04
中等部の三年生にもなると高校のことを否が応でも考えるようになる。
夢でみた制服が、この学校の高等部のものと酷似していたことを思い出す。
「鳴海花穂」は、本当に、この学校に入ってくるのだろうか。私がいて、誉がいて、五十嵐翔、西園寺統馬、烏丸章人のいるこの学校に。
五十嵐の部活の件もあるので、もしかしたら、すべて私の夢だけで済んでしまうんではないかと、期待してしまいたい気持ちもある。
けれど。
「ねえ、誉。誉は、外部受験しないの?」
私の部屋で壁に寄りかかり床に座ったまま、本を読んでいた誉は、私の言葉に視線をあげた。
もう、幼い頃のように人形遊びも、おままごともしなくなった私たちはで私の我がままの延長で同じ部屋で過ごすことは未だにあっても、別々のことをすることが多い。
「え?どうして?」
「だって誉、成績いいでしょう?」
私たちの通っている学校は、大学付属の私立校でそのままエスカレーター式で大学まで進む生徒が多い。例外として、とても優秀な生徒たちは、周りが受験勉強をしない環境となる高等部には進学せず、高校は外部の進学校を受験し、指折りの国立大学や海外の大学を目指す。
「そうでもないよ」
「嘘。だって、私、田代先生に聞かれたよ。誉は外部受験することになるのかって」
田代先生は誉のクラスの担任だ。高等部から入学する生徒もいるが、ある程度の偏差値を保持するために、学校側としては成績のいい生徒たちの流出は防ぎたいらしい。
「しないよ」
誉はまた本に目線を戻した。
「でも。誉の成績なら、外部の高校に行った方がいいんじゃないの?その方がいいと、私も思う、けど」
なんとなく後ろめたくて顔を伏せてしまうけれど、この話の流れは不自然じゃないだろう。
攻略キャラクターとして名前の挙がったあの三人が三人とも外部受験をして、受験校を被らせるということは考えづらい。五十嵐に探りを入れてみたけれど、彼は内部進学するつもりらしい。ということは、「鳴海花穂」が本当にやってくるのなら、この学校の高等部だということになる。
それならば、誉が外部の高校に進学すれば、彼女と誉が遭遇することはなくなるんじゃないか。
彼女が高等部に入学しなかったら、私にとって誉と高校が異なってしまうのは痛手だけれど、彼女と誉が出会ってしまう可能性があることに比べたら、そちらの方がまだいい。
幸い誉は学業優秀らしい。田代先生に高校進学について聞かれたのは本当だ。中等部については、私の我がままをまかり通らせる形になったとはいえ、私の祖父に学費を出してもらっているという負い目がある。彼はできれば、その負い目を取り払いたいはずだ。
けれど、彼はすぐさま私の予想に反する言葉を返した。
「しないよ。せっかく友達だってできて、みんなで同じ高校に行けるっていうのに、俺だけ別の高校に行くなんて、寂しいよ。それとも、何。――五夢ちゃん、俺が同じ高校に進学したら都合が悪いの?」
含むような言い口に驚いて顔を上げると、誉はまっすぐと私を見つめていた。彼はとても不思議な顔をしている。
「気になるやつがいるとか?それで、俺と一緒にいるところをあまり見られたくないの?あっ、もしかして五十嵐?あいついいやつだよね」
誉は私といる時表情をなくすことがある。それはきっと、これまで私が彼にいろいろな我がままを言って我慢させてきたせいだ。だから、自業自得だとわかっている。
今の彼はいつにも増して無表情だった。口角だけ上げて笑っているような口元を作っている。淡々と話しているように見えて、何かを耐えているように息を詰まらせた喋り方をしている。
「な・・・・・・なんで、五十嵐の話がでてくるの?」
思いもよらない反応に、なんとか返せたのはそれだけだった。
「違うの?じゃあ、誰だろう。五夢ちゃんと同じクラスだった西園寺?いつも見てたもんね」
西園寺統馬を観察していることを彼が知っていたことには驚いた。
「そういうことじゃなくて・・・・・・」
「じゃあ、どういうこと?」
「っ、誉の高校進学のことを話しているのに」
「うん、知ってるよ。中学校は、五夢ちゃんの言う通り、同じところに入学したよね。それで、今度は俺が邪魔で、俺を同じ高校にやりたくないから、外部受験をさせようとしているんだよね。わかってるよ」
誉は先ほどからまったく瞬きをしない。眼を逸らしたいのに逸らせない。
彼は普段こんな追い立てるような話し方をする人じゃないのに。
自分の我がままが誉にこんな物言いをさせているのかと思うと恐ろしくなる。
「ごめんなさい」
初めての私から彼への謝罪の言葉だ。
然しもの誉は眼を見張った。
「何を謝ってるの?」
口元の微笑が消えた。
「謝るってことは、正しいんだ?」
「違う!そうじゃなくて。私の我がままで、誉を、振り回して――」
「どうしたの?そんないまさら、殊勝なこと言って」
険のあるやはり彼らしくない言い草に、びくりと身体が震える。その反応に彼は瞠目して、表情を和らげる。
「やっぱり。五夢ちゃんはずるいね」