第3話 提案という名の圧力
正式な文書は、三通に分けて届けられた。
一通は王城へ。
一通は軍へ。
一通は議会へ。
形式は丁寧で、文面も柔らかい。
だが内容は、はっきりしている。
――危機時統合指揮権の共有。
――財政監査基準の統一。
――常設軍事連携の設置。
緩やかな連携。
その言葉が、何度も繰り返されていた。
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議会は満席だった。
傍聴席にも人がいる。
査定の噂はすでに市井に広がっていた。
「まず、危機時統合指揮権について」
若い文官が読み上げる。
「災害および外敵侵入時に限り、ヴァルドレア王国との統合司令部を設置」
「期間は?」
「事態収束まで」
短い沈黙。
「実質的な中央化だ」
年配の議員が言う。
「限定的です」
若手が反論する。
「危機時のみ。平時は従来通り」
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彼女は、今日も端にいる。
視線を落とし、言葉を聞いている。
発言すれば流れは変わる。
だが、ここは選挙で選ばれた議員たちの場だ。
彼女が決める場所ではない。
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「速さは必要だ」
若手将校が立ち上がる。
「昨日の演習で明らかだった。統一命令は強い」
「だが誤った場合は?」
「優秀な者が判断すればよい」
その言葉に、ざわめきが広がる。
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ルシアンが穏やかに言う。
「我々は支配を求めているわけではありません」
視線が全員を見渡す。
「共に守るための合理化です」
理屈は通っている。
強国の隣にいる小国が、連携を強める。
自然な流れにも見える。
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「財政基準統一とは?」
「監査様式を統一し、緊急時の資金移動を迅速化します」
「つまり、監査権も共有するということか」
「監視ではありません」
ルシアンは微笑む。
「透明化です」
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午後、軍の内部会議。
若い将校たちは熱を帯びている。
「守れなければ意味がない」
「速さを取り入れるべきだ」
「限定的なら問題ない」
アルトは黙って聞いている。
「団長」
副官が言う。
「あなたはどうお考えですか」
全員の視線が集まる。
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守る立場の者にとって、速さは魅力だ。
決断が遅れれば、命が失われる。
それを誰より知っているのは、彼だ。
「……条件次第だ」
そう答える。
賛成でも反対でもない。
だが、その曖昧さは若手をさらに揺らす。
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夕暮れ。
城壁の上。
「迷っているな」
彼女が言う。
アルトは苦笑する。
「当然だ。守れるなら、速い方がいい」
「ええ」
「だが」
彼は視線を落とす。
「速さの代償が見えない」
彼女は頷く。
「代償は、見えにくいものです」
「例えば?」
「誤ったときに、止められないこと」
風が強く吹く。
「優秀であり続ける保証はありません」
その言葉に、アルトは目を細める。
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夜、若手官僚たちは独自の草案をまとめ始める。
危機時限定統合案。
条件をさらに緩和した提案。
「これなら通る」
誰かが言う。
揺れは、外からだけではない。
内側から、形を変え始めている。
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彼女は窓辺に立ち、街の灯りを見る。
英雄はいない。
だから、決断は遅い。
だが、英雄がいれば、迷いは減る。
迷いが減ることは、本当に良いのか。
査定は続く。
そして国は、初めて自分の形を問われている。
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