世界の進行
[Jan-08.Sun/21:40]
「……人が寝てる隣で、ゴダゴダと騒がしいンだよ」
鋭い嘴があたしに急速接近してきたと思えば、小さな手が横から伸びてきて、それを遮り止めた。
「な、」
白鬼夜行が、いつの間にやら目覚めていたのだ。
そして何故か、あたしを助けたのだ。お陰で九死に一生を得たあたしだが、事情と状況がいまいち掴めない。
「……ンだよその顔。お前……お前らは俺を倒して勝利したんだ。そんな情けないアホ面してんなよ」
「だ、誰がアホ面よ!」
「テメェだよ。ったく、行灯陰陽の奴も気絶してやがる。……本当に俺を倒したのか、ちぃとばっかし疑っちまうな」
あたし、朱雀、行灯陰陽に視線を順々に移し、せせら笑う白鬼夜行。
余裕のある笑みなのだが、どこか不機嫌な気色も見て取れる。
「邪魔だよ、テメェ。ちょっと黙ってろ」
ゴキリ、と白鬼夜行が指の骨を鳴らし、一閃。風の刃が朱雀の首から上を吹き飛ばす。
「言い訳がましく聞こえるかも知れねェがな。単純に勝つだけなら、俺はあのガキが相手でも負けない。紅螺旋があるなんて予定外だったが、手段を選ばなきゃ――お前を狙えばあのガキは確実に庇うだろうしな――負けはしない」
笑いながら、白鬼夜行は朱雀の頭が再生していく様を眺め、回復と同時にまた弾く。
「コイツだって同じ事だ。術者からの魔力供給がなけりゃ、内蔵してる魔力がなくなるまで動きを封じるだけでいい」
また、一閃。
「お前らみたく、核をブッ壊して倒すみたいな一撃必殺なんて必要ない訳だわ」
再生、破壊、再生、破壊。
ひたすら、砂遊びでもするかの様に、白鬼夜行は同じ事を繰り返す。
「力だけじゃ何も解決しない。少しは頭を使え。それはテロで騒いでる、《神ノ粛正ヲ下ス使徒》なんつーイカレ野郎共やウィックの奴らにも通用する話だ」
あたしは白鬼夜行のその言葉を聞いて、ドキリとした。
《神ノ粛正ヲ下ス使徒》と、確かに言った。
「そ、そのテロリスト達を……知ってるの?」
「そりゃな。この国じゃ、かなり有名なんだろ?」
どうという事もなく、白鬼夜行は言う。
「っつーかさ。俺ャ、あいつらに誘われてんのさ。協力しろってな」
その言葉に、あたしは今日何度目だろうか、驚愕に目を剥く。
誘われた?協力?だとすれば、彼は接触したと言うのか?
「これで、ラスト!」
勢いよく、白鬼夜行が大きく腕を振るう。台風の様な豪快な風が巻き起こり、朱雀を吹き飛ばして尚止まらず、その背後に聳える雑木林を次々に薙ぎ倒していった。
「あ、ヤベ」
白鬼夜行の少年の様な笑顔が強ばる。何事かとあたしが雑木林の方に振り向いてみると、ボロ布同然のコートを羽織った少女も吹き飛んでいた。
それ則ち、行灯陰陽。
顔面蒼白になるあたしと白鬼夜行。元々、白鬼夜行の肌は真っ白だが。
目の前で、風に乗った小柄な少女がゆらゆらと宙を舞い、急落下して倒された林に突っ込む。まさに流星の如く。
「ちょ……な、に、し腐ってんのよアンタァ!!」
「うわぁ!あれはマズいだろ、マジでかよ!!」
ほぼ同時に叫ぶ。あたしはズカズカと白鬼夜行に詰め寄る。
「あれ、力加減の問題じゃないわよアンタ!思ッ切り行灯陰陽の事忘れてんじゃん!」
「うぉ、悪い。ついうっかりいつもの癖で……」
「あたしを助けたかと思えばあの娘にあんな仕打ちして!アンタどっちの味方なのよ!?」
「いやぁ……今は一応、アンタらかな」
視線を泳がせながら呟く少年だが、恐ろしく説得力がない。
「ってこうしてる場合でもないし!早く助けなきゃ!」
「む……そりゃそうだな」
後頭部を掻きながら、さも面倒臭そうに呟く白鬼夜行。それでも探す気はあるのか、なかなか殊勝な心構えである。
今更ながらぶり返してきた右肩の痛み。裂けた傷口をずっと放置していたから、化膿しているかも知れない。
まぁ、そんなのは後で治療すればいい。問題はどこぞかにブチ込まれた行灯陰陽だ。
薙ぎ倒された林に登った時、バキンと何かを踏んづけた。ちょっと見てみると、ヘアピンの様だ。
(……何でこんなトコにヘアピンが?)
「おい!早くこっち来て探せよアンタ!」
横倒しにされた木々に立って辺りを見渡している白鬼夜行が叫ぶ。あたしは思考を中断し、少年の元まで駆ける。
「人間は夜目が利かねェだろ。ライトかなんかねェのか?」
「あるわよ、当然」
薄汚れたコートの内ポケットからペンライトを取り出し、スイッチを入れる。辺りが照らさせた。
別々に捜索を初めて、ふと思う。
(コイツ……あの娘が思ってるより、いい奴なんじゃないかしら?)
かなり熱心に茂る葉っぱをかき分けて自分の仇敵を捜す少年の小さな背を眺め、あたしは思った。
[Jan-08.Sun/22:00]
「うわ〜ォ。めちゃくちゃデンジャー」
切り倒された木々や街灯、地面は隆起した箇所もあれば抉られた箇所もあり、更に点々と赤い染みが出来ている。
「ちょっと待て。マジかよマジかよマジかよオイ」
誰にでもなく一人ゴチるカナタ。とんでもない状況に直面して、軽くパニクってるご様子。
地獄犬や吸血蜘蛛との戦いも十分に現実から懸け離れていたが、これはこれで負けず劣らずといったところだ。
ぶっちゃけて言うと、
「あり得ねェ」
の一言に尽きる。
最後に聞こえた暴風みたいな音がした後、いともあっさりと公園に入る事が出来たので、すぐさま入っては現状の把握でいっぱいいっぱいだった。
彼は知らない。鬼の放った一撃が術者の魔力回路を断ち切った事を。
「こりゃ……完璧に魔術が関係してるな」
友人の狩人に説明された時は半信半疑だったが、これは最早、人間業じゃない。魔法というフレーズ以外、思い浮かばない。
「とりあえず……警戒態勢くらいはとっとくか」
コートの内側から、隊に支給されたドイツ製自動拳銃を取り出し、弾薬の確認を行い安全装置を外し、銃身をスライドさせて銃弾を装填する。
どうして愛用の大型拳銃ではないかと言うと、不意を突かれて奪われる等の危険を避ける為だ。それに警戒時には小回りの利く方が好ましいので、武器は小さな方がいい。
弾数は少ないが、愛用銃と同じタイプの音殺器が使えるので、併用も出来る。
「ったく……次から次へと厄介事が増えていくな……」
呟きは白い吐息となり、冬の空気に溶け込んだ。
[Jan-08.Sun/22:00]
「お、いたぞ」
白鬼夜行が葉の山からずるりと小柄な少女の身体を摘み上げ、獲物を狩った様に掲げた。……それ、呼吸出来てるのか?
「とりあえず、向こうのベンチまで移動しましょ。その娘の怪我の手当をしなくちゃ」
「ったく、しゃあねェな。世話のかかる」
コンビニ袋を肩にぶら下げる様に行灯陰陽を担ぎ、白鬼夜行はあたしの後ろに続く。もはやツッコむ事に意味はなさそうだ。
「……下ろしなさい」
声がすると同時、行灯陰陽が白鬼夜行の肩を踏んで飛び上がり、宙を舞い、音もなく着地する。
「よう。起きたのか」
緊張感の欠片もなく、白鬼夜行が片腕をあげる。行灯陰陽は眉間にしわを寄せ、睨みつけている。
「はいはいちょっとストップ。穏便に行きましょ穏便に!」
あたしは二人の間に入り込み、宥める。
「穏便ン?何言ってんだテメェ?」
しかし白鬼夜行はあたしの気遣いを、粉々にブチ壊してくれた。
「俺は鬼でそいつは陰陽師。馴れ合いなんざ出来る筈もねェだろが」
「その通りです。WIKに下らない魔物は、消去しなければいけません」
更に行灯陰陽が便乗する。はい収拾不可能、勝手にしちゃって下さいもうあたしは知りません。
「負傷の度合いは互いにイーブン。隠し玉は使えない。魔力も底を尽きかけている。残る手段は体術だけって訳だ」
「……私はまだ、紅螺旋は使えま――」
「使えるのか?そこのツインテール、かなり魂削られてるぞ。これ以上行使すれば天上にも昇れずに、文字通り消滅するが。俺は別に構わないンだが、アンタはそれでいいのかい?」
グッと押し黙る行灯陰陽。
「えっ……魂が削られ……って、マジ?そんなにあたしヤヴァめ?」
「数日もすりゃ回復するだろうが。とりあえず明日は貧血じゃ済まない程度に気分が悪くなるぞ?」
マジですか……とあたしは自らの身体を触れて眺め回す。特に変わった様子はない。魂が削られてるって……本気で?
「一方の俺は、角を折られた。それが再生するまで鬼化も出来ない」
どうでもいいと興味が薄れたのか、白鬼夜行は話を続けた。
「オラ、来いよ。俺を屈服させたいんだろ?だったら拳で語ってみろよ」
挑発しながら嘲笑う白鬼夜行だが、その頬を一筋の汗が流れている事に気付いた。
限界なのだ、彼も。きっと。
(言葉だけじゃなかったのね、イーブンって)
行灯陰陽も似た様なもので、肩で息をしている。
条件は五分、となれば勝負はすぐつくだろう。恐らく、瞬きの間に。
「行きますよ」
「イクぜ」
互いが拳を握り、脇を締め、足を踏み込み、
ゴヅッ!
二つの拳が、それぞれの頬に突き刺さる。両者共、カウンターの一撃となった。
そしてそのまま二人の身体が、その場から数メートル離れた場所まで吹き飛び、ぐったりとしてピクリとも動かない。
「……あっけない幕切れね」
他者の介入があったものの、戦闘なんてこんなものかとあたしは思う。
後に残るのは、常に負傷者だけなのだ。
「……さて、どうしよう?」
一人ゴチる。気絶した二人を交互に眺め、あたしは嘆息する他なかった。
[Jan-08.Sun/22:10]
「……スミレ、ってちょっと待てよ。マジかよ」
カナタが声のする方角に向かっていると、倒れた少年と少女、それにツインテールの見知った少女・スミレの姿を発見した。
倒れているのは当事者だろうか、スミレは巻き込まれたのだろうか、それとももしかすると通りがかっただけなのかも知れない。狙撃手として必要な、冷静かつ客観的な判断を下す。
(判断:自ら巻き込まれに行った。
そうだそうだそうに違いないああ間違いない絶対間違いないスミレはそういう奴だ好奇心旺盛な小学生の男の子みたいな奴だよ厄介事だけを持ってくるんだよ勘弁してくれよマジでリーダーとしての自覚がないって嫌だなぁ軽率というか粗忽というか考えナシというか浅はかというかようするに頭が悪いいやそりゃ僕も同じだがとにかくつまり何が言いたいかと言えば奴はリーダー向きじゃないんだよなむしろチーム全体をサポートする役がピッタリだああピッタリだ間違いないいやちょっと待てこれは良い考えかも知れないなよし今度上に申請してみようリーダーはユーサクかミサト安定かなサブは僕のままだけどでもミサトに命令されるのってムカつくなよしユーサクを推薦しよう)
エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。
中盤以降、思考が全く別口に傾いている事に気付いたカナタは脳(OS)を強制終了、再起動する。ただし今までの考えは全て心に書き留めておく事に。
(で……えっと。何だっけ)
本来の目的を思い出すのに要した時間は約五分。
頭が悪い。カナタは再び木陰からスミレを覗――
「何してんのよアンタ?」
――こうとしたが、ご本人は目の前にいましたという罠。
[Jan-08.Sun/22:15]
「何してんのよアンタ?」
まだ切り倒されていない雑木林の木陰に座り込み、何やらブツブツ呟いている少年に向かってあたしは言う。かなり怪しい奴である。ふと少年・カナタの手元を見てみると、ドイツ製の自動拳銃が握られている。
「……どこまで理解してるの?」
あたしはカナタに訊ねる。カナタは視線を逸らし、
「全然。訳の分からない事が多すぎだよ」
飄々と答えた。嘘だ、と分かる。だが、事情を知っているのなら、こちらとしてはむしろ好都合。
「何が起きている?」
「起きている……というか、今終わったトコ。あの二人をあたしの自宅に運ぶから、手伝ってくれない?」
顔をカナタの耳元に寄せ、ちらりと、気を失っている鬼と陰陽師に目配せをし、あたしは囁く。
「手伝ってくれれば。……さっきの独り言については聞かなかった事にしてア・ゲ・ル(はぁと」
ゴリっ、とあたしはカナタの顎に自動拳銃を押しつけ、にっこりと微笑む。
「……アイアイサー」
青冷めたカナタは、こめかみに指先を当てて敬礼した。
[Jan-08.Sun/22:40]
「あった」
赤いロングコートの女・悠久天使は、凄惨な光景と化した公園に一人、佇む。
少女達がいなくなった後、悠久天使は倒れた雑木林の隙間に落ちていた、原型を留めていないヘアピンを拾い上げ、それをコートのポケットにねじ込む。
右手を空に掲げ、人差し指をクルクルと回しながら呟く。
「範囲隠蔽」
それと同時に、悠久天使を中心とした巨大な魔法陣が地面に浮かび上がる。青白い光を放つ線が描く魔法陣が回転し、円形から球体へと変貌し、直径三〇メートルはあろうドームを形作る。
「色彩は青。方角は西のガブリエル。効力は『呪詛の封鎖、及び隠滅』。残留魔力の自然浄化を我は詠う。ニローダ マントゥラ、プリタク サルワ ルーパ サッティア(滅びよ魔術、異なれ一切の色と真実)」
青白いドームが色を変え、徐々に濃紺になっていく。クルクルと回していた手を止め、パチンと指を鳴らす。
悠久天使がいる上空、ドームの頂点に位置する場所がヒビ割れ、パキンとガラスが割れる様な儚い音と同時に、ドームが跡形もなく崩れていく。
「これで良し、っと。追跡も索敵も出来ない、あたしがバレる道理もない、っと」
彼女が行った魔術は、行灯陰陽が使っていた魔術と同じく、西洋魔術と東洋魔術を掛け合わせたものである。
彼女が嫌悪していた魔術を、自らが使っていた。
「発つ鳥……えっと、何とやら。綺麗サッパリ消えちゃってね」
曖昧に誤魔化し、行灯陰陽は悠々とその場を後にした。
【SIG SAUER MODEL P220】
全 長:189mm
重 量:795g
口 径:9mm×19
装弾数:9+1発
製造国:ドイツ
スライド上部を角形にし、銃身後部の薬室も角形にし、空薬莢を排出する排莢口と薬室を噛み合わせている事で、ガバメントの様にスライドに凹部、銃身に凸部を加工する手間を省いている。
また、マニュアルセーフティ機能を廃し、デコッキングレバーも、押し下げた後にバネの力で自動的に戻るセルフリターン式とした。
現在の日本では、自衛隊員の必需装備となっている。映画などでSATが出てくる際には注目していただきたい。
尚、前作『世界の狭間』でカナタがアキラとルーナに渡した銃はこれを指す。