよいよマネージャーとして本格的にスケジュールを組んでいかなければならない。
動画を配信してからここまで、信じられない程のスピード出世である。
そんな中、衝撃的な一つの電話がかかってきた。
「はい、もしもし。………はい。…………はい。え……」
ゆずが僕の顔を覗き込む。
「お兄ちゃん、どしたの?」
心臓がバクバクしている。
「映画の出演だって……」