第7話 締め出される市場
堤防の被害は、最小限で済んだ。
だが損失は残った。
修繕費。
収穫の遅れ。
商人の取引延期。
そして何より、「もしも」という言葉。
――統合していれば、もっと速かったのではないか。
その声は、静かに広がっていた。
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数日後。
港に再び異国の旗が並ぶ。
ヴァルドレアと三つの小国が、
経済統合条約を締結したのだ。
共通関税圏。
共通通貨。
共同港湾整備。
速度は、剣だけではない。
市場もまた、速い。
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「関税が上がる?」
商人の一人が声を荒げる。
「統合圏外からの輸入は段階的に引き上げられるらしい」
「我々の品は?」
「割高になる」
ざわめきが広がる。
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議会に緊急報告が上がる。
「統合圏内では関税ゼロ」
「投資優遇」
「共通通貨導入」
数字が並ぶ。
若手議員が言う。
「市場が動きます」
事実だった。
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数日後。
港の取引量が、目に見えて減る。
統合圏へ向かう船が増え、
こちらへの入港は減る。
商人が城に詰めかける。
「対策を!」
「このままでは損失が拡大する!」
焦りが現実味を帯びる。
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ルシアンは静かに言う。
「統合は、軍事だけではありません」
微笑みを崩さない。
「市場もまた、守りです」
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夜。
城壁の上。
「剣より厄介だな」
アルトが言う。
「ええ」
彼女は答える。
「市場は音を立てません」
戦争は見える。
経済は、気づいたときには削られている。
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「受け入れれば、解決する」
アルトは低く言う。
「共通圏に入れば、関税は消える」
「代わりに、価格決定権を失います」
彼女は静かに返す。
「投資も、資本も、本国次第になります」
アルトは黙る。
軍だけでは守れない。
市場は、剣では切れない。
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翌日、商会の代表が議場で発言する。
「我々は統合を支持します」
空気が変わる。
「利益は速さです」
若手議員が頷く。
軍だけでなく、商人も傾き始めた。
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彼女は、初めて眉をわずかに寄せた。
思想だけでは、腹は満たせない。
速さは、目に見える利益を生む。
壊れにくさは、見えにくい。
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「どうする」
アルトが問う。
「経済は、お前の領分だ」
彼女は一瞬だけ、迷う。
初めて。
速さが、正しく見える。
「……対抗策を考えます」
静かな声。
だが確信はまだない。
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市場は静かに締め出され始めた。
剣は抜かれていない。
だが国は、削られている。
速さは、兵だけではない。
市場もまた、戦場だった。




