第2話 速さの実演
視察二日目の朝、港は妙に張り詰めていた。
ヴァルドレアの使節団は、今日から本格的に各所を回る。
商人たちは帳簿を整え、兵は装備を点検し、文官は資料を抱えて走っていた。
――査定されている。
その意識が、じわじわと国の空気を変えていた。
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午前、倉庫区画で騒ぎが起きた。
「止まれ! 動かすな!」
積み荷の一部が傾き、木箱が崩れ落ちる。
作業員が巻き込まれ、足を押さえてうずくまった。
周囲が一瞬、混乱する。
「医療班を!」
「道を開けろ!」
声が飛び交う。
兵が駆け、布担架が運ばれる。
対応は速い。
だが、指示は複数の方向から出ていた。
現場責任者、港の管理官、兵の指揮官。
それぞれが状況を見て判断する。
混乱は短時間で収まったものの、統一された命令があったわけではない。
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少し離れた場所で、ヴァルドレアの団長ルシアンが静かに見ている。
「対応は悪くありません」
穏やかな声。
「ですが」
視線が足場へ向く。
「我が国では、積載基準と作業導線を王令で統一しています」
団員が続ける。
「同様の事故は、過去五年でゼロです」
数字が出されると、反論は難しい。
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午後。
視察団は軍の演習場へ向かった。
アルトが指揮を執る。
「前進。左翼は間合いを保て」
兵は動く。
整っている。
だがヴァルドレア軍の演習は、その後に行われた。
「第一隊、前進」
号令と同時に、全員の足並みが揃う。
迷いがない。
次の命令も即座に出る。
まるで一つの生き物のようだった。
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若い将校が、小さく呟く。
「……速い」
羨望が混じる。
命令は一本。
判断は上。
実行は下。
分かりやすい。
責任も明確だ。
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演習後、ルシアンが言う。
「統合指揮権があれば、危機対応はさらに迅速になるでしょう」
提案書の内容を、あえて繰り返す。
「緩やかな連携です」
緩やか。
だが、その実、中心は一つになる。
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夕刻、若い文官たちが集まる。
「今日の港の事故、統一基準なら防げたかもしれない」
「軍の演習も差があった」
「速い方が強い」
言葉が、静かに傾いていく。
第一部を知る読者がいなくとも分かる構図。
速い国は、強く見える。
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城壁の上。
アルトが腕を組む。
「……正論だな」
「ええ」
彼女は隣で風に髪を揺らす。
「速さは、安心を与えます」
アルトは黙る。
守る立場にある者ほど、速さの価値を理解している。
「だが、速さは」
彼女が続ける。
「誤りも速く広げます」
アルトは視線を港へ落とす。
「それでも、守れるなら?」
問いは重い。
彼女は少し考えた。
「守るために、奪う形もあります」
「奪う?」
「考える時間を」
風が強く吹く。
速さは、思考を削る。
削れば、迷いは減る。
だが、迷いは必ずしも悪ではない。
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夜。
若手官僚の一人が提案書を読み返す。
「危機時のみの統合」
条件付き。
限定的。
合理的に見える。
「……受けるべきでは」
誰かが言う。
反論は、すぐには出ない。
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彼女は部屋で書類を閉じる。
国は揺れている。
速さに惹かれ始めている。
それは当然だ。
強さは、分かりやすい。
だが壊れにくさは、分かりにくい。
査定はまだ続く。
そして、揺らぎは内側から広がっていく。




