第6話 投じられる前に
投票の日は、曇天だった。
重たい雲が、城の塔を低く包み込んでいる。
議場は静まり返っていた。
統合指揮権受諾案。
今日、方向が決まる。
---
傍聴席は埋まっている。
商人、兵士、農民、文官。
この国がどちらへ向くのかを見届けようとしている。
若手議員が立ち上がる。
「速さは力です」
はっきりとした声。
「我々は誇りのために滅びるべきではない」
ざわめき。
---
反対派の議員が続く。
「速さは魅力だ。だが修正を失う」
「優秀な者が判断すればよい」
「優秀であり続ける保証はない」
同じ言葉が繰り返される。
だが今日は、空気が違う。
決まる。
---
アルトは席に座り、拳を握る。
守れるなら、速い方がいい。
守れなければ意味がない。
彼女は止めないと言った。
選ぶのは自分だ。
---
そのとき。
扉が勢いよく開いた。
「報告!」
兵が駆け込む。
「北西の堤防が決壊しました!」
一瞬、議場が凍りつく。
「被害は?」
「まだ拡大中です。村が二つ、水に浸かる可能性があります」
---
議員たちが立ち上がる。
「即応を!」
「軍を動かせ!」
声が交錯する。
アルトは即座に命じる。
「第一・第二隊、出動準備!」
兵が走る。
だが議場では、別の声が上がる。
「統合指揮権があれば、もっと速く動ける!」
若手将校の叫び。
「ヴァルドレア軍は近隣に駐留している。即時協力を要請すべきだ!」
視線がルシアンへ向く。
団長は静かに言う。
「我が国は支援を惜しみません。ただし」
間。
「統合司令部の設置が条件となります」
空気が凍る。
---
今、決めれば。
速く助けられるかもしれない。
決めなければ。
遅れるかもしれない。
---
アルトの胸が軋む。
守れるなら。
今この瞬間に守れるなら。
彼は立ち上がる。
「……」
言葉が出かける。
統合を受け入れる、と。
---
そのとき、彼女が立ち上がった。
初めてだ。
議場で、自ら声を上げるのは。
「提案があります」
静かな声。
全員が振り向く。
「堤防の決壊は、北西。軍の即応範囲内です」
「だが水量が――」
「ヴァルドレアの協力は要請できます。統合ではなく、協定に基づく共同作戦として」
ルシアンの視線が鋭くなる。
「時間がかかります」
「かかります」
彼女は認める。
「ですが、統合は今ここで決めるべきことではありません」
---
「遅れたらどうする」
若手が叫ぶ。
彼女は一瞬だけ目を伏せる。
初めて、迷いが見える。
「……遅れるかもしれません」
正直な言葉。
「ですが、今ここで形を変えれば、戻せません」
沈黙。
雨の音が遠く響く。
---
アルトは彼女を見る。
止めないと言った。
だが今は、止めている。
いや。
止めてはいない。
選択肢を示している。
奪っていない。
---
「共同作戦を要請する」
アルトが言う。
「統合は、保留だ」
声は揺れない。
兵が動く。
ヴァルドレア側も動き出す。
だが条件はつけない。
---
議場はざわめいたまま。
投票は延期された。
天秤は、宙に浮いたままだ。
---
夜。
雨は止まない。
堤防の応急処置は進んでいる。
被害は出た。
だが村は守られつつある。
---
城壁の上。
「遅れたかもしれない」
アルトが言う。
「ええ」
彼女は認める。
「それでも?」
「形は守りました」
静かな答え。
---
速さは、救いになる。
だが、形を変える速さは、戻らない。
投じられるはずだった票は、まだ宙にある。
だが今日、国は一つのことを知った。
速さと引き換えに何を差し出すのか。
その重さを。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




