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第三十六譜 プロローグ

「――終わったんだ」

「――終わったわね」


 全身包帯に包まれたエトナとアッシュが〈浄火院〉の屋上から街を見下ろし、物思いに耽っている。

 あの【絶望】との戦いから三日。手を繋ぐことで〈合力〉を保持時間を無尽蔵に出来る二人とはいえ、そのものの量や体力、精神力まで無尽蔵というわけではない。

 精魂尽き果てた二人が起きた頃には、【第八次赫醒戦】は終了していた。


「エトナ、手は大丈夫? 痛くない?」

「ん、問題ない。まぁ、感覚がほとんどないだけなんだけど。アッシュも分かってるでしょ? 私と一緒で手が砕けたんだから」

「そうだけど、それで心配しないことにはならないよ。万が一麻酔が切れたら大変だし、エトナの可愛い手が治らないってなったら、それこそ最悪だ」

「基本的に何でも治せる上位〈浄火医〉が治癒を施したんだし、それはないでしょう。――っていうか、可愛い手って……。こんな硬い手のどこが可愛いのよ」


 包帯に包まれた真っ白な手を見て自嘲気味に笑うエトナ。この下にある手は、これまで鍛えに鍛えてきたことで、武器の如き『硬さ』がある。

 女性特有の『柔らかさ』は多少残っているとはいえ、他の人たちに比べたら綺麗さはあまりないのかもしれない。

 けれど、アッシュはそんな彼女の自己否定を優しく否定する。


「努力の証が見えて――だよ。そのおかげで、僕たちは【ハルピー】を倒せたんだから」

「【ハルピー】か……。強かったわね……。ハスタたちのおかげもあるけど、本当に私たちが倒したんだ……」

「うん、そうだよ。どこまでもエトナが諦めなかったから出来たことだ。ハスタたちを救えたのも、【ハルピー】を撃破出来たのもエトナがいたおかげだ」

「大袈裟。それで言うなら、私はアッシュが隣にいてくれてたから戦えたワケだし。お互い様よ」


 砕けていない方の手で二人は手を繋ぎ、ここまでの軌跡を心の中で感じ合う。

 ドン底から這い上がり、短所を長所として捉えて唯一無二の戦闘術を確立。そこからの【四ツ眼(クワトル)】撃破だ。

 他の誰にも不可能だし、仮にパートナーが入れ替わったとしても不可能な功績。

 エトナとアッシュだからこそ成しえたのだ。感慨深くならないはずもない。


「そっか、お互い様か」

「ええ、だって私たちはパートナーなんだから」


 指を絡ませ、二人は互いの命・存在を確かめ合う。自然とそうなったのは、『二人だから』というだけじゃない。

 『下』から聞こえてきた声と光景に、無意識で確かめたくなったのだ。


「うわぁぁぁぁぁ! ケリィ、ケリィ!!」

「離れろ……! そいつはもう……!」

「うるさい……!! パートナーが生き残ってる貴方にわたしの気持ちが分かるもんか!!」


 泣き声が遺(・)体(・)袋(・)にぶつかってくぐもっているにも関わらず、屋上にまで聞こえてくる。

 そこに込められた重く辛い悲嘆は当人達にしか分からない。見てはいけないと、そう思った二人は背を向けた。


「……私たちはお互いに無事。〈第二区画〉にいた人も〈狩場〉にいた人も、〈アルカ〉の中にいた人も全員生きてる。けど……」

「誰も死ななかったわけじゃない」

「そう、ね。【赫醒戦】は【テュフォネ】と私たち人類の過酷な生存戦争だもの。死なない方がおかしい。そう、頭では分かっているわ――」


 歯を食いしばるエトナに、アッシュが頭を柔らかく撫でて落ち着かせようとする。


「人の死に慣れる方が恐ろしくなるよ。僕たちはその恐怖を抱えながら前に進まなきゃいけないんだ。それが人間ってものでしょ? それを見失ったら人の死を前提にした戦いになる」

「それは……、最悪ね」

「うん。僕たちの考え方まで【隷獣】みたいになっちゃいけない。たとえこの戦いが始(・)ま(・)り(・)に(・)過(・)ぎ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)と(・)し(・)て(・)も(・)――」


 繋ぐ手にアッシュの力が強くなる。アッシュの視線や思考は既に『次』を見据えていた。

 うっすらと熱を感じさせるその声色に、キュッとエトナの気も引き締まる。


「始まり、か。ねぇ、アッシュ。本当にこの【第八次赫醒戦】が前哨戦に過ぎないって言うの?」

「うん。あくまで予想だけど、可能性は高いと思う。さっきの今でこう言うのはなんだと思うけど、正直言って被(・)害(・)が(・)少(・)な(・)す(・)ぎ(・)る(・)か(・)ら(・)ね(・)」


 遺体に縋り付く人を見ておきながら、あんまりな物言いに聞こえるアッシュの言葉。しかし、エトナはそれを否定しない。

 言葉にしなかっただけで、彼女もそのことに気が付いていた。


「被害が……少ない、か。これでも……?」

「これでも、だよ。死んだのは〈執火官〉だけ。民間にも都市内部にも被害がなかったのは【赫醒戦】ということを考えたら奇跡としか言いようがない。まぁ、【第七次】が例外すぎたってのもあるけど……。あれはあれで仕方ないところがあったみたいだからね――」


 26年前の【第七次赫醒戦】と目の前の光景を見比べると、確かに被害の差は歴然だ。

 あの時は、〈極彩色〉の時に遥か上空から強個体の【七ツ眼(セプテム)】の一撃によって〈天蓋〉の一部が貫かれたことで滅亡の危機を招いてしまった。

 ただ、今回は〈外界〉の奥で〈道導〉が強個体を撃破していたことで、都市近辺に【七ツ眼】がいなかったのだ。

 そこに加えて、全住民がその時の教訓を活かして合理的に動いていたからこその、被害の少なさ。

 そしてなにより――


「――【噴火期】にもかかわらず被害が少なすぎるっていうのは400年の【第六次】の時と同じだ。とすれば、410年の【力】を溜めた【第七次】で破壊をもたらしたように、今回も次に繋げている可能性が高い」

「だから、次……【本番】はこれからってことね」

「そういうこと。時間はあるようで、全然ない」


 その本番こそが、本来の五十年周期の【噴火期】。それが起きるまで残りたったの十四年。

 それが【テュフォネ】が復活し、世界が滅びるとされている【第九次】と予想されていた。

 人類が死に絶えるまで、残り十四年。淡々と恐ろしい事実を述べるアッシュだが、エトナの表情は決して諦めていない。


「時間はない。けど、私たちは一ヶ月でここまで来たっていう証拠がある。【ハルピー】も倒せたんだ。十四年『も』あるって考えたら、全然間に合うわ。むしろ、間に合わせてみせましょう」

「ふふっ。やっぱり強いね、エトナは。でも、それでこそ僕の惚れたエトナ。どんな逆境にも諦めない君の隣にいれば、僕も自信が湧いてくるよ。――やろう、僕たちの手で世界を救うんだ」

「私たちが胸を張って生きていくためにも、ね」


 再び、固く、強く手が結ばれる。その存在を感じるだけで、限界を超えてどこまでもやっていけそうに思えるお互いへの愛の深さ。

 二人が見る明日は希望に満ちていた。 


「「もっともっと、力をつけていかないと――――」」

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