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第6章:百孔千瘡

 焚き火の爆ぜる音が、夜のしじまに低く響く。

 ディビーは鞘から抜いた剣を布で丁寧に拭いながら、隣で顔を背け、横になるヘレーネに視線を向けた。彼女の水色の髪が、炎に照らされてかすかに揺れている。間もなく、地下図書館に到着する見込みだ。感覚でわかる。「姉」たちもそうだと訴えかけている。どうしても、頭がさえて眠れないのだ。

「……なあ、ヘレーネ。まだ起きてるか?」

 ヘレーネはディビーに顔を向け、そのまま起き上がった。

 ディビーは剣を膝に置いた。

「うとうとしていたら、悪かったな」

 ヘレーネは首を振る。

「じゃあ、せっかくだから、俺の格好悪い昔話を聞いてくれないか。俺が、実はどれほど救いようのない男だったかって話をさ」

 その瞳には、夜の闇よりも深い、過去の悔恨が映り込んでいた。


 ―俺は、とある剣術の名家の跡継ぎとして生まれた。

 親父は厳格そのもので、俺が物心つく前から木刀を握らせ、一分の隙もない剣術を叩き込んだ。だが俺は、そんな堅苦しい家が嫌いでたまらなかった。型に嵌められるのが、何よりうざったかったんだ。心はいつだって、塀の向こうの自由な空を飛んでいた。

 16歳の時、剣術の修行のために他国へ留学させられた。親父はこれで俺が更生すると思ったんだろうが、逆だった。厳しい監視の目がなくなった反動で、俺はこれ幸いと遊びまくった。

 街の老若男女、はては裏社会のゴロツキまで、誰とでも飲み明かせるようになった。剣術道場でも友だちはいたが、酒場や賭場の方が俺の居場所だったんだ。

 当然、そんな放蕩三昧が実家にバレないはずがない。半年くらいして、激怒した親父の使いによって無理やり連れ戻された。その後も何度も家出を繰り返しちゃ、周囲を困らせていたよ。今思えば、そんな俺でも、家族や仲間には愛されていたんだな。……おい、今笑ってるだろ?


 ヘレーネは型破りな彼の生きざまが微笑ましく、うふふと確かに笑っていた。声は出なかったけれど、空気が震えるのがディビーにも伝わったようだ。


 ―まあ、お前はもっと笑ってた方が良いと思うぜ。

 ……で、18歳になった頃、俺は国軍の戦士になった。

 親父に仕込まれた剣術の筋だけは本物だったから、戦場に出ればあっという間に有名になった。功績を上げ、仲間にも恵まれ、そして……怪我をした時に世話になった、薬屋の娘と恋に落ちた。

 彼女は俺の荒んだ心を癒してくれる、唯一の光だった。俺たちは将来を誓い合い、初めて「守るべきもの」ができた喜びを噛み締めていた。

 だが、幸せは長くは続かなかった。

 ある日突然、彼女が行方不明になった。

 噂だと、薬のことで学ぶため、街の外れの山奥でやってた「勉強会」に行ったんだが、それっきり誰も行方が分からねえ。

 友達も集めて必死で探したが、そんな中で不気味な話を聞いたんだ。

「若い娘をかき集めて、軍隊にしている組織がある」

 

 ヘレーネの背筋に、冷たいものが走り抜けた。

 

 ―『静寂の紫』の仕業だという。

 突拍子もない話だったし、俺は噂をあまり信じないたちだったからな。自分で経験しないとピンと来なかった。何より、『静寂の紫』は表向きには、俺たちの国家も支援している孤児の保護団体だ。俺も国から雇われている以上、友達の前でだって疑うようなことは言えない立場だったんだよ。

 そんな折、軍から任務が下った。

『街を脅かす、「紫の影」を討伐せよ』

 俺は彼女との結婚の準備で金が必要だったから、危険だったがその任務を引き受けた。友だちの中に、そいつらに殺された奴もいる。俺は奴らへの憎しみを剣に込めた。

 実際に現場に行ってみると、同じ仮面の女が何人もいて、まさに小さい女の子を連れ去ろうとしてるところだった。俺はそいつらと戦ったが、中々逃げ足が速くて捕まえられない。それでも、まだ動きの遅かった一人の「影」を追い詰め、懐に飛び込み、喉に剣を突き立てた。

 実は、そこで嫌な予感がしていたんだ。奴の体に触れた瞬間、あまりにももろくて、これは鍛えていた人間の質感じゃないぞ、とな……なんなら何回でも抱いたことがあるような匂いと柔らかさだったんだ。

 ……崩れ落ちた奴のマスクが外れた瞬間、俺の時間は止まった。

 そこに横たわっていたのは、血の海の中で金色の瞳を見開いた……俺が探し続けていた、彼女だった。

「ああああああああっ!!」

 俺はかつてないほどに叫んだよ。戦場じゃ声を張り上げるなんてよくあることだが、

 そんなの比較にならないくらいの大声だったね。

 血と涙に濡れた俺の腕の中で、彼女は息も絶え絶えに言った。

「あなたは、悪くない……『静寂の紫』を、やっつけて……」

 そして、彼女はまるで塵屑のように消えてしまった。

 

 ディビーの語る声が、微かに震える。彼は強く拳を握りしめた。

 ヘレーネも唇をぐっと噛み締めた。

 

 ―結局、国からは多大な報酬が出た。恐るべき「戦闘兵器」を殺した英雄として、俺の名はさらに高まった。……反吐が出るだろ? 俺は、自分の手で、一番守りたかった人を斬ったんだ。亡骸を埋めてやることも出来なかった。

 俺は軍を辞めた。 そりゃ反対されたさ。

「金ならいくらでも出すぞ!」

「奴らは兵器なんだ、殺しても罪には問われない!」

「英雄さん!私の両親の仇を取ってください……!」

 知ったことじゃなかったよな。 もう、何もかもどうでもよかったんだ。

 そして街の底で溺れた。来る日も来る日も酒を煽り、泥水をすすって生きていた。剣を握れば彼女の断末魔が聞こえる。眠れば彼女の悲しい瞳が浮かぶ。

 

 そんな俺を救い上げてくれたのは、かつての遊び仲間や、腐れ縁の友だち、そして助け出したあの女の子だった。

 やつらは俺がどうなろうと全然付き合い方を変えないんだ。俺のやったことを知ってるはずだが、英雄なんて言葉は全く聞かない。

「兄貴、メシ食いに行かねー?当然兄貴の奢りで……。うわっ!ちょ、冗談なのに……。殴らないでくださいよー」

「ディビー、良い賭場が出来たから一緒に行くぞ。お前イカサマの手伝いをやれ」

「ディビーさん、飲み代のツケ!ちゃんと払ってくださいよ」

 あいつらの家族兄弟だって「紫の影」に殺されたのがいるが、そのために立ち上がれ、なんて説教臭いことを言う奴もいない。

 女の子の家からは恩人だと本当に感謝されたよ。泣いて喜ぶ両親、そして俺と会うたびに、満面の笑顔で胸に飛び込んでくる女の子の重み……。その子の父親の言葉は、一生忘れられない。

『私たちは永遠に君の味方だ。どんな道を進んでも応援する……だから、どうか運命を呪わずに、自身の心を大切にしてほしい。それだけが私の願いだ』

 

 あいつらの想いと笑顔を守るため、俺は決めた。

 もう、国家の駒として振るう剣はいらない。俺は地下に潜り、レジスタンスとなった。表の世界では裁けない『見えざる悪』……人を人形に変える『静寂の紫』を倒すために。

 わかるか、ヘレーネ?

 もしお前を斬れば、俺はまたあの地獄を繰り返すことになっていた。だから、お前が『助けて』と叫んだとき……お前は俺のことも助けてくれたんだよ。

 ディビーは語り終え、夜空を見上げた。

 ―俺は英雄なんかじゃない。守るべきものを守れず、自分の過ちを償うために、あがき続けているだけの残念な男さ。でもな、ヘレーネ……お前のその金の瞳に光が戻ったのを見た時、俺は初めて、剣があってよかったと思ったよ。

 これからは、お前の声を奪わせない。誰にも、お前を人形とは呼ばせない。そうすれば、天国にいる俺の彼女も喜ぶはずだ……


 呪いで沈黙を貫かねばならないヘレーネの肩が震えていた。

 ディビーからの愛情と彼の激しい後悔、そして「マザー」への怒りで頭が燃えるように熱くなり、まるで星屑のような涙がこぼれだす。それは希望の光となって、深い闇の夜空を照らすのかもしれなかった。

『「マザー」を止めて、皆を救い出さなきゃ……!』

 

 焚き火は一層勢いを増し、二人の影を長く、強く、地面に映し出していた。

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