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第四十譜 和燈

「エト、ナ……」


 相手が王族だろうと関係ない、声を荒げて伝えたエトナの本心。彼女もまたセヴァドスと同じく劣等感に苛まれて生きてきた一人だ。

 むしろ『王族』という後ろ盾もなく、ただ眼が赤いというだけで憎まれてきた彼女の境遇を考えれば、それ以上かもしれない。

 なのに、今は底辺から這い上がって〈英雄候補〉として困難の道を駆け抜けている。

 いつかの学生寮の大広間で聞こえてきた〈英雄〉になるという誓いも含め、彼女が諦めることを選択したことはなかったと、セヴァドスは気付いた。

 同時に自分の器の小ささにも気付いてしまい、羞恥の震えが全身をひた走る。


「……其方の言う通りだな。この世で前を向かない者はそれだけで無価値に等しい……。だが、だからこそ私に価値はないのだ……。『出来ない』と何度も言われた。何度も悟った。ついぞ私に視線を合わせてくれることはなかった……! 私の人生に、がむしゃらに走れるような道が開けていたことなんて一度もない……! 現実という壁が私に前を向けさせないのだ……」

「だからどうしたって言うの。私たちだって現実の前に何度も挫かれそうになったわよ。でも、アッシュが教えてくれたの。現実っていう壁が立つなら壊すまでって。道は『ある』んじゃない、作るものでしょ。今までの人たちが〈戦線区域〉を開拓してきたように!」


 まだ前を向かないセヴァドスに、やりきれない思いをぶつけるエトナ。そんな彼女の手を取りながらアッシュもその思いのぶつけ合いに参加する。


「セヴァドス様。君のその考えは理解は出来るよ。エトナも似たような感じだったからね。だから僕の言いたいこともエトナとほとんど一緒だ。そのうえで言うよ。今ここで、君は前にある壁を壊すんだ」

「だから……。何度も言っているだろう、私には――」

「だったらなんで君たちはまだ生(・)き(・)る(・)の(・)を(・)諦(・)め(・)て(・)い(・)な(・)い(・)!!」

「――――」


 珍しいアッシュの荒げた声に、セヴァドスとキッカが共に目を丸くする。何もかも諦めているのなら、今ここで生きていることがおかしいのだと気付かされたのだ。

 【邪気】が蔓延し、【隷獣】も〈アルカ〉に侵入してきているこの状況下で死ぬのなんて、呼吸をするのと同じくらい楽なことだ。

 なのにまだ生きていると言うことは――。と、誰もが察した中で、アッシュは突き立てられた淡青(たんせい)色に光るセヴァドスの槍を指差した。


「君が今ここで突き刺している槍。そこには君がいつもやっている〈合力:浄火(ジョウカ)〉が込められている。僕たちがここに来た時に体が軽くなったのも、ミィシャがまだ息をしているのも、そして君たちが今生きているのも全部君がこの力を発動しているからだ。なぁ教えてくれ。諦めているっていうのなら、なんで〈合力〉を発動しているんだ?」

「あ――」


 彼らの〈合力〉の色である淡青色が槍にうっすらと纏わり付き、床に刺された穂先からこの階層を〈合力:浄火〉の力が波紋のように広がっている。

 それはまさしく生への執着に他ならない。セヴァドスはこんな絶望的状況でありながら、自分が無意識にも『まだ生きたい』と思っていることに驚いた。


「ようやく自分がしたいことが分かったね。なら、あとは前を向くだけだ。いいかい〈斎火の天蓋〉の仕組みそのものは分からないけど、やっていることは今君がやっている広範囲の〈浄火〉と変わらないと思っている。だったら、あとはこのエリアを拡大するだけだ」

「だけって……そんな簡単に……」

「言うさ。――だって、君はセヴァドス・メ(・)ー(・)テ(・)リ(・)ウ(・)ス(・)だ。善神〈メテウス〉から最も寵愛を受けた一族。君にその力が無いと断言する方がどうかしてる。【邪神】であれ〈善神〉であれ、その力は本物で、僕らはその力を信頼して今ここにいる。それを疑ったりしたら、今まで生きてきた者全てへの侮辱だよ」


 淡々と正論(出来る理由)をぶつけるアッシュに、唖然となるセヴァドス。

 けれど、それは絶対の信頼の証。ここまで人から信頼されたことはなかったなと思うと、肩から力が抜けていく。


「神を疑う……か。嫌なことを言う。そういえば、其方はそういう男であったな……」

「私からも言わせてもらうと、出来る素質があるのに出来ないのはちゃんとした理由があるはずよ。で、この場合は〈合力〉でしょうね。アナタに今更言うことでもないでしょうけど、〈合力〉は――」

「心の動きで左右される……」

「そ。私とアッシュもそうだったわ。持論だけど、コンプレックスを抱えたまま力を発揮しようなんて時間とコストの無駄よ無駄。そんなことしてる暇があるなら、行動あるのみよ」


 実体験に基づく証拠の提示。事実、エトナたちは自分達の心の想いを全て曝け出したことで状況を好転させることが出来ていた。

 更に、固有能力を発現させ【ハルピー】討伐に大きく貢献したハスタとミィシャも同じだ。

 理不尽な現実という壁を打ち砕く力と術は、全人類に備わっている。そのために〈メテウス〉が与えてくれた力なのだ。

 槍を握る手に血が通っていく様な感覚をセヴァドスは自覚する。


「こうまで言ってもまだ体が動かないって言うのなら、よく耳を澄ませてみるといい。そうしたら否が応でも動くはずだ」

「耳を……」

「どうして、ここがまだ無事なのか――ってこと。悠長にお話し出来ていた理由を分からないとは言わせないよ」

「――」


 アッシュの呆れたような物言いで、セヴァドスは己がどれだけ愚かだったのかを気付かされる。

 冷静になった思考で耳を澄ませば、〈浄火院〉の外で戦っている声が聞こえてきた。


「――こ、ここだけはなんとしても死守しろ!! 〈浄火院〉が無くなれば、オレ達の人生はそれこそ終わりだ!」

「治癒出来る人は絶対に生かすのよ……!!  【隷獣】を一匹たりとも通すんじゃないわよみんな!!」


 破砕音に混ざりながら、それ以上に響いてくる人々の諦めていない数々の声。〈斎火の天蓋〉が壊れ、【邪気】が蔓延し、今にも都市が墜ちようとしているにも関わらず、誰も生を諦めていなかった。

 彼らにとってしてみれば、都市を攻められたのは二度目だ。生き汚くとも、生きていれば『明日』を見られることを知っている。

 そんな希望に満ちた声を聞いて動かないとなれば、それこそ本当に愚か者だ。王族の象徴であり、【邪気】を拒絶する象徴の色。極彩色の瞳に力が宿る。


「分かったみたいだね。いいか、出来ない理由を並べて、やらない言い訳を見つけるな。この状況下において人を救えるのは君だけだ。出来ることがあるのにやらないのは、罪に等しいよ――」


 今のアッシュにはいつものような飄々とした感じは一切無い。迷いのない、射抜くような力強い眼差しに、セヴァドスの心にも火が灯る。


「まったく……其方たちは……」


 小さく笑い、セヴァドスが槍を支えにしながら、キッカの手を引っ張って立ち上がる。

 そこに曇りはもう見る影もない。


「先程から、王族に対して不敬であるぞ。全てが終わったら罰を与えてやるから覚悟せよ」

「うわっ、ここぞとばかりに王族の特権を出してきたよ」

「別に与えられるモノなら与えていいわよ。アナタが王族なら、ね」

「調子に乗りおって。良かろう、見せてやるとも。メーテリウス家の誇りを」


 『王族』をひけらかしたいのなら、最大の特徴である〈斎火(いみび)の天蓋(てんがい)〉を作れ。そういう含みを持たせたエトナの皮肉に対し、セヴァドスは自信たっぷりに笑ってみせる。

 そのままキッカに向き直り、両の手を握り締める。その手から伝わる感情と彼女の表情にはまだ恐れが残っていた。


「あ、あの……。わたくしは……」

「良い。言わずとも、其方の心は理解している。だが、己の恥を棚に上げて言おう。私のパートナーであり生涯共に道を進む者、キッカ・フェロー。力無い私に、其方の力を貸して頂きたい」

「セヴァ様……」


 冷たくなってしまったキッカの心に寄り添う様に、手から想いという熱を届けるセヴァドス。

 忌憚も建前も何も無い、仕える主からの心からの想いを聞かされて動かないキッカではない。曇なき眼、包み込まれるような温もりにキッカの恐怖が拭い去られる。


「申し訳ございません。本来であれば、わたくしこそがセヴァ様を支えなければならなかったというのに……。無様を晒してしまいました……」

「それは私も同じだ。キッカにエトナ、アッシュ。それから多くの人に迷惑をかけ続けている。断言しよう、私は一人では何も出来ぬ未熟者だ。故に、私には其方が必要なのだ。この困難を吹き飛ばすために、私も、エトナとアッシュ、ハスタとミィシャの様に其方と心を通わせたい。心を貸してくれるか?」

「いかようにも。わたくしの全てはセヴァ様と共にあります――」


 瞳を閉じ、額を合わせながら二人して笑みを浮かべる。希望の種が芽生えた。

 キッカがそっと槍を持つセヴァドスの手に自分の手を重ね、二人で〈合力〉を高めていく。

 淡青色の光が大きく膨れ上がり、弾け、〈浄火院〉全体を包み込んでいった。

 やがて、二人の口から祝詞が紡がれる。


「『善神〈メテウス〉に願い奉る。其は、不浄を許さぬ聖なる誓約。果てなき夜を超え、今帳を開く鐘を鳴らさん』」


 セヴァドスにキッカが続く。


「『灯る和燈(ともしび)。暁は人と共にあり。夢見る明日は現(うつつ)へと』」


 最後は二人で。


「「『我ら、邪を討ち祓う者なり。其の力をお貸し頂きたもう』」」


 目を合わせ、限界まで〈合力〉を込めた槍を再度床に突き刺した。


「「〈斎火の天蓋〉――発動」」


 淡青色の光が、瞬く間に極彩色の光へと変貌。【邪気】を排除しているその光の色は、まさしく〈斎火の天蓋〉だった。

 効果範囲は〈浄火院〉を中心に半径三キロ。その中にいる者たち全員が、息苦しさがなくなったことが分かった。

 それはセヴァドスたちも同じ。自分がもたらした結果の出来に笑みが溢れる。


「はぁはぁ……。たったこれだけの範囲か……! ふっ、父上たちならこの五倍は出来るだろうに……!」

「それ、でも……〈斎火の天蓋〉には変わりません……! セヴァ様、貴方様は確かにメーテリウス家の人間です……!」

「あぁ、分かっているとも……!」


 発動するだけでももう疲労困憊。だが、『壁』を壊せた嬉しさが感情に乗って〈合力〉を高めている。

 ギラギラと極彩色の瞳を輝かせるセヴァドスは、エトナとアッシュの腕を完全に治癒しながら命令を下す。


「さぁ、早く行け〈英雄候補〉……! 発動したての私では父上たちのような無意識下での固定運用はまだ出来ん……! 持って40分だ……! それまでに〈アルカ〉を取り戻すのだ!!」

「「御意!!」」


 現在の『王』としての命令に二人は跪いて敬礼し、その動作すらも利用して勢いよく壁の穴から飛び出していく。

 向かう先は刻一刻と命が失われていく、無情の戦場。これからが、本当の戦いの始まりだ。

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