記憶喪失的情報収集-9-
「さあ、入りな。えぇと…あんた、名前は?」
「和…カズです」
室内に案内されながらの誰何に思わず本名を名乗りそうになった和歌は、慌てて言い直した。
そうだった。この国の人達の発音にワ行はなかったんだ。
「まるで男の子みたいな名前だねぇ」
この人は、遠慮っていう言葉を知らないのだろうか。自分に正直なのはとっても素晴らしい事だけれど、せめてそこに、ほんのひと匙程度でいいので、思いやりという心を混ぜてほしいと思うのは、これって我儘?
「とりあえず座りな、カズ。すぐに昼食にするからね」
「…え?」
土足のまま上がり込んだ居間のテーブルの前に自然と座っちゃったけど、ちょっと待て。
いいのか?それで。だって、どう考えても不審人物でしかないでしょう。髪と瞳は黒いし。なんだかピラピラした服着てるし。肌の色は黄色人種だから白人系に比べればちょっと色が違うくらいだから、日焼けしました、っていう言い訳がまだ通用しなくもないけど。どう考えても、膝辺りまで生足を露出しているこの格好は奇異に映るだろう。
ここの人達の格好は、あえて喩えるなら、インドのサリーに似ている。だから、腕は露出しても、下半身は足首まで布で覆っているのだ。
要するに、頭のてっぺんからつま先まで眺め回して、不審人物じゃないという証拠はないって事。言い換えれば、何処からどう見ても、不審人物以外にありえないって事。
それを、こうもあっさりと家に通していいのか?その上、昼ご飯までご馳走するなんて。
いや、うん。有難いんだけど。とっても有難いんだけどね?
いくら息子の恩人だからといって、ちょっと警戒心なさすぎなんじゃ…?
「…って、なんであたしがそんな事を考えなくちゃいけないのよ」
椅子に座って思考に沈んでいた和歌は、自分のお節介加減に嫌気が差してその事に関する思索を放棄した。