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控室を出るとすぐにマイクが肩に手をかけてきた。

「お前はほんっとに死体に弱いな。怖い?」

「そんなんじゃない。別に怖くもない」

「いやいや、お前の死体を見たときの顔といったらさ、いつも言うけど死体に負けないくらいに顔面蒼白なわけ。あ、電脳だからほんとに蒼白なわけないんだけど。で、だ。一つ俺が良い事を教えてやろう」

「なんだ」

「死体は動かない。安心しろ。どんなに願ったって動かない」

 冗談の中に込められた真実を俺は嗅ぎ取った。彼は自分自身に言い聞かせているのだ。死体は二度と動かない、命を無くしたものは二度と戻ってこない。彼もまた死体を恐れているのだ。過去に囚われているのは自分だけじゃない。けれど、それが胸の奥底をひっかきまわしてくるような感覚がして、俺はただうなずく事しかできなかった。

「おいおい、まさかゾンビとか考えてるのか? そいつは傑作だ。ありゃあな、架空の話だ。人が死んだ後に動き出すのが怖いなんて人に言ってみろ。笑われるだけだぞ?」

 バサリ、と物音が控室からした。はっとなって銃を構えながら振り向いた。一瞬の間を置き、本の落ちる音が静寂を貫いた。

「置く場所がまずかったか」

 苦笑いを浮かべながらマイクが呟いた。

「これがゾンビだったら笑えるな」

「やめてくれよ。もっと現実的に――」

 ガタリ、と物音。その音に驚愕しながら音のする方に振り向いた。そこにあったのは神父がはりつけにされた十字架だった。

「おい、嘘だろ」

 マイクが呆気にとられながらこぼした。それは俺も同じだった。次第に音は大きくなっていく。神父の体が痙攣したように激しく小刻みに震えだした。腕の筋肉が盛り上がるのを理解した瞬間、打ちこまれた釘ごと右手が自由を得る。次に左手が自由になった時、体のバランスを崩し、前のめりに倒れこんだ。両足にも釘が打ちこまれているから、地面に落ちる事はなく、筋肉組織がブチブチと切れる音を発しながら足の釘を軸にして体が宙づり状態になった。それでもなお、神父は自由になろうとして足の釘を引き抜こうとしている。そのたびに噴く血が体を伝い、体中が血みどろになっていた。

「……電脳でも、死体が動き出すはずがない。死亡判断が正式に認められれば、肉体のデータは消去されるはずだ」

 マイクが後ずさりながら呟いた。その顔には少なからず恐怖がはりついている。

彼の言う事はもっともだ。しかし、神父の体は消去されない。それは視界の右上端に点滅するSOS信号が物語っている。即ち、それは神父が生きているという事を指し示す。しかし、見るからに神父は死亡判断を下されるような状態にいる。これはサイコロのいたずらなのだろうか。

 ガタン、と控室のドアに何かが倒れこむような音がした。その音で、控室の向こうで何が起こっているのかをすぐに理解できた。向こうでも同じ事が起こっている、と。

木の割れる音がして、再び視線は神父の許へと引き寄せられる。死に体で無理やり足の杭を外した神父がぬるぬると地を滑った。大理石に透過したステンドガラスの色鮮やかなそこに、神父の血に濡れた体がするりと滑りこむ。さながら、胎児のようだった。

俺とマイクは目を合わせた。神父が正気を保っているとは思えなかったが、俺は一応彼に話しかけてみる。

「エリック。エリック・カールソン! 大丈夫か? ここで何があった?」

 近づく事はしない。彼に攻撃意思も手段もないと思うのだけれど、それでも近づく事は憚れた。理由は、初めての感覚に体が怯えていたからだ。攻撃できるような状態でもない事を理解しているはずなのに、頭のどこかで彼が襲いかかってくるイメージがちらついているのだ。マイクの言葉を思い出す。ゾンビ映画はただの娯楽映画だ。だから、死体が動くなんてことは現実でも電脳でも起こるはずがない。そう頭で理解していても、こうも目の前の出来事を見ているとその言葉も意味を無くす。

再確認させられる。電脳世界は自由の世界だ。おとぎの国だ。奈落の底だ。この世界に、あり得ない事なんてありえない。

だから、腹の底に怒りが湧きあがる。あり得ない、と思い込んでいた自分はとんだまぬけだ。俺と同じような事をするやつはいくらでもいるのだ。俺は、一体何がどうなってこんな現象が起こっているのかを理解した。俺と同類が近くにいる。

「エリック。聞こえてるか? エリック!」

 マイクが呼びかける。彼が気づく事はないだろう。ここでどんな現象が起きているかを。それを俺は告げるつもりはない。同類は同類でカタをつけるべきだからだ。憎まれる理由を自分は持っている。だが、彼を巻き込むべきではないのだ。

 神父が血に濡れた体を這わせる。その時、一瞬だけ目が合って俺は息をのみ、本能のままに銃を構えた。

神父の目は生きた目そのものだ。さっきまでの虚空を見つめるそれではなく、助けを請うような目をしていた。死者に助けを請われるなんて悪夢そのものだ。死んだものを助ける事なんて出来やしないのに。

神父は少しずつはっていき、自分の男根には見向きもせず払いのけながら進んでいく。

「あいつ、まさか」

 マイクが何かに気づいた。しかし、それも遅く、神父は落ちていた自分の銃を右手に握り締めた。焦りを惜しみもなく顔に出しながらマイクが銃を構えながら叫んだ。

「エリック! そいつを置け。その銃を置くんだ!!」

 マイクがどれだけ叫んでも、神父が従う気配はない。威嚇射撃をしようと構えなおした瞬間、再び視線が交錯した気がした。ゆっくりと右腕が持ち上がっていく。

「やめるんだ、エリック。君が俺たちに危害を加えると言うなら、俺たちもそれなりの対応をしなくちゃいけない。分かってるのか!」

 と、視界の端で何かが動いた。本能的に危険を察知し、マイクの肩を掴み、引き寄せた。自然と控室へと視線が向く。思わず目を見開いた。控室のドアが腕一つ分ほど開いており、そこから青白い手が銃口をこちらへと向けていた。次の瞬間、マズルフラッシュと同時に頬の肉が裂けて血が散ったのを感じた。

マイクを長椅子の陰に押し倒し、俺も射線から逃げるように倒れこんだ。

「くそが……ホラー映画も真っ青だ!」

「ホラーというか、どちらかというとパニック映画だろう」

 相手の位置をSOS信号の発信源を頼りに把握し、手だけを出して発砲してけん制する。

しかし、彼らがそれで踏み止まることはない。

 相手は一心不乱に撃ち続けてきて、長椅子が少しずつ削られていく。相手が近づくごとに俺たちに逃げ場はなくなる。彼らの弾切れと俺たちのどっちが尽きるのかを比べると、距離的、残弾数的に考えれば後者の方が早いだろう。

「くそ、冷静に反応するなよ!」

 マイクがほふくで長椅子の反対端へと前進する。考えている事は同じだった。後はタイミングを合わせるだけ。

「Go!!」

 マイクの号令とともに意を決して飛び出した。銃口が俺をとらえる前にシスターの銃身の下に左手を、右手を手首に置き、右手を引いた。シスターの手首が無理な方向と曲がり、指で銃を握っていられず銃を落とす。腹に一発拳をブチ込み、左腕をとった。一瞬、マイクと神父が視界に映る。マイクが銃を奪うのに失敗し、蹴り飛ばされたのが見えた。考える間もなく、無意識のうちにシスターを盾にした。次の瞬間、神父が銃を構えた。しまった、と思った時にはもう遅い。神父に躊躇いなんてあるはずもなく、血のはりついた指で引き金を引くのが見えた。パン、と音がした瞬間、腹に『鈍く鋭い痛み』を感じた。シスターと一緒に崩れ落ちる。

 俺は愕然とした。痛みを感じる。抑制された痛みでも何でもない、本物の痛みがこの腹に響き渡り、波打っている。この世界の定義が崩れ落ちていた。この世界で痛みを感じるはずはないのだ。痛みは不要因子としてこの世界の概念から削除されているはずだ。これほどまでに痛みを感じるはずはないのに、どうして。

「失敗しちまったすまねぇ」

 はっとしてマイクを見上げた。気づけば自分の息は荒く、冷や汗も流れ出ていた。

「神父は?」

 マイクが顎で指し示す。神父は前のめりに倒れ、出し惜しみもなく血をぶちまけていた。これほどまで人間は血を蓄えていたのかと思えるほどに。

 視界の右上のSOS信号が二つとも消えている。二人は死んだ事をこの世界が完全に判断したのだ。

「意外にしっかりと握っていやがった。おかげで銃を使うはめになっちまった、まったくなんだって……どうした?」

 俺の反応がおかしいと感じたのか、マイクが心配そうな顔で覗いてきた。俺は咄嗟に大丈夫だ、と告げて彼をけん制する。腹が血まみれだったが、シスターの血だという事は分かっていた。痛みが走らないようにゆっくりと立ち上がる。腹を思わず見てしまう。はらわたを食い千切ろうと勇んで飛び込んできた銃弾は防弾チョッキに阻まれ、むなしく地に跳ねた。

 思わず、笑いだしそうになった。それを無理やりに抑え込む。笑うな。笑うな。笑うな。死を、笑うな。

「死人の復活、か。ここにはお似合いの現象ってこった」

 キリストの復活とは大きく異なる雰囲気だったが、とマイクが苦笑い混じりに付け加えた。なるほど、と俺は一人ごちる。犯人は、わざとここを選んだのかもしれない。キリストだって、復活した時はこうだったのかもしれない、朽ち果てた体を動かしていたかもしれない、それを誰かが美化しただけの話なのかもしれないという事の体現。

そこで、俺は犯人が近くにいるかもしれない事を思い出して走った。マイクが叫んだ気がしたが今はそれどころではなかった。ドアを開け、さびれた町中へと飛び出した。誰一人として人はいない。観光地でも都市でも無い場所が過疎になることは珍しい事ではない。結局必要とされるのは人にとって注目されるべきものを持つ場所だけであって、どこにでもあるような風景や土地柄は注目されないのだ。こうして過疎した場所は人っ子一人いやしない。犯人さえも、だ。

「何だってんだ、急に走り出して」

 マイクが遅れてついてきた。

「いや……なんでもない。ただ、外の空気が吸いたかっただけだ」

 表情を読まれないように、振り向かないで返事をした。

「くそ、最悪だぜ。意味がわからねぇ現象に遭うし、要救助者は撃ち殺しちまった。減給は馬鹿にならんだろうし、下手すりゃクビだ」

 そう悪態をつきながら、マイクは電脳警察へと協力を要請した。少しして、電脳警察の人間が来て、この場所の捜査を頼んだ。後は、俺たちに出来る事はなく待つのは上からの処罰だけだった。

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