第4話 揺れる刃
軍議は、いつもより長引いた。
「統合指揮権は、危機時のみです」
若い将校が言う。
「平時の独立は維持される。実質的な従属ではありません」
「だが指揮は一つになる」
年配の副官が返す。
「その“一つ”が誤った場合はどうする」
「優秀な指揮官を置けばいい」
同じ言葉が、また出る。
優秀であれば。
誤らなければ。
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アルトは黙って聞いていた。
守る立場にいる者にとって、速さは魅力だ。
命令が一本であれば、迷いは減る。
混乱も減る。
犠牲も減るかもしれない。
昨日の演習が、頭から離れない。
ヴァルドレア軍の動きは、美しかった。
速く、強く、無駄がない。
「団長」
若手の一人がまっすぐに見る。
「あなたは、どうお考えですか」
再び問われる。
逃げられない。
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「……危機時限定であれば、検討の余地はある」
静かな声。
部屋の空気が変わる。
賛成、とまでは言わない。
だが、否定でもない。
若手の目に光が宿る。
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その夜。
城壁の上に、二人の影が並ぶ。
「傾いたな」
彼女が言う。
責める声ではない。
ただ事実を述べるように。
「守れるなら」
アルトは答える。
「速い方がいい」
「ええ」
彼女は頷く。
否定しない。
それが、余計に胸に刺さる。
「あなたは、どう思う」
初めて、彼の方から問う。
風が強い。
街の灯りが揺れる。
「速さは魅力です」
彼女は静かに言う。
「ですが」
間があく。
「速さは、誰かに決めさせる形になります」
「それが悪いとは限らない」
「ええ。悪くはありません」
言い切る。
アルトの胸がざわつく。
「でも、決める人が誤ったとき」
彼女は視線を前に向けたまま続ける。
「止められません」
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「俺が、止める」
思わず出た言葉だった。
彼女はゆっくりと彼を見る。
「あなたが、ずっと優秀でいられる保証は?」
刃のような問い。
だが声は柔らかい。
アルトは答えられない。
保証などない。
戦場で何度も、判断は揺れた。
たまたま正しかっただけかもしれない。
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「……守りたい」
低い声。
「だから、迷う」
それは本音だった。
彼女は、わずかに微笑む。
「迷えるなら、まだ大丈夫です」
「迷わなければ、速い」
「迷わない人は、折れます」
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翌日、若手将校たちが草案を提出する。
危機時統合指揮権の受諾。
条件は緩やか。
ほとんど、承認に近い。
議会はざわめく。
軍が傾けば、流れは決まる。
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彼女は、今日も前に出ない。
止めることもできる。
だが、止めない。
この国は、彼女のものではない。
選ぶのは、彼らだ。
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夜。
アルトは一人で剣を磨く。
刃は、正直だ。
振れば切れる。
迷わなければ、速い。
だが、人の判断は刃とは違う。
速さと守り。
強さと修正。
どちらを選べば、本当に守れるのか。
揺れる刃は、まだ鞘に収まらない。




