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前編

 


 ここに一つの箱があります。

 この中に生きた猫と毒を入れます。

 そのまましばらく置いておきます。

 さて、箱の中の猫は生きているでしょうか、それとも死んでいるでしょうか。

 毒を口にしたのなら猫は死んでいます―――可哀想な猫は死んでしまいました。

 口にしていないのなら猫は生きています―――可哀想な猫は閉じこめられたままです。

 猫は生きているでしょうか、死んでいるでしょうか。

 箱を開けずに証明してください。

 ある人は死んでいると主張しました―――だって箱の中は静かなのだから死んでいるに違いない。

 ある人は生きていると主張しました―――眠っているだけかもしれない、死んだ証拠にはならない。

 賢い人も偉い人もみんな箱の前で議論。

 箱はほったらかし。当然猫もほったらかし。

 誰も箱を開けようとしません―――開けてしまったら議論にならないのだから。

 猫は箱を開けることができません―――生きていても開けることができない。

 だから箱は開かないままです―――議論が終わるまで開けません。

 猫は箱の中に閉じこめられたままです。

 生きていても死んでいても猫は独りです。

 さて、箱の中の猫は生きているのでしょうか、死んでいるのでしょうか。




 一目で夢だとわかる夢がある。時間を遡る術がない限り、ありえない光景だから。

 それでも繰り返し夢に見るほど記憶に焼き付いている。きっと一生忘れることはないのだろう。

 暗い石の小部屋と不気味な魔法陣が描かれた部屋しか知らなかった俺に、新しい世界を見せてくれた人。赤と黒しかなかった俺の眼に様々な色を与えてくれた人。

 きっと俺にとっての神様。俺の太陽。少なくともあの時はそうだったんだ。

 痛みや苦しみは俺の心をえぐるしかなかった。傷だらけで原型もわからぬほど崩れていた俺の心は生まれて初めて癒されることを知った。

 暗い牢獄に差し出された手、その温かさを俺は忘れたことがない。

 たとえその出会いがすべての間違いの始まりだったとしても、俺はその過去を変えたいとは思わない。

 時を遡る術があったとしても、俺は何度でもその手を取るだろう。たとえ夢の中であっても―――。



 無機質な電子音が眠りを妨げた。それは朝を知らせる雄鳥の代わりではなく、ただ不愉快な呼び出しでしかない。

 カーテンの間から太陽の光が射し込み、とうに朝が来ていたことを示している。もちろん部屋の主はそれをわかっていながら安らかな眠りをむさぼっていたのだが。

 不機嫌にうなりながら、それでも枕元で鳴り続けるケータイを手に取る。画面に表示された名前にさらに嫌な顔を向けながら。

「…はい」

「私だ」

 あいにくワタシダという人もワタシという人も知らない。そう言ってやろうかと思いつつも、隣に彼女がいる以上、そんな言葉は許されない。彼はそんなことを言わないからだ。

「それで何の用ですか。今日は午後からの出勤のはずですが」

 彼を知る人間なら耳を疑い彼の頭を心配する口調だが、幸い開相手も馴れている。そんなことでいちいち驚きはしないし彼の都合に合わせてくれる。こういうときだけはありがたく思う。それ以外に思うことなどないが。

「急ですまないがなるべく早く来て欲しい。君に仕事が入った」

 いつもの『彼』ならすぐにでも電源を切って二度寝を始める所だが、あいにく今は『彼』ではない。自分ではないもう一人は頼まれごとを断れない質だ。ならそれに合わせるしかない。

 わざとこのタイミングを狙ったんじゃないかと考えたが、考えても出せる結果は変わらないのでやめておく。自らの機嫌を悪くしても良いことはない。

「わかりました。すぐ行きます」

 それだけ言って会話を切った。ケータイを手に持ったままベッドから起き上がる。まずはシャワーだ。それから着替えも用意しなければならない。隣で眠る彼女を起こさないよう配慮したつもりだが、既に彼女は起きていたようだ。

「仕事?」

「ああ、起こしてしまったか?」

「気にしないで。そろそろ起きようと思っていたから」

 そう言う彼女だが昨夜は日付が変わってからもかなりの間起きていたはずだ。だが決して非難を口にしない。善意の固まりのような人だ。

「朝食は?」

「向こうに行ってから食べる。まだ休んでていいよ」

 向こうが何を言おうと食事の時間だけは手に入れるつもりようだ。無理矢理起こされたのだからそれくらいの権利はあると本気で思っている。

 朝のシャワーや風呂はゆっくりしたいものだがあいにくそんな時間もない。ゆっくりしていては彼女に不審がられる。多少の事は彼女も気にしないだろうが、それでも出来る限り彼に合わせたい。

 行為の後の余韻も水しぶきが吹き飛ばしてしまう。まったく嫌な朝だ。文句の一つや百、言っても構わないだろう。

 実際に言えば相手の脆弱な胃は今度こそ壊れるかもしれないが。

 シャワーを終えリビングに戻るとバスローブ姿の彼女が着替えを用意していてくれた。

「着替えは先に用意しておくものよ」

「順番や経緯はたいした価値を持たないよ。重要なのは結果だ」

 ようは先に用意しても後に用意しても結果は変わらないということだ。口に出しながらも彼の考えは時折理解しづらいものがある。

 着る服は白いワイシャツにジーパン。ベルトだけが唯一のアクセサリー。基本的に着飾ることをしなかった彼の装いは彼自身の趣味には合わない。それでもこの部屋ではこの姿でいるのが鉄則だ。ここにいるのは『僕』ではなく『彼』なのだから。

「それじゃあ行ってくるよ、俺のジュリエット」

 そう気障ったらしい言葉と額への軽いキスで彼女にしばしの別れを告げる。恋人なら何もおかしくないその姿。おそらくここに第三者がいたのならなんて違和感なのだろうと思うだろう。そんなこと彼自身が誰よりもよく知っている。それでもしなければならない。

 見てる方が恥ずかしくなるような、ちょっと気障ったらしいこの朝の挨拶が『彼』の日常なのだから。

「いってらっしゃい」

 笑顔で送る彼女に何の非もない。事情を知る者の多くはそう思わないかもしれないが、彼だけはそう思っている。

 だけど時々その笑顔が辛くてたまらなくなることもある。それでも彼女は何も気付かず笑顔を向けてくれるだろう。悪気のない善人ほど扱いが難しいものはない。悲しいことに本人だけがそれを気付かずにいる。そして一生気付くことはない。残酷なほど彼女は美しく、清らかだ。他に汚れを押しつけていることにさえ気付かない。

 だがそれを望んでいる自分もきっとどうかしている。永遠の聖母(マリア)など存在するはずがないのに。




 阿部裕一郎の所持物から胃薬が消えることはない。家や職場のデスクにはストックが常備されており、様々なメーカーの薬を試した結果、今使っているものが一番効いている。しかし悲しいかな、いくら薬が良くても周囲の環境が良くならない限り彼の胃痛がなくなることはない。

 今も彼の胃痛はキリキリと悲鳴をあげている。原因は同じ部屋にいる部下である。

 阿部の職場は通常の会社とは違う。一般的に『機関』と呼ばれる。

 正式名称はない。ほとんどいつの間にかできた、できるべくしてできた存在だ。だから関係者も『機関』と呼び、さらに『支部』と呼ばれるものが世界中に複数存在する。阿部は日本にある『支部』の一つ、通称『関東支部』の支部長である。もちろん、彼はその名にふさわしい重役であるのだが、部下たちや本人にとっては一番苦労の多い中間管理職でしかない。

 元々はっきりとした組織が確立していない『機関』だ。他の『支部』との連携がまったくないとは言えないが、それでも『支部』のほとんどが独立していると言ってもいい。『機関』とひとくくりでまとめられるのは世間に対する対処のためだ。

 まだ彼らの存在は一般人に受け入れられているものばかりではない。むしろ嫌悪する者も多いだろう。

 だからそんな彼らが通常の企業のように独立し、多くの組織であることを人は嫌う。まだまだ彼らは管理されている側に見られている。現実がどう違おうともだ。

 『支部長』はその地区におけるもっとも偉い役職と言っても良い。しかしそれは同時に仕事の多さ、特に阿部は扱いづらい部下たちの対処に追われる毎日だ。そして部下たちも彼の苦労を知りつつも、そのほとんどがその苦労をねぎらってくれないのだ。

 今目の前にいる部下もそんな問題児の一人である。

 問題児と言ったが、実際彼はまだ少年と言っていい歳だ。外見も中身も、そのあたりにいる若者とそれほど変わるものはない。黒のTシャツにジーパン。首や腰、手首から指の先まで飾るアクセサリーが動くたびに金属音を奏でる。耳にもピアスをしている。若者らしい派手な外見の中に、セットされた髪だけは黒いまま。染めた様子もない。そこだけに違和感を感じるのだが、事情を知っている人間は口に出すことはない。

 それでも多くの一般人がしたこともない経験を積み重ね、あり得ない過去を背負ってきた。

 その結果がこの性格の悪さなら、多少理解するべきなのかもしれない。が、結局苦労は上司に向かうのだ。

 今も突然の呼び出しに不機嫌を隠さない、と言うより隠す気もない様子だ。

 トントントントン

 不機嫌のレベルを表すようにソファの肘掛けを指で叩いている。

 今までの経験からしてもかなりのレベルだ。それは阿部もよくわかっている。しかし仕事は仕事だ。腹をくくり話を始める。

「東、呼び出したのは悪いと思っているが、他に空いている人間がいなかったんだ」

 まずは正攻法で言い訳を。しかし火に油を注ぐことにしかならなかったらしい。

「そんなこと、僕には関係ない」

 言葉の一つ一つにとげが刺さっている。叩く指も早くなっている。阿部はすぐにでも逃げ出したかったが、立場上そういうわけにはいかない。

 それに呼び出したのは、すぐにでもしてもらいたい仕事があるからだ。できれば本題に入りたい。しかしそれがさらなる怒りを招くことは想像にたやすい。

 ああ、なぜ私の部下はこんな問題のある子ばかりなんだ。

 心中で大きくため息をつく。いつか心不全で倒れるかもしれない。本気でそう思う。

「すまないと思っているが本当に急だったんだ。あとでその分手当も出るから」

 だから我慢してくれ。もちろん彼が金や物で怒りを静めるようなタイプでないことも十分承知しているが。

 やはり胃潰瘍で入院するのは時間の問題か。隣でその様子を見ていた秘書はぼんやりとそう思った。

 ちなみに関東支部内では阿部支部長がいつ頃、何で入院するか賭が行われていることを、本人だけが知らない。




 渚一樹―――カズキとよく間違われるがナギサイツキと呼ぶ―――の機嫌は最低値に達していた。平常なら気にしないことに反応してしまうほど。

 その不機嫌さは周囲に伝わってるらしい。眉間に皺を寄せ、仏頂面をしているのだからわかってとうぜんではあるが。ちなみにここ数日ずっとだ。そのうち皺が刻まれるんじゃないかと周囲の家族・知人に心配されている。本人にとっては余計なお世話だが。

「一樹、遊びに来てまでその皺、何とかならねーか?」

 友人その一が言うが、それで何とかなるのなら最初からなってはいないだろう。もちろん、本人もそのことは重々承知している。

「お前のその眉間の皺、原因はお姉さんだろ」

 さすがに付き合いだけは長い友人。話さずともわかるらしい。

「気持ちはわからなくはないけどよ。夏音さんも一人の人間なんだし恋人くらい選ぶ権利があるだろ? 弟としておもしろくないのはわかるけど、いい加減姉離れした方がいいぜ?」

 余計なお世話だ。

 彼の機嫌がこんなにも悪いのは今友人が言ったとおりだ。彼の自称・未来の兄のことだ。あくまであちら側の自称であり、一樹自身はまったく承知していない。むしろ絶対に認めないという意志を固めている。

 彼の最愛の姉・渚夏音。弟の一樹とは三歳離れており、今大学で福祉学を学んでいる。身内のひいき目を差し引いても美人で、スタイルも良い。成績も良く国立の大学に一発で合格している。それでいてそのことをひけらかさず、人の手助けを進んで行う優しさに満ちた聖母のような人だ。

 もちろんそれは誇張かもしれないが、それでもどこに出しても文句の言いようがない姉であることは違いない。幼い頃から姉は家族の自慢であり誇りだった。

 そんな姉の唯一の汚点が――一樹が一方的に思っているだけだが、彼女の彼氏である。

 彼女は今、年下の男とつきあっている。

 一樹はシスコンであることに自他共に認めているが、さすがに姉の交際に口を出す気はなかった。当然おもしろくはないし、彼女にふさわしい男でなければ認めたくないという気持ちはあった。

 それでも自分一人のわがままで姉を束縛することなどできなかった。最終的には彼女の意志を尊重しなければならない。だからいつか彼女に恋人ができたとき、その関係を認めようと前々から決めていた。

 姉は人を見る目があるし、彼女を泣かせるような男を選んだりはしないだろう。そう信じていた。

 しかしいざ、ふたを開けてみれば、他の誰よりも彼女の交際を反対する人間となっていた。

 一年ほど前紹介された姉の恋人は、一樹とほとんど歳の変わらない少年だった。それはどうでもいい。いや、年下であることには驚いたが、それはさしたる問題ではない。問題はその人柄だ。

 その男はすでに就職しており、高校も卒業していないらしい。髪こそ染めてはいないが耳につけられたピアス、体のあちこちを飾るアクセサリーの数々。礼儀も何もなっていない挨拶。初めて顔を合わせたとき、どうでもよさげに一樹を見ていた。棒読みの挨拶に心などこもっておらず、初対面は本当に形式だけのものとなった。

 今時の若者としては普通なのかもしれない。一樹自身自分の装いがどこに出ても恥ずかしくないと言えるほど立派なものではないことは十分承知しているし、ブランドにこだわったりもする。だからその姿が不良だ不作法だと年寄りのように言ったりはしない。しかしそれでも姉と釣り合うとは思わなかった。

 だがそのときは口に出して反対はしなかった。外見だけで人を判断してはならない。それが姉の教えだ。親よりも姉の教えを重視する彼がその教えに反することをするはずがなかった。おそらく彼のシスコンは『超』が付くほどのものだろう。

 それだけなら一樹も直接不満を言うことはなかった。しかしそれから数日後、その意思はがらりと変わった。あるものを見たためだ。

 姉の恋人であるはずの男が、姉以外の年上の女性と街中を歩いていたのだ。

 もちろんそれだけで浮気と決めつけてはならない。家族や友人かもしれない。

 しかしその二人の様子はどう見ても誰が見ても恋人にしか見えなかった。腕を組み、仲よさげに話す彼の態度。優しく慈しむような瞳だった。

 当然それでいいはずがなく、一樹も直接声をかけて確かめようとした。しかし相手は目の前にいる男など知らないと言わんばかりの態度。最後には無視された。

 姉思いの彼はその日のうちに姉に抗議した。いや、告げ口した。恋人が他の女とつきあっていると、浮気していると。

 しかしそれを聞いた姉の態度はいつもと変わらなかった。動揺も怒りも、悲しみすらなかった。

「それはいいのよ。向こうにもいろいろ事情があるんだから」

 そう言い、さらに

「外で彼にあまり声をかけちゃ駄目よ」

 そう子供に言うように一樹に言い聞かせた。元々何かと弟を子供扱いするところがある姉だったが、これにだけは納得がいかなかった。高校生にもなって大事な姉の事なのに蚊帳の外扱いということが一樹は許せなかった。

 姉はその後も何の変わりもなく、相変わらず交際を順調に続けているらしい。

 しかし一樹は納得できていない。どんな事情があれど、浮気が許されるはずがない。彼自身今まで意識したことはなかったが、彼には潔癖な部分があったようだ。

 本人に問い詰めようともした。しかし相手がそうしようとしないためか、ほとんど顔を合わせることはない。あってもほんの十数秒、姉を迎えにくるか送ってきた時だけ。そのときすら話も聞かずにさっさと帰ってしまう。

 姉はあまり他人に感心を持たない人なのだと説明したが、それが納得の理由になるはずもなく、さらにそれ以降も数回姉以外の女(前回と同じ女性)と街を歩く姿を見る度に、不満は積もるばかりだ。

 だが姉は弟の不満など気にせず、別れる気もないらしい。今まで弟の意見を尊重してくれた姉が、初めて相手にしれくれなかった。それも不満の一つだ。

 そんなわけで、眉間の皺の理由説明終了。

「お前、タッパもあるし顔も悪くないのに。もてないのそのシスコンのせいだって、絶対」

 さらに余計なお世話だ。

 今一樹はは街中の広場に友人と一緒にいる。今日ここで行われるコンサートに誘われたためだ。近頃不機嫌な友人を心配してのことだろう。

 もちろんその気持ちには感謝している。しかしこんなことで機嫌が直るとは俺自身思っていないし、友人も思っていないだろう。

 それでも息抜きにはなるだろう。そう思って一樹は誘いを受けた。

 コンサート開始まであと数分。早めに来たおかげで良い席を取れた。あとは開始を待つだけだ。

 正面にある舞台では準備が着々と進んでいる。最近人気が上がってきたストリート出身の歌手グループだ。アマチュア時代から気に入っていて、コンサートに来たのもこれで数回目だ。デビューしてからは人気が出てチケットを取るのに苦労するようになったが、それでもファンとしてうれしくないはずがない。

「なあ一樹、これ知ってるか?」

 時間つぶしに持ってきた雑誌を友人は一樹の膝の上に広げた。そこには『シュレディンガーの謎に迫る』というタイトルを掲げた記事があった。

 『シュレディンガー』という言葉は以前聞いたことがある。確か実在する異能力者だと言うが、その時は信じなかった。だから名前ぐらいしか記憶に残っていない。確か死体を操る死人使いだという話だったと思うが。

「実際に『シュレディンガー』を見た奴だとか自分がそうだって奴のインタビューが載ってるんだ」

「そんなもの、みんな出任せだろ。死人使いなんているわけないし」

 それこそ漫画に出てくるネクロマンサーとかぐらいだろう。

「だけどさ、この『シュレディンガー』ってほとんどマスコミには出てこないらしいぜ」

 こういうオカルトものが大好きな友人はそれについて話し出すとなかなか止まらないのが玉に瑕だ。

「なんでも政府が雇ってるらしくて情報をまったく出さないようにしてるんだって」

「また嘘くさい話だ」

 本当に。少し現実問題を混ぜれば少しは信憑性が出てくると思っているのだろうか。

「だけどこの雑誌、発売した当日に発行中止させられたらしいぜ。どこの店にももう残ってないし」

 今彼が持っている物は発売直後に運良く買えた代物らしい。

「マスコミにも情報規制が出てるらしくてさ。前に執念深く取材しようとした記者が行方不明になったとか」

「嘘くさー。本当にいるかもわからないのに」

「いるんだって。見たって奴は少なくないんだよ。動物みたいな死体を操ってたって」

「証拠はないんだろ」

「うん、カメラとかはみんな没収されたらしい。しかも変なことに見たはずの『シュレディンガー』の顔を誰も覚えてないんだって」

「都市伝説かよ」

 最近の怪談は何ともバラエティーに富んでいる。

「だいたいその『シュレディンガー』ってようは何なんだよ」

「んー、死人使いってのがメジャーだけど情報がなさ過ぎてな。ただ警察に負えない事件とかを解決するらしい」

「どこの漫画だよ」

 秘密の組織とか超能力集団とか、そんなものとうに見飽きている。

 そう、そんなものフィクションの中だけだ。世界を救う勇者も、世界を滅ぼそうとする魔王もすべておとぎ話。現実なんてそんな面白くも珍しくもない。

 一般人が抱える不満や不幸などそのほとんどが無い物ねだりか強欲。それは日常がいかに平穏であるかの表れ。世界のどこかで大惨事が起ころうとも、それは結局のところ他人事。自分とは無関係。多くの人がそう信じるように、一樹自身もそう信じていた。

 だが、非日常とは意外にも身近に存在して、いつの間にか巻き込まれるものらしい。

 自分で思っていた以上に。




 一樹が目を覚ましたとき、そこには地獄絵図が広がっていた。

 他に表現する適切な言葉があるかもしれないが残念ながら一樹の語彙の少ない辞書ではそれが限界だった。そしてここには適切な表現をしてくれる者も、彼のボキャブラリーの少なさを指摘する者もいはしなかった。

 まず眼に飛び込んできたのが『赤』。赤が広がる、右にも左にも。熱い赤が、冷たい赤が、視界に飛び込んでくる。

 あの熱い赤は炎の色。車が、建物が、囂々と天高く炎を燃え立たせている。

 あの冷たい赤は血の色。すぐそばに倒れる男が、女が、子供が、年寄りが、惜しみもなく血を地面に注いでいる。

 何なんだ、これは。

 ただそれだけが、一樹の疑問だった。

 今彼は固く寝心地の悪いアスファルトに横たわっているが、そんなことすらどうでもいいと思えるほどの状況だったことは、詳しく説明する必要もない。そして悲しいことに、今この場に彼の疑問に答えてくれる者は一人として存在しなかった。

 壊れた機械が、アスファルトが、原型を失いあるべき場所へと戻れず横たわっている。人が、ゴミくずのように転がっている。

 一樹の倒れている場所のちょうど正面。舞台があった場所は、もはやその役目を果たせなくなった舞台であった物。そしてその上に立ち、高々と笑っている男。あの男がやったのだと、意識を失う直前の記憶が語っている。血を流し倒れる人々の中で、スーツを血で染め笑う男を、ただの通行人と誰が信じられるだろうか。

 淡い色のスーツに返り血という模様を飾られ、血まみれの手が空に掲げられ喉が潰れるのではないかと思うほどの爆笑。

 人が笑うのは楽しいから。うれしいから。

 ならばあの男は人を殺すのが楽しくて笑っているのだろうか。

 すべてがおかしい、いかれている。こんなことあっていいはずがない。

 思考のすべてが全力で現実を否定する。日常なんてカケラもない。今目の前にあるのは液晶盤の向こう側にあったはずの非日常。それが今、目の前にあるはずがない。

 そう頭の中で叫んでいるのに、一方で冷静な理性が忠告する。ここから逃げることを。

 そうだ、今生き残るには冷静に動かなければならない。逃げなければならない。

 落ち着きを取り戻した一樹はまず一緒にいた友人を捜した。一人で逃げられるはずがない。友達を見捨てるほど一樹の心は腐っていない。

 周囲を見渡すと、一樹が倒れている所から二・三メートルほど離れた場所に友人と思われる男が倒れていた。頭から血を流し、手足を力なく放りだしている。意識もないようだ。

 生きているかすらわからない。だがそんなこと考える余裕もなかった。

 とにかく痛みの走る身体に鞭を打ち、一樹は倒れている友人の元へ行こうとする。幸い彼自身に大きな怪我はなく、かすり傷と打撲程度で済んだようだ。

 一樹が立ち上がろうとしたその時、それまで響いていた場違いな笑い声が停止ボタンを押したオーディオのようにピタリと止まった。

 見れば、男が一樹を見ていた。生存者の存在に、男は慌てるわけでも驚くわけでもなく、にやりと不気味な笑いで応える。悪魔というのはああいう顔をしているんじゃないかと頭の隅で思ってしまう。

 ゾクリと悪寒が一樹の身体を走った。良くないことが起きる。きっと、いや間違いなく。これから自分に降りかかる危険に怯えた。

 男は次なる標的を見つけたことに歓喜している。そう直感した。何の根拠もなく。しかしそれはきっと当たっている。そして自分が逃げ切れないことにも気付いていた。不幸にも。こんな時ばかりは自分の勘の良さを恨みたくなる。

 一樹の脳内ではすでに数分後ここにあるだろう自分の死体を映していた。何でこんなときに限って俺の想像力は冴えているのかと一樹は自分自身を呪いたくなってしまう。

 一樹自身、こんなにも早く死ぬなんて思っても見なかった。姉の将来を心配するどころじゃない。自分の未来さえ失われてしまうなんて。

 こんなことなら姉と仲良くしておけば良かった。最近はあの恋人のことで突っかかってばかりで、ほとんどまともに話をしていなかった。

 一樹の脳裏にはそんな後悔の言葉ばかりが広がった。最後の最後なのに考えるのは姉のことばかり。本当に超ド級シスコンだ。思わず自分を笑ってしまう。

(ごめん、姉さん)

 届かないだろう末期の言葉を姉に残す。自分の最後を看るのが怖くて最後に目を閉じた。

 そして渚一樹という少年の十七年という短い人生は幕を閉じた――――――――はずだった。

 静けさがその場を支配していた。

 いつまで待ってもやって来ない死に不思議に思い、一樹はそろりと目を開く。目の前には自分を殺して揚々としている男がいるはずだ。

 しかし。

「?」

 目の前にあるのは黒い棺桶だ。

 逆十字という変わったデザインだがそれ以外は何の変哲もない。日本ではほとんど見ることのない洋式の棺桶。こんなもの、吸血鬼映画やゾンビ映画くらいでしか見ることはないだろう。

 何だこれは。どこかの親切な人が彼の代わりに棺桶を発注してくれたのだろうか。しかし一樹の家の宗派はキリスト教ではなく仏教である。

 あまりの異常事態に一樹自身自分の頭が混乱していることはわかっている。しかし今目の前にある光景が混乱した脳が見せる幻の類でないこともわかっている。

 よく見ると、そこにいるのは棺桶だけではなく、棺桶を背負った人間であることがわかった。

 重そうな棺桶を鎖でがんじがらめに縛り、それをそのまま肩に担いでいる。

 何だ、ずいぶん仕事の早い葬儀屋だな。それとも俺を迎えに来た死に神だろうか。そんなことを考える一樹自身、彼自身が思っている以上に混乱しているのかもしれない。

 男と対峙するように立ち、一樹を背にかばうような位置の為顔はわからないが、その誰かが黒いコートを着ていることはわかる。

 葬儀屋でも死に神でも良い。やるならさっさとやってくれ。いささか自暴自棄になった一樹だが、突如現れた誰かはそんなこと気にもかけていないようだ。

「ずいぶんと派手にやってくれたな。後始末する人間のことも考えたらどうだ?」

「?」

 一樹は自分に言ったのかと思ったが、どうやら対峙している殺人鬼に言っているようだ。

(というか、この声どこかで聞いたような……)

「まあ片付けるのは僕じゃないしいいか」

 いいのかよ! 思わずツッコミができるくらいには一樹の脳がいつもの調子を取り戻しつつあるようだ。あまりの異常に緊張感が崩れ余裕ができたのかもしれない。

「あー、無理矢理起こされたと思ったら、こんなくだらないことだったとは。親父、帰ったら殺す」

(くだらないこと? この大惨事をそんな言葉で片付けていいんですか! というかあんた誰? そして誰かは知らないが親父、逃げろ!)

 心の中でツッコミが連発で放たれる。口にはしなかったが。

「というわけでおとなしく捕まるか、俺に半殺しにされて捕まるか、好きな方選べ」

(どっちにしろ捕まるのか! ていうか二択目いいのか! こういう場面って正義の味方が救ってくれるのがセオリーじゃないのか? ずいぶんと暴力的なヒーローだな)

 最近はアンチヒーローとかダークヒーローというものが流行っているらしいので、そのたぐいなのかもしれない。それとも現実とはこの程度なのかもしれないが。

「あの……」

「ん? ああ、あんたまだいたのか」

 それまで完全に無視をされていたと思っていたが、どうやら一樹の存在を気にしていなかったようだ。この人物にとって一樹の価値はそこら辺の石ころと同じようだ。

 今の会話でわかったことは、その声からこの人物が男であるということぐらいだろうか。

「邪魔だからさっさと逃げろよ。救済はセルフでお願いします」

「あんた何しに来たんだ…助けに来てくれたんじゃないのかよ」

「えー、だって面倒くさいし。もういっそのことみんな間に合いませんでしたって報告した方が楽じゃない?」

(こいつ……人として最低だ)

 ヒーロー像の否定よりも人としての人格を疑ってしまいそうな人物だった。

(それよりもやっぱりこいつ、何処かで会ったような……)

 一言一言を聞くたびに感じる既視感。

「とにかく巻き込まれないうちに離れた方がいいぜ。巻き込まない保証はないしな」

 ようやくその人物は振り返り、顔をさらした。

 その顔は―――、

「は? あんた、姉さんの」

 彼氏じゃん。

「あれ? お前―――」

 向こうもどうやら何かに気付いたらしい。

「―――誰だっけ」

 …………死刑確定。

 弁護士も検察官もいない裁判所で、静かに判決が下された。

「まあいいや、とにかく死にたくなかったらさっさとどっか行って。僕は知らない、知りません」

「あんた本当に何しに来たんだ…」

 怒りを通り越して脱力感が一樹の上にどっしりとのしかかった。

 今まで顔を合わせてもまともに話をしたことはなかった。というより相手にする気がなかったという方が正しい。

 やる気のなさそうな態度で、何度会っても一樹の眼をまったく見ようとしない。自分の恋人しか眼中になし。しかしまさかこんな人間だったとは。

 一樹の中で今まで以上に自称・兄への点数が下がっていく。急激に。

「お前、『機関』の人間か」

 気付けば今まで放っておかれていた殺人犯がようやく口を開いた。

「ああ、そういえばいたんだっけ」

 お前の眼には女以外入らないのか。思わず心の中でツッコんでしまった一樹であった。

(というか『キカン』って何だ?)

 キカンとはあの機関だろうか。文脈的にその可能性が高いが、あいにく一樹にはそれが何という機関なのか、どういったものなのか皆目検討がつかない。

「そうだけど、あんたは関係者じゃなさそうだな。もしそうならこんな馬鹿はしないだろ」

「お前みたいなガキが、止められると思ってるのか? くく、『機関』もずいぶんと落ちたものだな」

「『猫使い』に年齢は関係ないだろ。それより最初の質問に答えろ。答える気がないなら強制的に二択目を取らせてもらうけど」

 また意味のわからない単語が。『猫使い』って何だ? 猿回しの仲間? それともサーカスで猫に芸させてる人?

 一樹の存在など忘れたかのよう、というより本当に忘れたのかもしれない二人の意味のわからない会話が繰り広げられる。

「一応捕まえる前に聞いておくけど、あんたにその技教えたの誰だ? 独学でできる芸当じゃないだろ」

 おそらくそれが一番重要な質問だったのだろう。一樹には意味がわからなかったが、その言葉にはそれまでなかった重みが感じられた。

「ハハ、ハハハハ」

 すると男は急に笑い出した。まるで壊れたラジカセのように。

 今までの笑い声とは違う。楽しくて楽しくて仕方がなかったというような先程までとは違う。これは、

 狂ってる。

「ハハハハハハハははっはははははハハハハハハハハハハハハハハハハはははははははハハハハハハハッハハハハはっハハハハハハハハハハハハハははハハハハハハハハはっははハハハハハはっはハハHAHAハハはハはハハHAはハハハッハははハははHAハハッ」

 笑い声が響く。天向けて。血に染まった舞台に、大きすぎるBGMのように。セリフでも歌でもない。イカレた音。

 それしか言えなくなったのかと思うほど、男は笑い続ける。

 男以外の人間、一樹も彼も誰も動かない。

 イカレた音が風を切り裂く。雑音のように耳に響く。

 一体どれだけの時間、男は笑っていただろうか。いや、実際は数分に過ぎなかったのかもしれない。だが一樹には永遠に続くかのように感じられた。

 突然、笑い声が止まった。男は電池が切れたかのようにピタリと止まる。

 ぐるり。

 天を見上げていた男が顔を一樹たちに向けた。

 いや、正確には一樹の前にいる少年に向けて。

「あの方から聞いていた。お前のような人間の存在を。騒ぎを起こせば必ず現れることも」

「ほー。で、あの方ってのは誰だ? 正直聞きたいのはそれだけでな。教えてくれたら楽に逝ってもいいぜ」

 本当に捕まえる意志があるのだろうかこの男は。必要な情報だけくれたら後は死んでもらってかまわないということだろうか。

 もはやここま来るとあきれる他なかった。

「お前、何でこんなことしてんだ? この力があれば誰かに従う必要もない。誰も敵わない。最強の力を手に入れたというのに」

 相変わらず一樹には理解できない会話だ。だが、その力とやらによってこの惨事が引き起こされたのなら、一樹にとってはくそったれな力でしかない。

 そんな暴力、強さじゃない。

 力におぼれた者は、その力を無意味に晒し振り回す。何かを壊すことこそが最も強い力の使い方だと信じるかのように。

 しかし本当に強い者は自らの力を無意味に振り回しはしない。能ある鷹は爪を隠すと言うが、実際その通りだ。本当の強者は力が招く幸福と災厄、その両方を知っている。そして大きすぎる力は災いをもたらすしかないことも。

 だから彼らは自らの力を誇示しようとはしない。どんなものにもメリットとデメリットが存在する。力はその使い方を誤れば以前より遙かに大きい不幸を与えてしまう。

 力を正しく使うことが一番難しい。何が正しいかは人それぞれだが、無意味に誇示することこそ最も間違った使い方だ。

 正しく使うことこそが一番難しく、単純に力を振り回すのなら子供にだってできることだ。それすらわからないのなら、弱者や強者を語る以前の問題。ただの愚者でしかない。

「お前みたいなのがいるからこっちは忙しいんだ。そうやってメリットばかり見てリスクを知らず力を振り回す馬鹿がいるから」

 頭をバリバリと掻き、本当につまらなさそうな顔をしている。一樹は最初に会ったとき姉から彼を紹介されたが、名前を呼んだことがなかった。だからそれを思い出すのに少々かかった。

 たしか―――、

「獅童東」

 ようやく出た名前。どうやらそれは間違ってはいなかったようだ。初めて少年ははっきりと一樹を見た。それまでのどうでもよさげな瞳ではなく、本当の意味で自分の背後に座り込む少年を視界に入れた。

「お前、何で僕の名前を知ってるんだ? ていうかどっかで会ったことがある気がするな。何だっけ」

 あごに手を添え思い出そうとする姿は考える人そのままだが、残念ながらそのような時間はなかった。

 殺人者の肩書きを背負った男は、懐から何かを取り出した。小さな金庫のような金属製の箱だ。

 それを見た瞬間、一樹の脳裏にあれは開けてはならないと誰かが警告した。第六感か神様か、何でも良い。それに従うのが一番だということが理解できてさえいれば。

 しかし残念ながら今の一樹には離れた場所にいる男の行動を止めることができるはずもなく、助けに(?)来た救世主はまだ考え中で敵のことなど忘れている。

 そして当然敵である男は他人の心中などまったく気にするはずもなく、蓋を開いた。

「喰い殺せ! ケルベロス!」

 男が箱を開けると同時に黒い何かが出てきた。

 最初は黒い煙のようだったそれが、外に出てすぐ形を手にする。

 それは箱のサイズからはあり得ない大きさ。その姿は地球上の生き物であるはずがなく。それは神話や伝説の中にしかないはずの生き物。

 その牙は罪人の肉を引き裂く。一度ではなく二度三度と。なぜならその首は一つではないから。

 咆吼が地面を揺るがす。一つの咆吼すら耳を貫きもう一つの耳から飛び出そうなのに、それが三倍の轟音となって体中を貫く。

 この世に頭が二つ以上ある生き物なんてプラナリアぐらいのものだろう。それとて生まれた時は一つだろう。だからそれ以外で二つ以上の頭を持つ生き物などいるはずがない。

 だが今彼らの目の前にいるそれは三つの頭をぶんぶんと横に振り、うなり声を轟かせている。

 神話に詳しくない人でも聞いたことはあるだろう。地獄の番犬・ケルベロスを。

 口から垂れるのはよだれだろうか。間違いなく二人を殺すべき標的、いや格好の餌と認識している。先程地獄絵図だと言ったが、ならばここは地獄で、今門番に喰われそうになっているのだろうか。それともこの怪物が地獄からはい出てきたのだろうか。

 どちらでもいい。ただ救われたと一瞬でも思ったことが誤りだったこと、ただ寿命がほんの十数分延びただけだったということだけが一樹の中で認識された。

 怪物がその口を開いた。喉の奥に赤黒い光がちらついている。熱気が離れた離れた場所にいる二人にまで伝わってくる。

 怪物に殺されたなんてファンタジーな死に方をした人間なんて、この世に何人いるだろう。

 一樹は今度こそ死を覚悟した。

 いや、覚悟なんてできてない。未練だらけだ。死にたくないと心が叫んでいるのに身体が恐怖で動かない。自分という生き物は思っていた以上に情けないのだと初めて知った。

 だが死ぬことが怖くない人間なんてこの世にどれだけいるというのだろ。死後の世界を信じる信じないの話じゃない。

 死んでしまえばそこですべてが終わってしまう。

 一樹自身、命の重みを理解するほどの語れる過去を持っているわけではない。だが自分と大切な人の死を恐れる感情ぐらい当たり前のように持っている。

 なのに今の彼には自分の身を守る力も助けてくれる人間もない。

 目の前にいる少年をアテにはしていなかった。助ける気もないと公言しているし、そもそもこんな怪物にただの人間が敵うわけがない。

(姉さん、さよなら)

 今度こそ本当にお別れだ。一樹は再び、そして今度こそ最後の挨拶を胸中で姉に送る。(ついでにこいつも死ぬのならある意味ラッキーかもしれないけど)

 そんな考えが出たのも死を前にした余裕があったからだろう。

 しかし本当にそうなれば姉が二重に悲しむことになることもわかっていた。たとえ一樹がどんなにこの男のことを嫌いでも、姉は、夏音は恋人の死にさらなる悲しみを受けるのだろう。

 姉さんには泣いて欲しくないな。結局最後まで姉のことばかりだ。

 怪物の口から炎がはき出される。赤黒い業火が。

 そして一樹は再び目を閉じた。今度こそ死ぬために。

「なあ、あんた、誰だっけ」

 固く目を閉じた暗闇の世界に降りかかってくる声。この異常事態に何の緊張感も持たないのんきさが含まれている。

 しかし一樹にはその声に答える気力もなかった。この声もすぐに聞こえなくなると思うと今更すべてが無駄に感じてしまう。

「おーい、聞いてんのかー? 寝たのかー?」

 声は止まない。

「もしもーし、聞こえてますかー? 死ぬなら質問に答えてからにしろよ」

 やはり止まない。死んでいるのに止まない。

 もう死んでてもおかしくないのに声の主はのんきだ。自分が死にかけている、もしくは死んでいることにすら気づかないほどのんきなのか。

 今だって猛暑のように熱い。炎が二人を焼いている――――にしてはどこも苦しくないな。

 確かに熱いが炎で焼かれてるのにこの程度で済むのはおかしい。

 一樹は恐る恐る目を開いた。目の前には赤黒い業火があるはずだった。

 しかし、

「ああ、起きたか。なあお前誰だっけ? 会ったことがある気がするんだが思い出せん」

 目の前には無傷の獅童東。炎はどこにもない。

 よく見ると、一樹と東を護るように黒い盾が炎を防いでいた。いや、これは盾ではない。彼が背負っていた棺桶だ。

 今日はいろいろおかしなものや非常識なものを見てきたが、もしかして一番非常識なのはこの男ではないだろうか。

「なあ」

「その前に、俺も一つ」

 その棺桶、何で出来るんだ?

 場違いな質問であるのは一樹も重々承知しているが、とりあえず口に出せた疑問がそれだった。

「ああ、これ? 特注品。素材は企業秘密」

 地獄の業火に耐えられる棺桶なんて、人間の技術で作れる物なのだろうか。いや、ここまで非常識が続けばこれ以上驚く必要はない。この棺桶も非常識の産物なんだ。もうそうやって納得するしかない。

「おい、僕の質問にも答えろよ」

 今の状況を気にもせず自分の疑問の解決を優先させるこの男もかなりの異常だ。やはり異常現象と起こす人間は異常であると決まっているのだろうか。

 いや、そもそも異常を起こすこと存在をが異常と呼ぶのではないだろうか。

 まあとにかく、その異常に現在進行形で救われているのだからこちらも質問に答えるのが道理というものだろう。

「俺は渚一樹」

「ナギサ? てことは、お前――――」

 獅童の言葉が途切れた原因は彼ではなく襲いかかってきた黒い影にある。

 先ほどまで獲物二人を焼き尽くそうと炎を吐いていたケルベロスが、焼くことを諦めたのか棺桶を飛び越え襲いかかってきたのだ。

 話に集中して炎が止んでいることに気付かないとは、かなりのお間抜けと言えるだろう。

 しかし東の方は冷静だった。驚くそぶりも見せず、手に持った鎖を引っ張った。

 棺桶と彼を繋いでいた太い鎖。鎖だけでもかなりの重さがあるだろう。そして棺桶の方もこれだけの大きさならたとえ中身が空であってもそれなりに重いはず。その二つが合わされば人間一人以上の重量にはなるはずだ。

 なのに、東は筋肉質でもないその腕一本で棺桶を振り上げた。

 棺桶はその見た目に見合った、いやそれ以上の重量感を持って空を舞い、飛びかかってきていたケルベロスの顔を正面からつぶした。

 ケルベロスの顔の一つがぐしゃりと音を立てて潰され、そのまま元の方角へ吹っ飛ばされた。

 飛んでいったケルベロスは瓦礫にぶつかり埋もれてしまったがそのようなこともう気にもしていられなかった。まるでハンマーのような使い方に一樹は唖然とするしかなかった。罰当たりとかいう問題以前の問題だ。何のために持っているのだろうと疑問に感じなかったわけがない。しかしこの使い方は想像していなかった。絶対に用途を間違ってる。死者の寝床どころか今すぐ生者を永眠させそうな使い方だ。

 誰かは知らないが棺桶を最初に発明した人も、こんな使い方をされるとは夢にも思わなかっただろう。

 東の方はまったく疲れた様子もなかった。あの細腕にどれだけの筋肉が詰まっているというのだ。

 しかしケルベロスの方もさすが化け物だ。一度は吹き飛ばされ瓦礫に埋もれたが、すぐに起き上がってきた。潰れた顔をぶんぶんと振り回す姿は犬と変わらないがかわいいところはまったくない。三つある顔の一つだけがブルドックのようになっているのは少し笑えるが。あいにく笑っている状況でないことぐらい一樹も承知している。

 もちろんそれを呼び出した男も笑っていられる状況ではなかっただろう。しかし部外者の一樹よりはずっと冷静だった。いや、予想していたかのような顔だった。

「『箱』をそんな使い方する奴は他にいないだろう。『機関』の『猫使い』はお前みたいな奴ばかりなのか?」

「さあ? 元々『猫』を飼うような奴は頭がどっかいってる奴ばかりだろ」

 つまり自分がおかしいことは自覚しているんだな。こっそりとツッコミを入れる一樹であった。

「ならさっさとお前の『猫』を出せ。『猫』を相手に素手でやれると思ってるわけじゃないだろ」

「お前ぐらいの雑魚ならいけると思ったんだが、それじゃあ手間がかかりそうだし、しょうがない」

 振り回す度にジャラリと音を立てていた鎖が棺桶から引っ剥がされる。まるで棺桶を封印するかのようだった鎖はまた音を立てて地面に転がった。

 そのとたん、再び悪寒が一樹を襲った。

 先程男が箱を開けようとしたときと同じだ。いや、それよりも恐ろしいのは先程と違いこんなにも近くのためだろうか。

 語彙力のない一樹でも表現できるのが『パンドラの箱』だ。神話に登場する開けてはならない箱。触れてはならないもの、やってはいけないことの代名詞ともなっている。

 あの箱は開けてはならない。あれはまさしく『パンドラの箱』だ。再び一樹の中で警報がウーウーと鳴っている。なのに、こんなにも近くにいるにも関わらず、それを止めることが一樹にはできないでいる。

 開けてはならない。しかし開けなければならない。

 矛盾した警告が頭の中に響く。

 一樹の不安に気付いているのだろうか。東はチラリと背後にいる一樹の顔を見ると、ニッと意地悪そうに口元をつり上げた。

「耳、塞いでおいた方がいい。直接害はないが、耳に良いものでもないしな」

 すべての鎖が解かれ、その蓋を束縛する物はなくなった。

 そして蓋が開く。ギィっと、重い蓋が開く音だけがした。

 蓋が開くと同時に臭ってきたのは何だろう。思わず鼻をつまんでしまいそうな死臭。しかし死臭に混じるのは別の物。

 何と表現すれば良いかわからない。だがこれは、生きた臭いだ。

 死と生がその箱につめられていた。そう表現するしかなかった。矛盾した感覚であるとわかっていても。

「出ておいで、阿修羅」

 そして、何かが棺から出てきた。

 棺桶に入れるのは死体と決まっている。しかしその中の何かは動いている。動いているということは生きているはずなのに、それは生きていなかった。しかし死んでもいなかった。

 生と死の気配、その両方を纏っているようで、どちらもないかのような不思議な気配。鳥肌が立ちそうなほど悪寒が走るのに、まるでそこにいないかのような希薄さ。

 これは何だ?

 黒い棺の中に入っていたのは生者? それとも死者?

 どちらでもない。ならば、それは一体何なのか。

 出てきたのは女だった。その生死は問わずに。黒髪の女がいた。体中を拘束帯のような物でがんじがらめに縛られている。

 囚人。その言葉が一番しっくり来る腕は身体の前で一本に縛られ手先しか動きそうにない。足も同様に。歩くことさえ困難なほどに。そして両目すら覆っている黒い布。全身を黒い拘束帯で縛られた少女。それが棺の中身だった。

 少女と言うのは布の合間から見える白くきめ細やかな肌、艶やかな黒髪、細く長い手足などから推測してだ。

 眼は見えないがかなりの美少女なのではないかと多くの者が想像するだろう。しかし拘束された姿はあまりにも痛々しい。

 しかしそんな彼女さえ、今二人を殺そうとしている獣と同じものであると、一樹は直感した。なぜ思ってしまうのだろうと自分に問いかけながらも。

 勘よりも確信に近いものが胸の内にあった。あの獣もこの少女と同じく生者でも死者でもない。あんなにも熱い息を吐き出しているのに、生気が感じられなかった。

 棺桶から出てきた少女を満足そうに迎える東も、やはりどこかおかしいのかもしれない。

 一方、相手の男は驚愕に満ちた瞳でその少女を見つめていた。先程までの挑発する態度が消えてしまうほどに。

「馬鹿な、人間を『猫』にするなど、禁じられているはずだ」

「禁じられているだけでできないわけじゃない。それに厳密に言うとしないのが暗黙の了解だというだけだ。絶対にしてはならないという決まりは存在しない」

 東を見る男の目は彼を非難するかのようなものだ。しかしその視線を受ける東はいたって当たり前だ、それがどうしたと言わんばかりの態度だ。

「偉そうに力を振り回し人を殺しておいて、そのくせそんなくだらないことに遠慮するのか? 結局はその程度というわけか」

 つまらなさそうな顔をするのは本当にそう思っているからだろう。彼らの会話のほとんどが一般人である一樹には理解できないものばかりだが、彼が自分のやっていることに罪悪感も道徳も感じていないことだけはわかる。

 それが恐ろしくイカレタことなのだということが相手の顔でわかる。殺人鬼さえ踏み込まない禁忌に平気な顔で突っ込む。

 イカレタ人間になりきれない殺人鬼がおかしいのか、それとも道徳を無視してそれを笑うのがおかしいのか、答えは出ない。

 ただ、目の前にいるこの男を、一樹は殺人鬼などよりもずっと恐ろしく感じてしまう。

「つまらないルールにしがみついたことを弱さの言い訳にするくらいなら、どんな罰も受ける覚悟で破った方がよほどマシだろ?」

 だから雑魚なんだよ。

「それじゃあせいぜい死なないようにな。加減が苦手でな。間違えて死んでも苦情は受け付けないので」

 そのあたり了承よろしく。

 にんまりと、東は笑う。まるで悪戯を成功させて喜ぶ子供のように。

「阿修羅、最高のラブソングをよろしく」

 東の背後に従者のように寄り添っていた少女が、初めてはっきりと動く。

 パカリと、口を開いた。

 次の瞬間、耳を突き抜ける声が発せられた。

 この声を言葉にすれば何になるだろう。「ア」でも「ラ」でもない。言葉にならない声。途切れず永遠に続くのではと思うほどの声量。思わず耳を塞いでしまうほどの。

 なるほど、耳を塞いだ方がいいというのはこのことだったのか。思わず納得してしまう。

 音や声でガラスを割る実験の話はあるが、これはそれ以上ではないだろうか。なぜならガラスどころかアスファルトにさえ罅が入るのだから。

 当然それを正面から受ける男と怪物はタダで済むわけがなく、必死に耳を塞ぎ耐えている。見るからに苦しそうだ。

 声が兵器になるというのは話は本当のようだ。しかしこんなにも脳を揺さぶるような声であっても、やはり歌だ。

 聞いたこともないメロディー、歌詞。聞きたくないほど苦しいと思うはずなのに、なぜかもっと聞いていたくなるような不思議な歌。

 タバコや麻薬のようだ。身体に良くないはずなのに病みつきになる。

「しっかり耳を塞いでおいた方がいい。あまり聞き惚れると中毒になるぞ」

 耳を塞いでいるはずなのに、なぜかその声だけはよく聞こえた。一樹は言われずとも耳をしっかり塞いでいる。下手をすればこのままレクイエムになってしまうのではないだろうか。

「阿修羅の歌は麻薬効果がある。敵がつい聞きたくなってしまうような。だから聞きすぎると病みつきになって止まらなくなる。一歩間違えれば廃人だな」

 説明はありがたいが、なら一般人のそばで歌わせるべきではない。だがそんな配慮を持ってくれるような相手であるはずもない。

「まあ心配しなくても直接向けてる相手にしかほとんど効果がないから大丈夫だと思うけどな。まあ鼓膜が破れることくらいはあるかもしれないけど」

 それくらいたいしたことないだろ。

 そう何でもないように言うが、十分たいしたことだ。

 男も必死に耳を塞いでいるようだが、そばにいる一樹以上にダメージが大きいようだ。やはり直接向けられているからだろう。

 ケルベロスの方もダメージを受けているようだがさすが化け物。人間よりかなり丈夫だ。歌声に耐えながらもこちらに飛びかかってきた。

 だが、相手にとっては必死な行動も、この少年と少女の前では何でもないことらしい。

「阿修羅」

 ただ一言、彼が名を呼ぶだけでその意志は通じる。阿修羅と呼ばれる少女は飛びかかる獣から主を守らんと抱きしめる。もちろん両手は拘束されているのだから腕と腕の間に彼の頭を入れるような状態ではあるが。東もそれが当然とばかりに身を任せる。こんな状況でなければ、相手の衣服が拘束帯でなければうらやましい光景であるかもしれないが。それはそれで腹立たしいだろうが。

 しかし人なのかすらわからないが、それでも少女の細腕であの怪物の牙を防げるとは誰も思わないだろう。もちろんこの場にいる当人ら以外誰も思わない。だからその行動は無謀としか見えなかった。ただ、それはまだ愚かにも彼女が人間であると思ってしまう者の愚問でしかない。その生死を問わずしても。

 迫り来る牙は二人の若い肉を食いちぎり引き裂いた。誰もがそう思った。しかしそこには一滴の血も落とされてはいない。

 そこにいるのは、少女の姿をした化け物だ。何をもって化け物と呼ぶかなどの基準など誰が決めるのかわからないが、少なくとも一樹はあれを人だとは決して言わない。

 背中から翼を生やした人間など存在しない。翼と言えば聞こえは良い。その翼の色は白だ。誰だって天使のような美しいものを想像するだろう。

 だがそれは翼に羽が付いていればの話だ。少女の背中を割って生えてきた翼には羽どころか肉片すらなかった。それは少女と同じく生気を感じさせない。人間の体の中で白いもの。

 骨の翼が東と少女を包み込むように守っていた。化け物の少女は自身と主の身体をその翼で包んでいる。まるで子を護る親鳥のように。

 死体だって程度によるが肉に包まれているからきれいに見えるのだ。骨になってしまえば個人の区別など素人にできるはずもない。その翼が鳥の骨と似ているとか、そんなこと説明されても何の意味もない。

 やはりあれは人外の化け物でしかないということ、それだけだ。

 ならば、化け物を従えている彼らは何なのだろうか。化け物か、それともそれ以上の何かなのか。

 白い骨の翼は彼らを守る盾となっていた。どんなにカルシウムを摂取して丈夫にした骨でもあんな牙で食いつかれたらかみ砕かれるか、良くても罅が入るだろう。しかし、あの翼はびくともしない。罅一つ入らず、かすかな傷をつけるだけだった。

 ケルベロスは骨をかみ砕こうとするが、文字通り歯が立たない。

 そして盾となっていた翼は食らいつく獣ごと左右に開き、その勢いで獣を吹き飛ばしてしまった。

 中にいた二人にはかすり傷すらない。誰が見てもこの両者の関係は片方に偏っていると言えるだろう。自分が従える化け物がまったく相手にならないというこの状況に、男も焦りを隠せないでいた。

 相手の攻撃に対し防御に回っていた東が、少女に攻撃の指令を与える。

「阿修羅」

 指された指は哀れな弱敵に向けられている。やれと、聞こえないはずの声が空気中に霧散した。

 阿修羅と呼ばれる少女は主に従順だった。直接命令を与えられずともその意味を理解しているのだろう。

 骨の翼の先端が敵へと向けられる。そして一度身震いをしたかと思うと、翼の先端から白い槍のようなものが何十にも放たれた。

 槍はマシンガンのように敵を貫く。おそらく骨の一部なのだろうが、いくら発射しても尽きないことに一樹も突っ込まず、疑問に思うこともなかった。

 今更あれに常識を求めたところで無駄だとわかっているからだ。

 骨の槍は男とケルベロスに容赦なく突き刺さった。男の方は殺さないように配慮しているのか十本ほどの槍が刺さっているだけだ。それでも十分苦痛を与え、自由を奪っている。一方のケルベロスは哀れにも数十本の槍が容赦なく打ち込まれていた。もはやハリネズミだ。ビクビクと痙攣しながら倒れているが、あれでは起き上がることはできないだろう。

 槍の嵐が終わる頃には、座り込んでいる一樹と立ったままの東、そしてあの少女の姿をした怪物だけがその場にいた。血の海が広がる中、生死を問わず三人の姿だけが特に目立った傷もなく勝者の座に着いていた。

 一樹は戦ったわけでもない勝者でも敗者でもないが、この多くの人間や人間だったものが転がる中、顔を地面につけていないだけでも彼は幸運を勝ち取った勝者と言えるだろう。

 一樹自身にその自覚がなくてもだ。敗者であった哀れな被害者たちから見れば、彼もまた勝者に見えるだろう。ただ最初に運良くたいした怪我をせずに済んだ。タイミング良く東が来た。その東の気まぐれにより運良く助けられた。三つの幸運が彼を救った。もっとも本当に幸運なら最初からこのような事態に巻き込まれずに済んだだろうが。

 実は一週間ほど前一樹は商店街の抽選会に参加したのだが、十回引いて当たったのは下から二番目に良い景品だったインスタントラーメンのセット一つだった。

 ここで使われなかった分の運が今日彼を救い、ラーメンを当てる為に消費した運がこの惨事に招いた。

 ずいぶん高くついたラーメンだ。

 とにかく、今勝者だけが立っているのなら、それは戦いの終結を意味している。敗者である敵が何らかの理由で復活するか、新たな敵が現れない限り終結だ。

 ようやく戦いを終え、危険が消えたことに一樹が気付いたのは相変わらず空気を読まない場違いな言葉が降りかかってきた時だ。

「なあお前、夏音の弟だろ?」

 座り込んだままの一樹を見下ろす東に疲れは見えない。本当に彼にとってはたいしたことではなかったのかもしれない。

 ようやくわかったと言わんばかりにこちらの解答を待っている。まるで難問を解いて自身に満ちあふれた子供のような瞳で。

 一樹は思わずため息を吐きかけたが口から出す前に飲み込んだ。こんな非常識であっても彼が命の恩人であることに代わりはない。

「そうだよ。やっと思い出したか」

「いや、顔はおぼろげだったし名前はまったく」

 世の中には興味のあることにしか努力しない人間もいる。彼はその典型ではないだろうか。なさすぎのような気もするが。

「だけど確かー…。ああそうだ、よく読み方間違えられるって」

 姉の説明には余計なことが混ざっていたらしい。しかもその余計な部分は覚えている。

「そうそう、確かカズキ」

「一樹だッ!」

 間違いの方を覚えても意味がない。

「ああそうか、そういえばそうだったか。まあどっちでもいいけど」

 良くない、そう言ったがまったく聞いてはいない。神よ、この男に正義の鉄槌を。一樹は生まれて初めて本気で神に祈ったが、あいにく神は多忙なのかこの男と同じで気まぐれなのか、善良なる平民の願いを聞き遂げてはくれなかった。

 もはや怒りを通り越して脱力する一樹。

 一方東は興味を失ったのか、一樹を放っておき阿修羅を元通り棺桶に入れていた。

 気づけばファンファンとピーポー二種類のサイレンが聞こえてきた。徐々に近づいてきた音は赤い光となりそれを頭に掲げるパトカーと救急車が何台も広場に流れ込んできた。

 そのときようやく一樹は本当に惨劇が終わったことを実感した。やっと呼吸ができたような気分だ。

 すぐに救急隊員が倒れているけが人の手当を始めた。一樹も友人のことを思い出し駆け寄る。

 友人の元にはすでに救急隊員が駆けつけていて、意識を失っているが命に別状はないと説明してくれた。その言葉に一安心だ。

 ふと東の方を見れば、彼はやってきた警官と何か話をしている。「機関の方は」とか「猫の後始末は」とか聞こえたが大部分はサイレンや人の声にかき消され聞こえなかった。一樹はすぐにでも先程まであった光景の意味を聞き出したかったが、お互いそれどころではないことも理解している。残念ながら今日はこれ以上話もできなさそうだ。

 東は警察に事情と状況を説明していた。正直こういった面倒な仕事はお断りしたかったのだが、あいにく今この場にそれをできる人間が他にいない。これも仕事の内と諦め、職務を全うすることにしたのだ。

 内心はまったく楽しくないのだが。

 警察の方も内心おもしろくないはずだ。『機関』からあらかじめ話を通されているとはいえ、素性も怪しげな異能力者に好き放題やられておもしろいはずがない。

 『シュレディンガー』、もしくは『猫使い』と呼ばれる者たちに関する事件はすべて問答無用で『機関』に廻される。警察には事後報告のみが行われ、しかも詳細については黙秘権を所持している。

 『機関』は国の特務機関で、その権限は『シュレディンガー』に限られては内閣の次にある。その特性故『シュレディンガー』は国民のほとんどに内密にされ、『機関』のメンバーの情報も一切明らかにされていない。噂だけは消しようがなく、あの週刊誌に載っていたような眉唾物のような話が飛び交っている。それでも決して真実には届かない。

 秘密主義の『機関』と警察は相性が悪く、警察の中には『機関』所属の『シュレディンガー』もはぐれ『シュレディンガー』も同じだと考える者すらいる。

 しかし異能を持つ者たちはそれが自分たちと彼らの境界線だと受け入れている。どうやっても受け入れられない人間も存在するのだと。

 警察の不満もわかる。しかしだからといっていい顔ができるわけがないのが獅童東という男だ。そもそも愛想を振りまいたことなど一度もないのだが。

 自分より遙かに年下の少年に敬語を使いぺこぺこ頭を下げなければならないのが正直不満なのだろう。たとえこの事件を解決し多くの人命を救った救世主であっても。

 お互い笑みはなく腹の中では悪口のオンパレード。二人を囲む空気が気のせいか黒く澱んで見える。

 東もさっさと終わらせたいと言わんばかりの態度。自分の親ほどの年齢の警官に対し敬意の心はひとかけらもなし。

 いい加減放っておいて帰ろうかと東が放棄しかけたそのときだった。その声が聞こえてきたのは。



『生きるか死ぬか、それが問題だ』



 まるでその場に合わない不自然な言葉。それは他の誰にも聞こえず、ただ東にだけ届いていた。

 東にだけは伝わっている。その意味も。

 目の前に立つ警官の言葉などすでに耳には入っていない。東と世界が隔離され、音のない世界へ放り込まれたかのようだ。

 東は走り出した。置き去りにした警官が何かを言っているが走り出した彼を止めることはできない。まるで重さなどないかのように棺桶を担ぎ、立ち止まることも振り向くこともせず東は走る。

 走り走り、あっという間に惨劇の場から姿を消した。




 東は走る。行く先など知らない。ただ声の導く先へと向かう。

 ここではなく舞台の上なら似合いそうな、いやそのために作られた台詞が今もなお彼の耳に入ってくる。



【一体どちらが立派と言えるのか、

 残忍な運命の矢玉をじっと耐え抜くか、

 それとも海なす苦難をものともせず戦い抜いて、根絶やしにするのか】



 たどり着いた先はあるビルの屋上。先程まで惨劇があった場所を一望できる。

 そこに立っていたのは一人の少年だった。

 黒い頭にしっぽのような髪が一房風に揺れている。根元から黒いそれは、先っぽだけ白い。着ているのは白のブラウスとその上に羽織る黒のスーツ。同色の短パン。まるで中世ヨーロッパの貴族の子供のようだ。黒い小さなシルクハットをかぶった小柄な少年がそこにいる。

 少年はやってきた東を満足そうに笑顔で迎える。

「【私がおわかりになりますか?】」

 一見東へと問いにも聞こえる。しかしそれがそのままの意味ではないことを東は知っている。

 そして台詞には台詞で返す。

「もちろんよく知っている。【おまえは魚屋だ】」

 もっともそれはまともに話す気がないのならそれにつきあう気もないという彼の意思表示でしかない。まだ彼らは一言も自分の言葉を出してはいない。

 少年もそれがわかっているのだろう。クスリと笑みをこぼし、仰々しく挨拶をする。右手は身体の前に、左手を背中の方に添える。そして頭を下げる。

「ようこそ“兄弟殺し(カイン)”。久しぶりの再会うれしいよ」

 他人が見ればそれは礼儀正しい挨拶に見えるだろう。しかしその瞳に宿るものが好意ではないことを東は知っている。

 あれは捕食者の眼だ。今にも自分を狩って食らいつきたいと彼の眼が言っている。

「ハムレットでのお出迎えなんてキザすぎる。それに俺は逢い引きに来た訳じゃない」

「そうだね。ここにはオフィーリアがいない。でもすてきだろ? 復讐に生きた男の話。僕は好きだな」

「僕は嫌いだな。復讐のために恋人も自分の命すら失う。馬鹿な男の話だ」

「だから君は役者にはなりきれないんだよ。復讐は人間だけが行う愚行だ。だけどその愚かさが愛しいんだ」

「おまえがハムレットを好きなのはおまえ自身が復讐者だからだろ。どんな理由であれ、自ら死ぬ人間は馬鹿だ。死んだらそこで終わりなのに」

「終わりじゃないよ。だから僕はこうしてここにいる」

「馬鹿言うな。おまえは生者(ハムレット)でも亡霊(ハムレット)でもないだろ。生き損ないの死に損ないだ」

 命は二つに分けられる。生きているか死んでいるか。

 あの世、天国、冥界。死後の世界を指す言葉は多い。それは人間が死後の世界を想像し、死後に安楽、もしくは罰を求めるからだ。人は死んでも終わりはしないのだと。

 だが東からしてみればそれは死を恐れる人間の戯れ言に過ぎない。この世界に生きることだけに意味があり、死ねば何の影響も与えられない。

 だから東は死後の世界を信じていない。死んで安息が得られるなど甘いわけがないと知っているからだ。本当の幸福も不幸もこの世界にしか存在しない。

 次の瞬間、東は背負っていた棺桶を少年に向かって振り下ろした。

 少年は棺につぶされ無残な骸がそこにあるはずだった。しかし少年の姿はそこにはなく、転落防止柵の上にあった。

 余裕を込めた笑みを浮かべて。

「ひどいなあ。いきなり」

「おまえとシェイクスピア談義をしにきたわけじゃない。死に損ないにとどめを刺しに来たんだ」

 もちろん東もこれで相手が死ぬとは思っていない。死に損ないにはそれなりのやり方というものがある。


 かつて『彼』にそうしたように。


 少年は不敵に笑う。心底今が楽しいと言わんばかりに。

「【消えろ、消えろ、つかのまの燭火、人生は歩いている影にすぎぬ】。なら今君の命が消えても君は後悔しないのだろうね」

「【臆病者は、本当に死ぬまでにいくたびも死ぬが、勇者は一度しか死を経験しない】。僕は勇者ではないが死が一度きりのものであることを受け入れている。死にきることさえできない臆病者でもない」


【人間一度しか死ぬことはできない】


 その言葉に少年はわずかに顔をゆがませる。しかし次の瞬間にはニヤリと猫のように口をつり上げる。

「道化同士のやりとりに現実はないよ。今日は挨拶に来ただけ。本当の舞台はここじゃない」

「“影”が立てる舞台なんて存在しない。問題なんて最初からおまえにはない。おまえの答えは最初から決まっている」

 復讐すべきかせぬべきか、それに悩んだハムレット。だがこの役者(ハムレツト)は最初から答えを持っている。復讐者は復讐に生きるべきだ。

「それでは次の舞台で。そうそう、君がさっき助けた彼、君のところの『ラプンツェル』に見せてみるといい。きっとおもしろいことがわかる」

 東は最初誰のことを言っているのかわからなかったが、しばらく考えた後そういえば彼女の弟を助けたなと思い出すに至った。

 思い出しただけでもマシだ。下手をすれば東なら二度と思い出さなかったのだから。

「どうせおまえは知っていても何も教える気はないのだろ?」

「もちろん。大嫌いな君にそんなこと教えるわけないじゃないか」

 そう子供のように笑って言った。

 なら、そのヒントだけでも与えたということはそれが嫌がらせの一つなのだろう。もしくは彼を利用しようとしているのか。

 いつもなら放っておくが、彼女の弟を見捨てるわけにはいかない。そんなことすれば彼女が悲しむ。

 東は大きなため息を吐いた。今日一日分の疲れをすべて出すくらい。

「やっぱり僕はおまえが嫌いだ」

「うれしいね。僕も君が嫌いだよ」

 少年は不安定な柵の上で再び最初と同じように挨拶をする。

「ではまた、カイン。太陽の再生が七つ繰り返されぬ間にはまたお会いしよう」

 少年はそれだけを言い残し、くるりと宙でバク転すると、そのまま自らの影に飛び込んだ。コンクリートの地面は彼を拒まず、トプンと残された影に波紋が起こる。そして溶けるように消えてしまった。

 東は今更そのようなことに驚きはしない。いい加減慣れた。

「いちいち面倒くさい会話をするんじゃないよ。チェシャ猫め」

 もはや彼一人となり、その独り言も誰にも届いていないはずだ。なのに、それが届いた気がするのは、邪悪な子供の笑い声が聞こえたのは、気のせいではないと思う。





 一樹が家に帰り着いたのはとうに日が沈みきっていた頃だ。家の扉を閉めると同時に今日一日分の疲れがずっしりと重さを思い出したかのようにのしかかってきた。

 事件が起こったのが午前中。コンサートの間に休憩時間が入り、その間に近くの店で昼食をとる予定だったので、すでに半日近く何も口にしていないことになる。腹は空腹を超して苦痛を訴えている。

 事件の際に負った傷は病院で手当をしてもらったが、汚れた身体や服はそのままだ。一度汗だくになったシャツはベトベトで気持ち悪いし、身体にも物が焼ける臭いや血の臭いが付いている気がする。地べたに這いつくばった身体は泥だらけだ。今すぐにでも風呂に入って汚れと疲れを洗い流した。

 だが今ベッドに飛び込めば三秒で眠れる自信がある。本当は他にもいろいろ考えたい。今日あったことについて。そして獅童東について。

 だがそれよりも身体は休息を欲していた。結局風呂を諦め濡らしたタオルで身体を簡単に拭く。腹にはとりあえず台所にあったパンを突っ込んでおいた。汚れた服は洗濯機へ、新しいパジャマを着ればようやく一息つけた。

 とにかく今日はこのまま寝てしまおうと自分の部屋へ向かおうとしたそのときだった。玄関の鍵を開ける音がし、扉が開かれたのは。

 入ってきたのは彼の最愛の姉・渚夏音だった。大学から帰るには少し遅い時間だが、別に珍しいことでもない。

 未成年の女の子が夜遅くまで外出していれば親は心配するだろうが、彼らの両親はしっかりした姉の行動をすべて信頼しており、友人と夕食に行くと言えば何も疑わずに夕食代をくれる。それに両親は共働きで家に帰るのも遅い。こうして姉と二人で家にいる風景は渚家ではごく普通のことだった。

 家族思いの姉は両親がいないことに不満を訴えはしなかった。両親の代わりに弟の面倒をよく見てくれた。一樹にとって夏音はもう一人の親でもあった。

 だからこそ姉の存在は両親よりも大きいものとなっていた。正直一樹はたまにしか会えない両親に不満を訴えるより姉と共に時間を過ごすことの方が重要だった。すべてにおいて一樹の中の優先順位は姉だった。姉と一緒に過ごす時間は他の誰と過ごす時間よりも幸せなものだった。

 しかし、今このときほど姉との対面に困惑したことはない。

 夏音はまだ早い時間にパジャマ姿でいる弟を見て何を思ったのか。そこは観察眼の鋭く人の意志をくみ取る彼女だからこその言葉だった。

「一樹君、寝るの? 疲れてるんだろうけど寝る前に何か食べた方が良いわよ」

 わざわざ説明しなくても今見た光景だけでほとんどを理解してしまう。いつもなら姉の聡明さに感動していたところだろう。

 しかし今回だけは違った。あいつに聞いたのではないかと、頭の中に疑問が沸いたのだ。

 今日あれだけのことがあったのだ。あの男が恋人にそれを伝えなかったとは言い切れない。むしろ弟思いの彼女になら必ず伝えるのではないだろうか。

 一樹はその疑問を口に出してみた。

「夏音、もしかして今日俺が関わったこと、知ってる?」

 それだけで通じるかは微妙なところだった。だが知っている人間ならわかるはず。

 夏音はそれほど悩まず、弟の質問に答えてくれた。

「知ってるよ。東から連絡あったから」

 やはり、と一樹の中で確信と新たな疑問が沸き上がった。

 夏音は、彼のやっていることを知っているのかと。

 しかし一樹がそれを口にする前にあらかじめ予想したかのように夏音は言う。いや、聡明な彼女は本当に予想していたのだろう。彼氏から連絡を受けたそのときから。

「今日東の仕事先でおまえの弟が巻き込まれたぞって、いきなり言われて。本当にびっくりしちゃった。東の仕事先なんてろくなものじゃないだろうし」

 やはり姉は恋人の仕事を知っていた。知っていながらつきあっている。

「…あいつが化け物連れて危ないことしてることも知ってたの?」

「化け物じゃないよ。あれは『猫』だよ」

 猫? 猫とはあの猫のことだろうか。

 一樹の頭の中で思い浮かべられる猫はしっぽをくねくねと揺らし、細く柔らかな身体で狭いところに入り込み、顔を洗う動作さえ愛らしいと特に女子に好かれるあの愛玩動物だ。

 少なくとも彼らはあのような姿をしてはいないし物騒な攻撃を繰り広げたりしない。

「『猫』っていうのはね、『シュレディンガー』が操る使い魔みたいなもののことよ」

 意外な言葉が出た。

 『シュレディンガー』ちょうど事件が起こる直前まで友人と話していた話題だ。

 実在するかすらわからない死人使い。政府に雇われる秘密の職業。人の記憶にすら残らない謎の能力者。

 あれがそうであると?

 ではあの『猫』と呼ばれるものが死体であるのだろうか。

「あいつが噂の死人使いって奴?」

「ううん、死人使いってのは正しくない。だってあれは死体じゃないもの」

 夏音は説明する。

「私も全部詳しく知ってるわけじゃない。ただ彼の仕事が必要なこと、その存在だけは理解してるつもり」

「必要って、何で」

「この世界には常識や科学で答えられるものばかりじゃない。存在することだけは変えられない。認めて貰えなくても存在する。だから認めて貰うためにしなければならないこともある。自分の居場所を作るためにやっている」

「わからない。結局あいつらは何? 人間じゃないの?」

 夏音はゆっくり首を横に振った。

「人間だよ。ちょっと普通の人とは違うものを見ちゃっただけの。きっとそういう人はこの世界に少なくない。でもそこから気付く人、囚われる人はさらに少ない。少数派の人は自分で居場所を作らないと生きていけない。それは誰であっても変わらない」

「見たって、何を?」

「そこからは企業秘密。私は特別に教えてもらっただけだから。本当は今君に話していることもいけないこと」

 絶対に他人には話さないと約束したから教えてもらったことだから。

 ならばなぜ話したのか。

「たぶん、東は怒らないと思うから」

 どこか楽しげに恋人を語る。

「君がそのままにされてるってことは、きっと東にも考えがあるから。さっきも特に何も言わなかったもの」

 言わないことはそのままでいいということ。

「もしかしたら彼の方から一樹君に連絡が来るかもね。そのときはちゃんと話を聞いてあげてね」

 彼、言葉が足りないから、すぐに誤解されてしまうの。

 それだけ言い残し夏音は自室に入っていった。

 残された一樹はしばし姉の話を振り返る。結局肝心なところははぐらかされた気もするが、それよりもまたあの男に会うことがあるかもしれないと言われたことが気がかりだった。

 訊きたいことは山のようにある。だができれば会いたくないとさえ思っていた。

 一緒に知りたくもないことまで知ってしまいそうで。日常に戻れなくなってしまいそうで。

 それは彼らがあの『箱』を開けた時の感覚に似ているかもしれない。あの二つの『箱』は形こそ違えど同じ物だと直感していた。理由はない、ただの勘だ。

 あれはきっと開けてはならないもの。だけど開けなければならないもの。

 パンドラは開けてはならない箱を開いた。しかし開かなければ人間は希望を手に入れることができなかった。


 あれは開けてはならない。だけど開けなければならない。





【】引用:ウィリアム・シェイクスピア著『ハムレット』

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