記憶喪失的情報収集-13-
名前を呼ばれた気がした。
瞼は貝じゃない。若干重い気もするけれど、ゆっくりと上がっていってくれた。
また名前を呼ばれる。聞き慣れた、それは友達の証。
「う…ん…。ハル…?」
眠い目を擦り、まだぼやけている視界に覗きこむようにして見てくる影がある。
そうだ。授業中に眠ってしまったんだ。もう授業も終わって、呆れながらも起こしてくれる友人がいる。
あれ、でも、変だな。目の前に空が広がっている。
ハルの瞳は、青じゃない。
「カズさん?」
もう一度名前を呼ばれて、まるで霞かかっているようだった和歌の視界がはっきりした。唐突に現実と意識が繋がり、隣に立つ少年の青い瞳を凝視する。
「あ…あれ?あたし…」
「ひょっとして、寝ぼけてます?昼食の準備ができたから知らせようと思って入ったら、カズさん、寝ちゃってるから。起こすの躊躇ったんですけど」
華の咲くような、とは、きっと彼の浮かべる笑顔を指す時に使う表現方法なのだろう。
「昼食、すぐに運んでくるので。母さんの料理、美味いですよ」
笑顔のまま、彼はもう一度中庭へと続くドアの向こう側へと消えてしまった。
網膜に残った純粋な笑顔に、和歌は現実を思い出す。長い吐息を吐き出し、椅子の背もたれに深く沈みこんだ。
そうだ。
ここは、学校の教室じゃない。日本でもない。
友達もいない。家族もいない。
求めた日常は、ここにはない。