第16話 修正なき決定
中央からの通達は、簡潔だった。
――北部穀倉地帯の作付けを変更せよ。
統合圏全体の価格調整のため、
主食用麦の作付面積を減らし、
輸出向け作物へ転換する。
効率化。
収益最大化。
中央最適化。
理屈は整っている。
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問題は、時期だった。
北部では、既に播種が終わっていた。
「今から切り替えろと言われても」
農業組合長が呆然とする。
「種も肥料も契約済みだ」
だが中央基準は動かない。
「補助金は?」
「申請中だ」
だが審査は三週間待ち。
畑は待たない。
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報告は城へ届く。
エルミアの書簡も重なる。
「この決定は、現場を見ていません」
短い一文。
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議会でマティアスが説明する。
「全体需給を考慮した最適判断です」
「地方損失は?」
「長期的には回収可能」
数字は揃っている。
統計上、合理的だ。
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「修正は?」
主人公が問う。
「条約上、中央決定は即時実行です」
「異議申し立ては?」
「可能ですが、次期会合まで待機」
三か月先。
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アルトは報告を読み、顔を上げる。
「現場は持たない」
「ええ」
「だが条約だ」
「ええ」
短い応答。
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北部では、農民が中央通達の紙を破り捨てた。
「畑を知らない連中に決められるか」
怒りは小さい。
だが確かだ。
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統合圏全体の価格は安定している。
中央都市の市場は潤う。
だが北部では、収穫見込みが下がる。
損失は、局地的だ。
統計上は、問題にならない。
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夜。
城壁の上。
「守れていない」
アルトが低く言う。
「ええ」
「だが市場は安定している」
「ええ」
風が強い。
「守るとは何だ」
初めて、アルトの声に迷いが混じる。
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「速さはあります」
主人公は静かに言う。
「ですが、間違えたとき、止められません」
「止める権限は中央だ」
「ええ」
「だが中央は誤らない」
アルトが苦く笑う。
「誤らないのではない」
「認めないのです」
その言葉が、重く落ちる。
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翌日。
北部で小規模な衝突が起きる。
抗議と兵の小競り合い。
大事ではない。
だが初めて、統合圏内で治安出動が出る。
速さはある。
だが修正は遅い。
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統合は成功している。
だが成功の中に、
小さな歪みが確実に積み上がっている。
速さは守る。
だが、守りきれないものもある。
修正なき決定は、
静かに制度の重さを増していく。




