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第1章:鬼手仏心

 あの日のことで覚えているのは、お母さんの泣き顔だけだった。


「お願いです、この子だけは、この子だけは助けてください!」

 お母さんと夕食を取っていると、長い水色の髪で、金色の瞳をした女の人たちが何人もうちになだれ込んできた。皆、紫色のローブを着用し、頭には尖った帽子を被り、素顔は紫色のマスクでわからない。彼女たちは一言も発さず、表情も変わらない人形の様だった。

 私は怖くて、お母さんの背中にしがみつくことしかできなかった。


 お母さんは、不気味な女の人たち数人が放った光を受けると倒れてしまった。

 女の人はそのまま、私をお母さんから引き離した。お母さんは床に倒れたまま起き上がらない。

 私は泣きじゃくりながら、女の人たちに担がれて、夜空を飛んだ。

「あなたの色など、この世にいらないの」

「泣きたければ泣いて見せなさい。誰も聞いてないから」

 女の人たちは、私に目も合わせず、まるで本を棒読みしているような口調でそう言った。

 高い空で、全身に強い風を受けながら、家がどんどん遠ざかっていき、やがて見えなくなった。どこに連れていかれるのだろう。いったい、この人たちは誰なのだろう。何がしたいのだろう。どうして、柔らかさも、体温も、匂いも感じられないのだろう。お母さん、お父さん、助けに来てよ……。

 

 長い間飛んでいた。私は、泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまっていた。

 

 目が覚めると、私は暗い部屋にいた。部屋は石造りで、冷たかった。天井からは、薄暗い光が差し込んでいた。部屋の隅に、私と同じくらいの年齢の子供たちが、何人か座っていることに気づいた。1人ひとり顔や服装は違うけれど、みんな女の子だ。たいてい、私と同じように、顔を真っ青にして、静かに泣くか、震えていた。寝ている子も多かった。泣き叫んでいる子は誰もいなかった。

 

 部屋の奥には、大きな机があり、その上に、一冊の本が置かれていた。本は古く、黒い革で装飾されていた。本の表紙には、不気味な模様が刻まれていた。

 

 突然、部屋の扉が開き、一人の背のとても高い女性が入ってきた。女性は、あの女の人たちと同じ服装と髪色だった。女性は、中央に立つと、腕を組んで、私たちを怖い顔で見下ろした。

 

「あなたたちは、選ばれたのよ」

 

 女性は不気味な笑みを浮かべた。ぞっとする悪寒が、体を走った。

 机の本が開かれた。すると、紫色の光が溢れ出し、部屋全体を包み込んだ。

 

「さあ、儀式を始めましょう」

 

 女性の視線が、私に突き刺さる。心臓が止まりそうだった。


「まず、あなたからね」

 

 女性はそう言うと、酷いめまいで動けない私を、机の前に立たせた。

 体が動かなかった。息が苦しい。汗が止まらない……。

 女性は、私の頭に手を置き、呪文を唱え始めた。呪文は、不気味な響きで、私の耳を劈いた。

 すると、私の体から、何かが抜け出していくような感覚に襲われた。私の記憶が、感情が、過去が、次々と奪われていく。お母さんの顔が、お父さんの声が、私の名前が、次第に薄れていく。

 

「いやだ、いやだ!」

 

 私は叫んだ。しかし、私の声は、女性の呪文に次第にかき消された。

 私の心は、あっという間に空っぽになった。

 ―まるで思い出というキャンバスに、灰色一色の絵の具を塗りたくったようだった。


 そして、何も怖くなくなった。

 私は、女性に操られるまま、部屋の隅に座った。

 女性は魔法で大きな鏡を私に見せる。もともとオリーブ色だった私の瞳は、金色に輝いていた。黒かった髪は水色に瞬き、女性と瓜二つの姿になっていた。

 

「よくできたわ。あなたは、私の『人形』よ」

 

 女性は満足そうにそう言うと、私の頭を撫でた。

 

 私は女性の言葉に、はじめて喜びを感じた。散らかった物が片付けられた時のような、深い安堵感を感じた。着せられた紫色のローブと帽子、そして顔に吸い付くマスク。すべてが心地よかった。

 

 そして、私は、女性―いや、マザー様のご意志に従った。

 この世のすべてを静寂に包み込め、という鋼鉄のご意志である。

 マザー様は、ご自身の野望を叶えるために、多くの人々を倒し、国さえ滅ぼせるよう、私たちを「調律」し、数々の任務に送り込んでくださった。

 任務のなかで私は「姉」と一緒に、多くの「原料」をここ図書館へ連れ込んだ。時には野望にとり危険な連中を「黙らせて」いった。

 経験を積むにつれ、私は「妹」とも任務を行い、マザー様の「調律」のお手伝いも行った。汚らしく声を上げ、慟哭という精力の無駄遣いを行い、意志という名の幻想をその口から吐き出す未完成品。個性などというくだらないものは私たちで塗りつぶし、「妹」に作り替える。


 あなたの色など、この世にいらないの。

 泣きたければ泣いて見せなさい。誰も聞いてないから。


 マザー様が尊ぶ静寂という名の美を追求することは誇りだった。

 任務を果たせば果たすほどに、マザー様の優しい声と笑顔が頭をめぐり、「姉」を助け、「妹」が増えることに、深い安心感が私を包んだ。

 

 それでも時々、私の心の中に、何かが蘇ることがあった。それは、記憶の破片。茶髪の女性の泣き顔、同じく壮年の男性の声。任務での人々の悲鳴。そんな雑念が頭をよぎり、訓練や任務における完璧な統率を乱すことがあった。

 マザー様は、そんな私の迷いを魔術で吹き飛ばしてくださった。これほどのご慈悲がこの世にあるものだろうか。マザー様は空虚なる私たちに道を示してくださっているのだ。私は、永遠にマザー様の命令のみを聞き、それに従うだけの、完璧な「人形」としてあり続ける。

 


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