第二話 犬と話せれば楽勝やろ
ピンポーン。
ペットモデルに応募しようとググっていたら、誰かが来た。
人がせっかく張り切ってる時に…。
ゆずは人が来たことに毎度のこと尻尾を振って興奮し、みかんのおもちゃをかじっている。
ガチャ……一人の女性が満面の笑みで立っていた。
僕の彼女、夏目 杏子だ。
そう、こんな無職でどうしようもない僕にも長年付き合っている彼女がいる。
とても面倒見が良く、美人で正直僕にはもったいないくらいの彼女だ。
友人達は、彼女のことを「聖母マリア様」と言っていた。
杏子の顔を見て、今日遊びに来ると言っていたことを思い出した。
ゆずと杏子は大の仲良しで、ゆずの興奮度は最高潮に達していた。小太りな体のくせに、飛び上がって杏子を歓迎している。
「ゆず〜!お姉ちゃんだよ〜!」
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
杏子は僕が犬と話せることを知っているので、いつも通訳してあげている。
ゆずと杏子の毎度の感動的な再会の儀式も終わり、居間に三人で座った。
「何か取り込み中だった?仕事探し?」
「うん、仕事見つかった」
「ホント!?すごいじゃん!!何の仕事なの?」
ゆずを膝に乗せた杏子が、期待の目で僕を見てくる。
「ゆずをモデルにすることにした」
「ん?」
「ペットモデルってやつ。雑誌とかテレビにゆずを出すんだよ」
杏子の顔がちょっと引きつった。
「本気?」
「うん。上手くいくと思うんだよね」
「どこからその自信……。あれってすごい競争率高そうだし、大丈夫なの?」
「ゆずを見てみ。ブタだろ」
「誰がブタよ!!」
ゆずが怒って吠える。
「いや、たしかにゆずはブタでブルドッグで、、、とてもモデルとか無理だと思うんだけど…」
「これ見て」
CMで活躍中のブサカワブルドッグの画像を杏子に見せた。
「ゆずの方が絶対ブサカワだと思うんだよね」
ゆずはもとより杏子も呆れた。
「あのさ、、、霊、バカでしょ。ていうか親バカ以外の何者でもないわよ」
「へ?」
「ハッキリ言わせてもらうけど、ペットをモデルにしてお金稼ごうなんてせいぜい趣味の範囲でやるものよ。少なくともこれで仕事見つけたとか、あなた本当にバカでしかないわ。バカ」
辛辣な「聖母マリア様」である。
「なんだよ、じゃあ杏子はゆずがブサカワじゃないって言いたいの?」
「いや、そうじゃなくてゆずは確かにブサイクで可愛いけど、どこのペットだって飼い主やその周囲の人から見れば可愛いものよ」
ゆずの瞳に涙が浮かんでいる。
「人の芸能界と一緒で、こういうのってただ可愛ければいいってものじゃないでしょ?運も必要で、こういうところで成功することって宝くじを当てるようなものよ。少なくともこれが仕事です、なんてバカげてるわ。可愛いでモデルになれるなら、私はとっくにモデルになってるわよ!」
言い切ったよ、この女…。
まったくの正論である。が、僕は折れる気はなかった。
「いや、まあ大丈夫だって。なんたっておれは犬と話せるんだよ。カメラマンの撮りたいようにゆずに演技をさせることがおれならできるんだし、この特技を活かさない手はないと思うんだよね」
「はぁ…わかったわ。とりあえず私もできるだけ協力しようと思うけど、ちゃんとモデルの仕事が軌道に乗るまでは何かバイトなり探した方がいいと思うよ」
「まぁ、そうだねー、何か適当に探すことにするよ」
どこの事務所に応募するかを検討し始めた。
基本的にはどうやらオーディションとは名ばかりで、応募をすればほぼ合格するものらしい。
だいたいの事務所は無料でオーディションは受けられるとのことだが……。
「げ!」
「どうしたの?」
「なんか登録とかにお金かかるっぽい」
スマホの画面を杏子に見せる。
「あぁ……宣材写真撮影とかカタログとかに載せるためか。まあそんなもんなんでしょうねぇ…」
「高いとウン十万とかだよ。こんなん無理。安いとこもあるみたいだけど、これ仕事来るのかなぁ…」
「ほれ見ろ。上手くいく気しないでしょ」
「いや、ゆずをスターにするためだ!このブサイクさならいける!」
ゆずはもうツッコむ気も起きないらしい。寝そべって外を見ている。
色々と事務所を比較検討した結果、それなりに定評がありかつ登録費も安価な事務所に応募することにした。
応募フォームから必要事項を記入し、応募完了である。
オーディションまで日があるので、僕は杏子に言われたようにバイトを探すことにした。
そして2週間後……。
8月某日、太陽がギラギラと照りつける中、僕はゆずをペット用キャリーケースに入れ、家を出た。
ゆずが不満そうである。
「アタシ、これキライ」
「わかってるよ。でもこれに入れないと電車乗れないから仕方ないだろ」
「まあ家に置いてかれるよりはマシだけどさ…」
オーディション会場は、都内のペットショップで行なわれるようだ。
電車に乗ると、ゆずがクゥンクゥン鳴き出した。
「ねぇ、出して」
「無理」
「お願い」
「無理」
周りの乗客からは、さぞ冷たい飼い主に映ったであろう。
鳴いている犬に対して情の欠片も見せないのだから…。
ゆずの悲痛な叫びを無視しながら、オーディション会場へと到着した。
「ほれ、ゆず、やっと出られるぞ」
「この鬼ぃ〜」
ゆずをケースから出し、その重い体を抱き上げ、ペットショップの中へと入った。
待機場所へ行くと、どうやら先にオーディションを受けている犬がいるらしいことがわかった。
白い小柄なマルチーズだ。
ゆずと違って、めちゃめちゃ綺麗な顔立ちである。
「ゆず、あの犬ってオス?」
「うん、オスだね。気が弱そうな奴〜。超緊張してるよ」
「イケメン犬だけどな。ああいう犬と結婚したらいいんじゃね?」
「やだよ。あんなビビリなやつ」
「いや、お前もビビリだろ」
ゆずは音にめっぽう弱い。僕のくしゃみにでさえ、未だに慣れず跳び上がる程である。
5分程して、面接官の人がやってきた。
ゆずが興奮して、目を輝かせる。
「東城様、お待たせして申し訳ございません。こちらがゆずちゃんですね。すごくかわいいですね!」
やっぱりゆずの愛嬌の振り方は、すごい。
杏子は、ああは言ってたけど、ゆずにはそこらの犬にない魅力がある。
場所を移動し、面接が始まった。
「ではまずは当プロダクションについて、東城様にご説明させていただきますね」
プロダクションの説明、簡単な質疑応答のあと、フレンドリー審査が始まった。
面接官の方とゆずとの触れ合いタイムである。
「ははは、この子すごく人懐っこいですねぇ!」
「お兄ちゃん!この人すごく優しいよー!ゆず感激!!」
(へぇへぇ、そりゃ良かったね)
と、内心思いながら笑顔で一部始終を見ていた。
愛嬌を振りまいて、魅力を伝えることは大事なことである。
最後にカメラ撮影である。
「ゆずは僕の言うこと理解するので、撮影の時に色々僕から指示しますね」
カメラマンの指示通り、ゆずをポージングさせる。
「ゆずちゃん、すごいですねー!本当に言うこと聞くんですね。これはペットモデルとして強味になりますよー!」
(ゆず、ナイス!)
ここまで来てやはり自信しか湧かなかった。
「では、これで本日のオーディションは終了となります。ゆずちゃん共々ゆっくり休んでくださいね。合否については、後日郵送致します」
ゆずは尻尾を振りながら、面接官の方との別れを惜しんだ。
「どうだった、ゆず。楽しかったか?」
「すっごい楽しかったよ!あのお兄さん、超優しかったしまた会いたいなぁ」
「あの面接官の人も楽しそうだったしな。ゆず、お前は流石だよ」
「んー?何が?」
「ブサカワ具合が!」
「ハイハイ…。合格できるかな?」
「間違いなく合格だろうね。あとは仕事が来るかどうかだ」
ゆずをゲージに入れ、帰路へと向かった。
「ねぇ、アタシ頑張ったからご褒美ちょうだいよ」
「ん、帰りの電車で静かに待てたらあげるよ。何がいい?」
「みかん!」
「あいよ」
そして、1週間後、合格通知が来た。
いよいよ犬モデルの生活のスタートである。