第17話 条文という刃
北部の抗議は、小規模なまま収まった。
だが不満は消えていない。
中央は通達を変えない。
条約に基づく即時実行。
速さは守られている。
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議会でマティアスが言う。
「例外を認めれば、全体最適が崩れます」
冷静な声。
「統合は感情ではなく、制度で動きます」
正しい。
誰も論理では崩せない。
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そのとき。
彼女が一冊の条約文書を開いた。
「制度で動くのであれば」
静かな声。
「制度に従いましょう」
視線が集まる。
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「統合経済条約 第四十二条」
読み上げる。
「加盟地域の三分の一以上の連名申請があった場合、
中央監査機関は七日以内に再審査義務を負う」
ざわめき。
マティアスの眉が、初めて動く。
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「形式的条項です」
即座に返す。
「実行例はありません」
「では、初めてになります」
彼女は言う。
「北部四地域は既に署名済みです」
書簡が机に置かれる。
エルミアの名もある。
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議場が揺れる。
「三分の一に足りない」
若手議員が叫ぶ。
「足ります」
彼女は別の書類を示す。
「統合圏小国二地域も署名しました」
マティアスの顔が固まる。
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「条約上、統合圏加盟地域は一体と数えます」
彼は言う。
「条文にその記載はありません」
即答。
「“加盟地域”とあります」
沈黙。
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アルトが初めて息をのむ。
読んでいたのか。
そこまで。
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「中央は七日以内に再審査義務を負う」
彼女は繰り返す。
「条約です」
マティアスは黙る。
否定できない。
制度で動くと言ったのは、中央だ。
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議場の空気が変わる。
速さを守るための制度が、
修正を強制する刃になる。
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「再審査を行います」
マティアスが低く言う。
声にわずかな硬さ。
「ただし、結論が変わる保証はありません」
「保証は求めていません」
彼女は穏やかに答える。
「修正の機会を求めています」
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夜。
城壁の上。
「読んでいたのか」
アルトが言う。
「ええ」
「最初から?」
「統合が可決された日から」
風が強い。
「負ける可能性も考えていました」
静かな告白。
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「俺は、賛成に回った」
「ええ」
「それでもか」
「制度は、使い方次第です」
その横顔を見て、アルトは苦笑する。
「……敵に回さなくて良かった」
「敵に回っていません」
「今はな」
短い笑い。
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七日後。
中央は再審査結果を出す。
北部作付変更は一部凍結。
地方裁量の余地を認める。
小さな修正。
だが大きな意味。
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統合は崩れていない。
速さも残っている。
だが修正可能性が、証明された。
制度は一枚岩ではない。
条文という刃は、
中央すら切ることができる。




