そろそろいろいろなことにむきあっていかなければいけないのかもしれない
瞬くと、暗闇に煌々と浮かび上がるパソコンのディスプレイがあった。
意識をもう一度暗闇の中に落とし込もうとするが、うまくいかない。
瞼の裏側にも白く冷たい人工的な光が届いているようで、一向に眠りに落ちる気配がない。
無理もない。
昨日の夜明け前に眠ってから、三度寝をした挙句、日が落ちてからまた眠ろうとしているのだから。
もういちど目を開けると、パソコンの隅に表示された時刻はちょうど20時を指していた。
眠っていても起きていても、頭が朦朧とする。
いくら寝ても寝足りない。
むしろ、眠れば眠るほど、眠りから抜け出せなくなる気がする。
いい加減に腹が減り、卵かけご飯を作って食べる。
布団の上で足を組み、動画投稿サイトのくだらない動画を延々と流しながら、ご飯を掻き込む。
味気ない食事を終え、本格的にパソコンに向かう。
そして本気で面白い動画を探し始める。
気にいる動画が見つかるまで、何時間でもネットの世界に没頭する。
時間はあるのだ。
まだ、大学卒業まで2年もある。
それまでにそれなりに単位をとり、ゼミの教授と仲良くなって、コネを使ってそれなりの企業に内定を貰えばよいのだ。
だから、今は何もしなくていい。
雨が降ったら学校などいかなくていいし、降っていなくとも、寝坊したからいかなくていい。
そこそこに最後の学生ライフを堪能すればいいのだ。
でも、大学にはかれこれ二ヶ月行っていない計算になる。
はじめは雨が降って、その次の日はスポーツの時間が鬱陶しくて、その次は寝坊して、その次は、なんだか行く気が失せてしまって。
一年目は精力的に動いた。
新しい環境に適応しようと必死だった。
講義もまじめに受け、単位も落とさなかった。
同じクラスやサークルにも友達を作った。
運のいいことに、恋人もできた。
バイトで長い時間ふたりきりだったから、どこかで親密感が恋愛感情にすりかわったのだろう。
俺は大いに遊び、働き、時には学び、キャンパスライフを謳歌した。
一年目の成績が発表され、単位が思いのほか順調に取れたとき、なんだか簡単だな、という気がした。
簡単に単位がとれて、友達もいるし、彼女だっている。
あまりがんばらなくても、そこそこやっていけるのだ。
新入生歓迎コンパが終わって家路につく途中、酔いがまわりに回りふらつく頭でそんなことを思った。
ある日、バイト帰りに雀荘に行き、徹マンした後にコンパに行った。
家に帰ると泥のように眠った。
翌朝、起きると、二日酔いがひどく、一日部屋から出ずに過ごした。
明くる日も瞼は重いままだった。
それを解消できるのは、睡眠だけのように、起きた傍から睡魔が襲ってきた。
いつのまにか昼夜逆転の生活リズムが出来上がっていた。
そのうち、大学から足が遠のいた。
バイトも辞め、親からの仕送りで細々と暮らす日々が始まった。
「ねえ、どうしちゃったの」
部屋に上がりこんだ彼女は、開口一番そういった。
髭不精の顔が気に入らなかったらしい。
「みんな、心配してるよ」
彼女は眉を寄せて深刻そうな顔を浮かべた。
一向に部屋に入ってこようとしない。
「明日からきちんと、大学、来てね」
そう言って彼女はとうとう部屋に足を踏み入れずに帰っていってしまった。
その後、友達から数回電話があったきり、誰とも連絡を取らない日が続いた。
彼女からの別れは、電話口であっさりとしたものだった。
俺は引き止めなかった。
その頃にはもう、何もかもが億劫になっていた。
部屋の外には、深夜、誰も居ない時間を見計らって、コンビニへ食料を買いに出るだけだった。
コンビニの一番奥に置いてあった4リットル入りの焼酎のペットボトルを買い、起きているうちはひたすら飲んだ。
酒が上手いと思うことは稀だった。
でも、飲まずには居られなかった。
大きなペットボトルに直接口づけて、ストレートのまま飲み続けた。
テレビでは、災害だとか、戦争だとか、通り魔だとか、毎日、その日起こった一番残酷な出来事を映し出している。
今日もやはり、どこかの誰かが日本刀で首を切断されたとニュースが喚いていた。
と、テレビにゴミ袋が落ちて画面を塞いだ。
あまりにもめまぐるしく画面が移り変わっていることだけが、ゴミを通していてもわかる。
パソコンのディスプレイにはインカメラの前で金髪の少女がヘッドバンキングを延々と続けている動画がが流れている。
雨が降っている。
また眠気が襲ってくる。
その眠気に、抗う気持ちがどこかから芽生えているのがわかる。
ただ、それはまだ、容易に朽ち果ててしまう、か弱いキモチだった。