鵺の恋 50音順小説Part~ぬ~
愛用のWikiペディアで「鵺」を検索したら
だいぶ面妖な姿みたいでおそろしいっすね。
「鵺の鳴く夜は恐ろしい。」
確かそんなフレーズの文学作品があった気がする。
私たちに語り継がれている鵺は非常に恐ろしい妖怪としての
印象が深いが今回はちょっと違う鵺の一面を紹介しよう。
この話は鵺という妖怪の恋の話。
はるか昔から鵺は小さな山に一人で住んでいた。
その姿は醜くあまりの醜悪な容貌と強い妖力に出会う者全ては逃げ去ってゆく。
おかげでこの山に踏み込む者はほとんどいない。
稀に会ったとしても大概出会う者とは同じ妖怪か視える人間
――つまり妖怪を祓うモノ――である、後者は勿論鵺の噂を聞きつけて
祓おうとして来るのだがこの姿と力に怖気づいて逃げ去っていくのであった。
だがただ一人彼と出逢っても逃げない者がいた。
それはある日鵺が山中のお気に入りの場所で昼寝をしていた時のことであった。
せっかくの昼寝であったが誰かが近づいてくる気配がして瞼を開けた。
見ると小さい童子がこちらに向かって歩いてきていた。
下の里に住む子か、なかなかこの山に足を踏み入れる者はいないのだが
まぁ視えないのだからどうでもよいことか。
「なんだ、人の子か。」
「誰?誰かいるの?」
ただの独り言のつもりだったのだが
鵺の声に反応したのか童子はきょろきょろとあたりを見回す。
それに鵺は驚いた、この童子は不気味な妖怪が目の前にいても
全く悲鳴を上げるわけでも逃げ出そうともしなかったのである。
だから興味本位で童子に声をかけてみたくなった。
「我の姿が視えるのか。」
「・・・あなた、妖怪ね。」
「我を祓うために来たのか。」
「まさか、私のような子供があなたみたいな強い者に勝てるわけないじゃない。」
「やはり視えているのか。」
「視えはしない、声が聞こえるだけ、気配が分かるだけ。」
どうりで眼前に醜い怪物がいても平気なわけだ。
「ねぇここにいるんでしょう。」
童子は鵺の気配を読み取り横に座った。
「お話ししましょうよ。私退屈なの。」
鵺は何かと話すなんて久しぶりで、ましてや人と話すのは数十年ぶりなため
それにこの童子に興味を抱いたため童子の提案にのった。
「よかろう。」
「あなた名前は。」
「我は鵺。」
「鵺・・・変な名前。」
「お前の名は。」
「百目鬼桃子。十歳。」
「百目鬼?まるで妖の名だな。」
「私はその名字嫌いなの。」
「では何と呼べばよい。」
「好きに呼んでいいよ。」
「百目鬼。」
「だからそれは嫌だって言った。」
「ならば桃子。」
「いきなり下の名前で呼び捨てなの。」
「好きに呼べと言ったではないか。」
「ん~、じゃあ桃子ちゃんで。」
「いや・・・それは・・。」
「だって他にいいの無いもん。」
桃子はぷくっと頬をふくらませてご機嫌斜めである。
こんなことでへそを曲げるとは童子というのは扱いづらいものだと感じた。
「では桃子御寮でどうだ。」
「ごりょう?何それ。」
「女子に対する呼び名のようなものだ。」
「ふ~ん、格好良いね!じゃあ桃子御寮で。」
さっきまでの不機嫌はどこへやら桃子は満面の笑顔でご機嫌だ。
それが鵺と桃子との出逢いであった。
それからというもの桃子は毎日のように鵺に山へ合いに来ては話した。
話している内に桃子の身辺のことが少しずつ明らかになっていった。
桃子は百目鬼家という妖怪を祓うことを生業とする家系に生まれた末子であり
上には兄弟がたくさんいるらしい。
兄弟といえども血は半分しか繋がっておらず異母兄弟だということだ。
父親にはたくさんの妻がおり自分はそのうちの一人の母から生まれたのだと言っていた。
生まれた多くの子供は小さい時から次代の当主候補として育てられ
妻同士だけでなく子供同士も殺伐とした雰囲気がいつも漂っているという。
兄弟たちは当主にならんため日々厳しい修行を行っているらしい。
「人共は大変だな。桃子御寮はこんなとこで道草くってないで修行とやらをしなくてよいのか。」
「いいの、私は兄さんや姉さんたちとも違って力がほとんどないから。
それに皆怖い顔してる、そんなに当主なんていいものなのかな。
もしそんな顔しなくちゃなれないものなら当主なんてなりなくない。」
桃子は百目鬼の血筋を継いでながら力をほとんど持ってないため
一族内でも家族内でも姉の桃果――この姉とは同母らしい――以外には邪見にされているという。
「どうしてこんな家に生まれて来ちゃったんだろうって何度も思った。
唯一の私の味方の桃果お姉ちゃんにも迷惑かけちゃってるし。
けど力が少しでもあったおかげでいいこともあったかな。」
「何だ。」
「あのね、鵺とお話しできる。」
「我と・・・。」
「そうだよ、鵺とお話しできてすっごくうれしい!」
桃子の素直な言葉が鵺の心に響く。
「鵺の姿が視えたらいいのにな。」
「それはやめた方がよい。」
「どうして?」
「どうしてもだ。」
「よく分からない。」
「分からなくて、良い。」
夕刻になり桃子が山を下りて行ったあと鵺はどうしてあのようなことを
言ったのか自問していた。
斯様な容貌を視たらいくら桃子でも鵺に会いに来なくなるだろう。
けどそれがどうした、別にいいではないか。
また前と同じ日々に戻るだけだ。
この少女と話すのだって暇つぶしであった。
たまたま妖怪なのに話しかけてくる少女に興味を持っただけだったのに。
だがそれがいつのまにか暇つぶしからかけがえのないものになっていた。
そして鵺は気づいた。
本当の姿を視られるのが怖いのだ。
姿を視られて桃子に嫌われるのが怖いのだ。
二人で会って言葉を交わしていくうちに桃子の純粋無垢な心に触れ
知らぬ間にその暖かな心地よいそれに包まれていた。
鵺にとって桃子は特別な存在になっていた。
「まさかあんな童子がな・・・。」
離れたくないと思うモノが出来るなんて鵺には初めてだった。
いつまでもいつまでも桃子といたい、そう思った。
だがその願いは無残にもそして突然に打ち砕かれるのであった。
ある晴れた昼下がり鵺が山の頂上でのんびりとくつろいでると
風に乗って人の匂いが届いてきた。
「この匂い・・・桃子御寮か。」
匂いはすぐ近く、この山の麓からする。
ここのところ桃子の姿が見えなかったので鵺はどうしたものかと気を揉んでいたところであった。
鵺は腰を上げ桃子のいる麓まで下りていくことにした。
足の速さは人間の数倍であるためものの数分で着き桃子の後ろ姿をとらえた。
しばらく見てないせいか桃子が前より一回り程大きく見える。
まだ鵺はこの時気付いてなかった、久しぶりの桃子との再会の嬉しさで
その気持ちの方が慎重さを上回っていた。
そのまま声をかけようとしたが、普通に呼んでも面白くないので
後ろからこっそり近づいて驚かそうとした。
ゆっくりゆっくり気配で気付かれないようにそうして
桃子との距離わずか数メートルとなったその時だった。
いきなり桃子が振り向いたのだ。
だが桃子は鵺の姿が見えないためどこにいるのか近くでなければ分からないはずだ。
しかし目の前の桃子はしっかりと見つめていた、鵺の目を。
初めて桃子と目が合った、そんなことを思った瞬間。
桃子はいきなり懐から札を取り出し鵺に向かって飛ばしてきた。
間一髪避けられたが今の札は妖怪を祓うモノが使う道具だ。
桃子は力がないからこんなこと出来ないはず・・・。
「・・・桃子御寮ではないな。誰ぞ。」
「お前だね、妹をたぶらかしている妖怪は。」
「するとお前は・・・・・姉の桃果か。」
よくよく見ると目の前の童子は顔は酷似しているが
桃子より幾分背が高くやや凛々しい顔立ちだった。
「桃子は私のことまで話してたなんて本当にあの子は・・。」
桃果はやれやれといったふうに肩をすくませる。
「桃子御寮にそっくりだな、人間というのはみな似た造りなのに加えて
同じ匂いであるからさすがの我も気づくのに遅れた。」
「鵺か・・・。この山に住んでいるとは聞いていたがまさか妹が
お前と接触しているなんてね。」
「桃子御寮が現れないのはお前の仕業だな。」
「そう、家から出ないようにちょっとね。」
雰囲気も桃子とは違い童子としてだいぶ大人びた様子である。
桃果はチラッとこちらを見ると眉を顰め呟く、だがその声は鵺にはっきりと聞こえていた。
「本でしか見たことなかったけどここまで醜いとは・・・。」
「大人の祓いビトでも我の姿を見れば恐れて逃げ出すというのに、お前は大した童子だ。」
生意気な態度や度胸が据わっているところといい性格も少なからず姉妹で似ているようだ。
「まぁ改めて名を名乗りましょう。私は百目鬼桃果、十二歳。」
「名乗り方まで姉妹で同じとはな。」
「こちらが名乗ったのだからお前も名乗りなさい。お互い名前は知っているけど礼儀としてね。」
「我は鵺。」
「お前の目的は何?桃子をとって喰うつもりならこんなまどろっこしいことしないものね。」
「我は・・・・・・」
「まぁいい。とにかく桃子はもうお前とは会わないし、お前もここからいなくなる。」
「どういう意味だ。」
「そのままの意味、私がここに来た理由。」
その理由と伴う彼女の並外れた力を鵺は感じとった。
「お前、桃子御寮と同じ匂いだが力が段違いに違う。まだ童子であるのに。」
「一応、一族の中でも次代当主の最有力候補って言われているからね。」
「成程。」
「さぁ世間話もこれくらいにしてそろそろ始めましょうか。」
「お前に我が倒せるのか。」
「無理でも何でも大事な妹がこんな妖怪につきまとわれているなんて
黙ってみておけないでしょう。」
「どちらかといえばこちらが最初つきまとわれたのだが。」
全てを言い終わらないうちに桃果は数枚の人型の札を取り出し
呪文を唱えるとみるみる成人程の大きさとなり見た目はいかつい男そのものだ。
そして桃果の式神は素早くあっという間に鵺を取り囲んだ。
「なかなかの術者だな。」
式神は桃果の合図で鵺目がけて襲いかかってきたが
尾の一振りで数体いた式神は一瞬で消し飛ばされてしまった。
鵺は不敵の笑みを浮かべ桃果は苦悶の表情だ。
しかしそれも数瞬、桃果は両手を合わせ再び呪文を唱えると
鵺の周りには五芒星を描くように札が置かれ
呪文と同時に光出しいつの間にか陣が敷かれ出れないようになっていた。
「あの式神はお前の気を一瞬でもいいから私から逸らすため。
この陣はすぐ敷けるんだけどお前ほどのモノになると
敷く前に防がれちゃうからね。」
形勢逆転、今は鵺と桃果の表情は先程と反対の顔だ。
「これでおしまい。」
再度手を合わせると今度は日本刀がその手から現れ構えをとる。
どうやら刀には妖消滅の呪がかけられていた。
自分の命が危機に反しているときも鵺は桃子のことを考えていた、
桃子と関わったせいでこんなことに陥ってしまったにも関わらずに。
桃子はこうなってしまったことを嘆いているのだろうか、
またあの小さな背中に重いものを背負わせてしまったのではないか
そんな思想で自責の念にかられてしまった。
けれど所詮、妖と人である自分と桃子は相容れぬモノである。
これを機に桃子とは会わないようにしよう、そう決めた。
鵺にとってはこの陣は出ようと思えば出れるものであった、
だから桃果が目の前に刀を振りかざした今抜け出そうとした、その時だった。
「だめぇーーー!!!」
鵺の眼前に見覚えのある背中が見えた。
その小さな手を腕をいっぱいに広げて鵺を庇おうとしている桃子だった。
桃果の目にも最愛の妹の姿は捉えてはいたが避ける余地はなく
そのまま桃子に突っ込もうとしていた。
このままでは桃子が刺される、そう思ったのか
思う前に体が動いたのか鵺は桃子を覆うようにして
桃果の手にしていた刀に刺された。
「ぬ・・・え・・・・・。」
「無事か、桃子御寮。」
「平気・・・。でも鵺は・・・。」
視えぬ桃子でも鵺が怪我を負ったのは分かったらしい。
「あぁ、刺されたからな。もうじき消える。」
「そんな!せっかくお友達になれたのに。」
「友か・・・。まぁ桃子御寮にとってはそんなものか。」
「嫌だよぉ、死んじゃいやぁ・・・」
桃子は大粒の涙をこぼし泣きじゃくってもう何の言葉を発しているのか分からない。
「我はお前と出逢えて良かった。ありがとう。」
そう言葉を残すと鵺は桃子に真の気持ちを伝えぬまま消滅した。
後に鵺の住んでいた小山には小さな神社が建てられ鵺を祀ったという。
鵺を祀っていることもあってなかなか人が訪れないのだが
毎年その社に参拝にくる人間が一人、いや二人いるらしい。
老いて天上に召されるまでそれは行われ二人にとって鵺は良きモノであったのだろう。
そんな鵺のおはなしであった。