第8話 揺らぐ通貨
最初に異変に気づいたのは、両替商だった。
「銀の持ち出しが増えている」
低い声が、市場の奥で交わされる。
統合圏が発足してから三日。
商人たちは取引通貨をヴァルドレア圏の新通貨へ切り替え始めていた。
安定している。
値動きが小さい。
保証がある。
それが理由だった。
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城の財務局に報告が上がる。
「通貨流出が進んでいます」
「どの程度だ」
「まだ軽微です。しかし傾向は明確です」
紙の上の数字は小さい。
だが方向が問題だった。
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「市場が信頼を移している」
若手財務官が言う。
「統合圏の方が安心だと」
安心。
速さは安心を生む。
中央が保証する通貨。
中央が保証する市場。
分散型は、保証が見えにくい。
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港では、投資案件が一件延期された。
「本国の判断待ちです」
ヴァルドレア系商会の代表が言う。
にこやかだが、冷たい。
「統合圏外への長期投資は慎重に、という通達が出ております」
締め出しは、ゆっくりと進む。
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議会はざわめく。
「市場対策を」
「関税引き下げで対抗を」
「通貨保証を強化すべきだ」
だが保証には資金が要る。
資金は限られている。
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アルトは報告書を見て眉をひそめる。
「剣では守れないな」
「ええ」
彼女は静かに言う。
「信頼は、力です」
市場は恐怖にも敏感だ。
統合圏が拡大するほど、
小国は孤立を恐れる。
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「統合すれば、流出は止まる」
若手議員が言う。
「共通通貨に参加すれば、安定する」
それは事実だ。
だが代償は大きい。
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夜、彼女は財務局の帳簿をめくる。
数字は正直だ。
取引量の減少。
通貨流出。
投資の停滞。
速さが、数字になって現れている。
「……」
一瞬だけ、迷いが胸をよぎる。
速さを取り入れるべきではないか。
修正可能性は、腹を満たせるのか。
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翌朝。
市場で噂が広がる。
「統合圏に入れば安全だ」
「このままでは通貨が下がる」
小さな不安が、波のように広がる。
通貨は、信用でできている。
信用が揺れれば、価値も揺れる。
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ルシアンは城で静かに言う。
「市場は感情的です」
柔らかな声。
「だからこそ、中央の保証が必要なのです」
正論だった。
分散は強い。
だが保証が見えにくい。
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城壁の上。
「守るとは、何だろうな」
アルトが呟く。
「剣か」
「市場か」
彼女は答えない。
まだ、答えが固まっていない。
初めてだ。
彼女の中にも、揺らぎが生まれている。
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夜、両替商の前に長い列ができる。
人々は銀を手放し、
統合圏の通貨へ替え始めていた。
誰も声を荒げない。
だがそれは、静かな投票だった。
速さへ。
揺らぐ通貨は、
国の形そのものを試している。




