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 ここはデストピアだ。所詮、0と1で構成されただけのおとぎの国。誘うウサギは死神で、落ちる穴には奈落の底。混沌の闇の先は光あふれる魔法の世界。嘘偽りで塗り固められた空虚な世界。笑顔あふれる地獄。誰もが主人公で、お姫様を助ける勇者で、愚弄な道化師。そんな世界を傍観してこう思う。SF/サイエンスフィクション/すっごいファンタジー/すっごいファ■ク/すっごいフーリッシュ/な世界だと。

 人の夢は実現しつつあった。脳科学の進歩、そして、脳の電気信号を量子コンピュータの電気信号との互換を可能にする技術が開発され、人間としての意識をコンピュータ上で反映する事、及びコンピュータからの情報を脳が正常に受信し、認識して脳内で反映する事に成功した。コンピュータ上で架空の世界を作り出し、それを人に認識させることもできた。こうして、人類は初めて異世界へと飛ぶ事が出来るようになった。誰もが一度は夢に見た事があるだろう、おとぎ話のような夢のような世界に。

 彼もまた、そんな世界に踏み込んで、足を踏み外した人間の一人だった。君は、これを読んでどう思うのだろう。一つの間違いで、大きな苦しみを背負った彼の事を。



 空は蒼穹で満ち満ちていて、申し訳程度の雲が漂う。太陽は春の傾きを保ち、気温は熱くも寒くもない18℃を保っている。柔らかな風が頬を撫で、あまりに心地よすぎて眠ってしまいそうなほどに。もし、これがリアルならどれだけ良かった事か。

 俺の頭上を飛び回る飛行機も、俺の目の前の華やかなテキサスのヒューストンのビル街も、『モラルとお金は持っていよう!』という看板も、この憩いの公園も、俺の踏んでいる犬の糞も、それを見てクスクス笑う人々も、全部が偽りなのだ。

 ここにいる人は確かに人だ。けれど、その中身はその姿の人物とはイコールが成り立たない。アバターと呼ばれる、この世界での自信の化身のような存在だ。かつてのオンラインゲームを想像すると分かりやすいかもしれない。その姿が現実のその人と同じ姿でないように、ここで靴底の糞を地面になすり付けている俺や、それを見て笑う彼らもまた現実世界の姿とは異なるのだ。俺の行動がおもしろかったのか、事の一部始終を見ていた誰かがコインを投げて寄こした。

 軽い金属音を鳴らしながら俺の足元に転がってきたコインもまた偽物の塊だ。手触りや臭いといったものが本物に似せてあるだけのものだ。だが、この世界では立派な通貨であり、全世界共通の通貨でもある。俺はコインを拾い上げると、刻まれている絵に目を移した。そこにはアインシュタインが繰り返し舌を出し、おちゃめな姿を晒している。現実世界ではありえない、動く絵だった。あり得ない事が当たり前のような世界がここにはある。それが、電脳世界なのだ。出来ればアインシュタインがこの世界に向けて舌を出していると信じたい限り。

 俺はそんなコインをポケットにねじ込み、噴水の縁に腰かけると、一人の男が話しかけてきた。

「なかなかのパフォーマンスだったぜ?」

 俺が睨むと、コインに描かれていたアインシュタインのように舌を出してごまかした。俺の仕事仲間である男――マイク・ヴァンは仕事仲間の間でも一番の気楽屋で、一番仕事に適していないと思われている人物である。大柄で、筋肉もそれなりについていて睨みをきかせばなかなかの威圧感を持つ。が、いつも真剣さに欠けていて、何事も楽観的に考える傾向があり、怠け者であり、俺たちが最も手を焼く人物である。

「仕事は……?」

「今は休憩なのさ。さっき、二人ばかしパクッてきたんだ」

「ほう……」

「なんだなんだその態度。俺だってやる時はやるさ。でなきゃ、給料が出ないんだし」

 マイクは大げさに手を広げて肩を竦めて見せる。いつも大げさなのも彼の特徴だった。

「レベルは?」

「4だ」

「ペナルティは?」

「一人」

「よく抑えた方か」

「ちぇ、もうちっと褒めても良いんじゃないの?」

 俺たちの仕事は現実世界での警察のような仕事だ。警察と一線を画すのは、民間企業、である事だ。近年では警察の人口が減少傾向にあって、犯罪の多いこの電脳世界には対応できない事が多々あった。その事から民間警察敵組織が創設されたのがきっかけで、最近では電脳警察とまで言われるほどに組織の勢力は大きくなりつつあった。警察と違い、小さな事から大きなことまでがモットーである俺たちは、犬の世話から家の警備、護衛まで幅広く活躍できることで売り出している。警察とは違い、すぐに対応してくれる、接しやすいなどの意見も多く寄せられ、一般市民の信頼においては警察は太刀打ちできないだろう。ここまでなら、どこにでもある警備会社や、ホームヘルパーの仕事と変わらないように思えるだろう。しかし、この世界における俺たちの主な仕事はもっと激しいものなのだ。

 主な仕事の概要としては救出がそれにあたる。個人から発せられる、SOS信号から位置を割り出し、可能な限り少ない被害で事件を解決する。この世界での事件はレベル別に大別され、強盗、殺人、強姦、ハッキング行為をレベル5に制定するといったように人への影響具合を基準として大別されていて、誰も死亡者を出さない事が求められる。誰かを護りきれずに死亡させた場合、ペナルティとして給料の額が下がるシステムとなっている。

「死ぬっつったって、実際に死ぬわけじゃあないんだけどなぁ」

 彼の言うとおり、実際に死ぬわけではなくてアバターを失うだけ。アバター復活させるには、殺害された証明書を政府から発行してもらう必要がある。俺たちがその仲介役となって証言し、政府がサーバー管理者に問い合わせ、照合する。しかし、その際の審査に時間がかかる。それ以外に、新規でアバターを作る事も出来るが、その際には高額な課金量が発生することから、この世界の住民は殺害される事をひどく嫌う。

「まぁ、RPSで喜んでる俺とかよりはまとも、か。……なんとか言えよ」

 RPS――リアル・パーソナル・シューティングの頭文字。従来のFPSとサバイバルゲームを組み合わせた現代の技術だからこそ生まれる事が出来たゲームだ。かつては戦争ごっこと言われ続けていた二つが、ここに来て現実としか思えないほどの壮絶な戦場と化している。まるで本物の銃弾の雨が降り、まるで本物の硝煙の臭いが鼻孔を突き、まるで本物の血なまぐささが頭に昇り、まるで本物の死が訪れる。と、マイクが熱く語っていた事を思い出した。

 この世界での一般社会も現実と同じで銃社会だ。むしろ、この世界の方が実際のところ、凶悪事件が多いのだから、護身用として必ず持っておかなければならないツールとなりつつある。何故、銃自体を無くさないのかと問えば、依存としか言いようがない。今まではナイフに対して銃が使えた。今ではナイフで対峙しなければならない。電脳世界であっても犯罪の多い社会の中で、生き抜くにはあまりには不安ではないか。そういった銃への依存が規制できない理由、というのは表立った理由だと俺は思う。

 実際の理由として、現実社会モデルとしての機能を期待されているが故だ。社会心理、犯罪心理、行動心理、行動経済など様々な分野の研究に大きな利益をもたらすとして。実際、どうなっているかとかは知る由もないのだが、それが銃を規制しない理由だと俺は思っている。より、リアルになるように。

「なんかさ、分からなくなってきたよな、実際さ。時々叫びたくなるんだよ、てめぇは現実と電脳とどっちが大切なんだってさ」

「……お前は」

「俺ぁもちろん現実だね。セックスした時の快感がこっちにゃあ無いし」

 俺は半分あきれながらも、否定できずに肩を竦めた。彼の言っている事は事実だ。この世界には性的興奮という感覚がなければ、激しい痛覚もない。二つの感覚の電気信号を、この世界は持ち合わせてはいないのだ。その物質が持つ個々の感覚は手を通して信号化される。しかし、その電気信号もある一定の値を越えると抑圧され、脳へは届かない。これが、痛覚がない、と言える理由だ。最大の痛みは拍手した時の手の痛み程度。だから、どんなに怪我をしてもそれくらいの痛みで済んでしまう。だから、怪我をしても気づかなかったり、怪我をしても平気な顔をしていられる。どれだけ殴られても、どれだけ切り刻まれても、どれだけ撃たれても、この世界の人間は平気で笑っていられる。痛みへの恐怖はこれっぽっちもなく、あるのは殺害による時間の浪費への恐怖だけ。

「こっちにだって良い事はたくさんある。けどよ、やっぱ違うんだよなぁ」

 更に続けるように何かを言いかけて、ふと黙った。視覚の右端に点滅するSOS信号。続いて位置情報が視覚全体に広がり、風景と重なるように透過して表示される。

「少し離れてる、か」

 マイクは言うなり俺へと顔を向け、「稼げそうな輩なら大歓迎なんだがな」と嬉しそうに言いながら駈け出した。

 そんな彼に呆れつつも、俺も急いで近くに駐車してあったバイクへと向かう。その途中でいつも思うのは、誰も死んでいなければいいのだが、という事。電脳世界であっても、誰かが息絶える姿は見るに堪えない。それが、俺とマイクの決定的な違いだと改めて自覚した。

 自分がこの仕事に辿り着いた意味を今一度身に染み込ませ、自覚するように大きく息を吸い込み、吐き出した。常に新しい自分でいる事が、俺にとっては重要な事だった。

 バイクにまたがり、エンジンの唸りに心を奮い立たせてアクセルを踏み、道路へ出て軽快にマイクを抜き去った。マイクの驚いた顔がサイドミラーに映る。マイクの叫び。

「あるなら早く言え!!」

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