第11話 揺り戻しの芽
軍の声明は、翌朝には街に広まっていた。
――軍は危機時統合案を支持する。
簡潔な一文。
だが重い。
市場はすぐに反応した。
為替の下落が、わずかに止まる。
「……止まった?」
両替商が掲示板を見上げる。
微増。
わずかな回復。
噂は瞬く間に広がる。
「やはり統合だ」
「軍も支持した」
安心が、速さに結びつく。
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議会は緊急招集された。
「軍が支持する以上、決断すべきだ」
若手議員が言う。
「市場は正直です」
数字を示す。
昨日より、為替は安定している。
まだ微差だ。
だが方向は明確に見える。
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彼女は黙ってそれを見ている。
止めないと決めた。
選ぶのは彼らだ。
それでも、胸の奥が重い。
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そのとき、財務局から新たな報告が届く。
「地域信用保証網に、十三の小規模商会が参加しました」
ざわめき。
「金額は?」
「大きくはありません。ただ――」
若い財務官が言葉を選ぶ。
「地方取引が回復し始めています」
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内陸の市で、物々交換と信用取引が活発化していた。
中央資本に依存しない、地域間決済。
遅い。
小さい。
だが確実だ。
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「焼け石に水だ」
若手議員が言う。
「統合すれば即座に回復する」
事実かもしれない。
だが数字はもう一つ示していた。
統合圏内の小国の物価上昇率。
急成長の裏で、物価が上がり始めている。
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ルシアンは静かに答える。
「成長には揺れが伴います」
余裕を崩さない。
「それでも総体としては利益です」
反論は難しい。
急成長は魅力だ。
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夜。
城壁の上。
「為替は少し戻った」
アルトが言う。
「ええ」
「俺の声明が効いた」
誇りではない。
責任の重さ。
彼女は静かに頷く。
「ですが、地域取引も回復しています」
「小さい」
「ええ」
「勝てない」
その言葉は重い。
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彼女は少しだけ視線を上げる。
「勝つ必要はありません」
「何だと」
「崩れなければいい」
アルトは眉をひそめる。
「経済は勝負だ」
「ええ」
「負ければ吸収される」
「ですが、急成長は急減速もします」
静かな予測。
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「賭けか」
アルトが言う。
「ええ」
「統合も賭けだ」
「ええ」
二人の間に、短い沈黙。
初めて、同じ言葉を使う。
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翌朝。
統合圏内の小国で、資本流入の偏りが報じられる。
中央都市は潤う。
地方工房は価格競争に敗れ始める。
小さな記事。
まだ大きな問題ではない。
だが芽はある。
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議会は投票準備に入る。
天秤は、再び揺れ始めていた。
速さは数字を戻した。
だが分散もまた、小さな数字を積み上げている。
見えない攻撃の中で、
見えない抵抗も、静かに芽を出していた。




