王道展開に物申す-5-
なんて、言いたいことは沢山ある。それこそ、一日二十四時間あっても足りないってくらいにね。ここが表現の自由が法律で保障されている場だったら、この脳みそに詰まっている言葉全て使って思いの限り罵ってやるところなのだけれど。
でも、今はその選択が愚の骨頂だということぐらいわからない程馬鹿じゃない。
彼等は自分に、憎悪にも似た怒りを向けている。
興奮した野生動物を前にした時と同じだ。下手に刺激すれば、それは全部自分の身に返ってくる。
人間は理性の働く生き物だ。本能のまま欲情を吐き出した後に支払う代償の大きさに、欲望を抑制することぐらい可能だ。
怒るべき時は、今じゃない。
そう、今じゃないだけだ。怒らないわけじゃない。怒りを爆発させる時が、場所が、今ではなく、ここではないだけだ。
やられたら、徹底的にやり返せ。
それが信条だ。
今決めた。
「カズさん…」
屋上から飛び降りるなんて真似しなくても玄関から外に出た和歌の背に、怯えたような呼び声がかけられる。足を止めて振り返れば、家の前で互いに身を寄せ合って立つガーネとその母親の姿があった。
「――大丈夫」
強がりがなかったと言えば嘘になる。
だけど、こんな、得体の知れない小娘を快く受け入れてくれた彼等に弱い姿なんて見せられなかった。後ろ手で縛られ、自由を奪われた身を兵士達に囲まれながら、笑顔のまま、毅然とした態度で去っていくことが、彼等に対する、今の和歌が出来る唯一の、そして最大の恩返しだ。
ありがとう。
助けてくれた事への感謝の言葉でもない。
ごめんなさい。
迷惑をかけた事への謝罪の言葉でもない。
それはどちらも、別れの言葉だ。
澄み渡った空が揺れる。
男の子なんだから泣くなよ、なんて苦笑するくらいには余裕はあって、泣き顔を見まいと和歌は背を向けた。
沈んでいく夕陽。それが、とても綺麗だと思った。
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