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第4章:一味同心

 夜の帳に紛れ、一台の荷馬車が森の獣道をひた走っていた。

 車内には、重苦しい沈黙が満ちている。隅に座るヘレーネは、ラベンダー色のローブを縮こまらせ、膝を抱えていた。向かいに座るレジスタンスの男たちは、時折彼女に鋭い視線を向けては、すぐに嫌悪感を隠すように顔を背ける。

「……おい、本当にこいつを連れていくのか? あいつらの仲間だぞ。いつ後ろから呪いをかけてくるか分かったもんじゃない」

 一人が吐き捨てるように囁いた。ヘレーネの肩がビクリと跳ねる。彼女に反論する術はない。自分たちの手は、彼らの仲間を「黙らせて」きた汚れに塗れているのだから。

「よせ。こいつはもう『人形』じゃない。俺の客人だ」

 重々しい声が響いた。御者台から身を乗り出し、手綱を握りながらあの青年が振り返る。彼は周囲の空気などどこ吹く風で、腰の袋から干し肉を取り出すと、ひょいとヘレーネに放り投げた。

「ほら。こいつを腹に入れておけ。……ガキのくせにえらい食が細いようだな」

 ヘレーネは慌ててそれを受け取った。青年の眼差しには、他の者たちが向けるような棘がない。

 青年はディヴィデーロと名乗った。

 左耳にバラをかたどったピアスをつけ、決して大柄ではないが無駄な肉がない体格。短い茶髪と良く通る声が印象的だった。

 長いから『ディビー』でいいぞ。よろしくな。

 そういって、ヘレーネの肩をバンバン、と乱暴に、けれど確かな重さをあたえて叩いたのだ。彼はただ一人の少女として、自分を見てくれている。その当たり前で、けれど得難い「平等な視線」に、ヘレーネの胸の奥がじんわりと熱くなった。


 でも、この干し肉は……。ヘレーネはディビーの目を盗み、それをポケットにねじ込んだ。


 沈黙を強いられるヘレーネは、目で訴えかけて言葉を発した。「伝播」で会話できることに気付いたのである。

『……ディビーさん、どうして……レジスタンスに?』

 ディビーはヘレーネの顔を難しい顔でじっと見て、それから言った。

「……まあニュアンスは分かったつもりだが、会話になってなかったら、反応しろよな」

 ヘレーネはこくり、と頷いた。

「ディビーの兄貴、本当にそいつと話せてるのか?勝手なことを一人で喋ってるんじゃねえのか」

 仲間の一人が横槍を入れる。

「ハハッ……。お前はアホだな。俺もこいつも、通じ合ってればそれでいいんだよ。……で、レジスタンスに居る理由、だよな」

 ディビーは夜空を見上げ、鼻で笑った。

「たいした理由じゃねえよ。昔から、お上の決めた窮屈な型にハメられるのが大嫌いだったんだ。自由な空を飛んでいたいのに、地面を這えって命令される。そんな国が反吐が出るほど嫌いだった。……それだけさ」

 軽薄なトーンだったが、その横顔には隠しきれない寂しさが滲んでいた。ヘレーネはさらに尋ねた。

『私を……助けたのも、国を壊すため……?』

 ディビーは一瞬絶句し、それからわざとらしく顔を背けて後頭部を掻いた。

「……ああ、それか。まあ……お前、顔が良かったからな」

「……!」

 ヘレーネの頬が、一瞬で火が出そうなほど赤く染まった。人形としての5年間、容姿を褒められることなど一度もなかった。感情が激しく波打ち、心拍数が跳ね上がる。もう、顔を伏せるしかなかった。

「ははは! ディビーの兄貴、照れてやんの!」

「おいガキ、今の言葉を真に受けるなよ。この人は昔から面食いなんだ」

 ディビーの冗談に、それまで硬直していた仲間たちがドッと沸いた。ディビーは「うるせえ!」と怒鳴りながらも、次々と下品な冗談を飛ばして車内を笑いに包んでいく。

 ヘレーネにはまだ「笑い」という感情が戻っていなかったが、彼らに誘われるように鼻が鳴った。心臓がうるさい。けれど、この「和気あいあい」とした空気は、どんな魔法よりも彼女を興奮させた。

(これが……仲間。これが、生きているっていうこと……)

 

 しかし、高揚感はやがて心地よい疲れへと変わっていった。感情を動かすことは、これほどまでに体力を消耗するものなのか。ヘレーネに「ノイズ」とも違う、痺れる感覚が頭の中を巡ったその時だった。

「――止まれ!!」

 ディビーの怒号と共に、馬車が激しく急停止した。闇の中から、音もなく「紫の影」たちが現れる。追手だ。

「ちっ、もう来やがったか!」

 ディビーたちが剣を抜き、馬車を飛び降りる。だが、敵は一糸乱れぬ動きで四方から魔法を練り上げていた。レジスタンスの剣では、届く前に焼き払われるだろう。

『下がって……!』

  ヘレーネが目で訴えた。彼女は馬車の屋根に立ち、杖を高く掲げる。その瞬間、純白の「光の壁」が馬車を包み込んだ。紫の魔弾が壁に当たり、甲高い音を立てて霧散する。

 ヘレーネの視界に、敵である「妹」たちの金色の瞳が映った。かつての自分。意思を殺され、操られるだけの器。

(……痛いよね。苦しいよね。でも、もう戦わなくていいの)

 ヘレーネは攻撃の呪文を唱えなかった。代わりに、自身の「伝播」の能力を解放した。「憎しみ」ではなく、先ほど車内で感じた「笑い」と「温もり」、そして「自由の心地よさ」を、ネットワークを通じて敵の脳裏に直接流し込んだのだ。

「……あ……ああ……」

 襲撃者たちの動きが目に見えて鈍る。完璧な統率の中に、猛烈な「迷い」が混入したのだ。戦意を喪失し、よろめく「妹」たち。

『帰りなさい。……あなたの本当の名前を、探して』

 その意志の波動に押されるように、追手たちは次々と闇の中へ撤退していった。

 

 静寂が戻る。馬車は魔法の余波で車輪が砕け、無惨な姿になっていた。

 ディビーは剣を鞘に収め、呆然とヘレーネを見上げた。それから、ゆっくりと歩み寄り、彼女の小さな手をガッシリと握った。

「……すげえな。力でねじ伏せるんじゃなく、心で追い返しちまうとは。ヘレーネ、お前を連れてきて正解だった」

 その言葉には、先ほどの照れ隠しではない、本物の信頼が宿っていた。仲間たちも、おずおずとヘレーネに近づいてくる。

「……助かった。さっきは変なこと言って悪かったな」

 

 壊れた馬車の横で、小さな焚き火を囲む。物理的な足は失ったが、彼らの間には、もう不協和音は流れていなかった。

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