第1話 査定の朝
本作は
「婚約破棄された令嬢ですが、国の仕組みを直したら評価が逆転しました」の続編となります。
前作を未読でも読めるように構成していますが、
より深く楽しみたい方はぜひ前作からお読みください。
個人の再出発から一歩進み、
「国の形」そのものが問われます。
速さか、修正か。
中央か、分散か。
そして――
並び立つとは何か。
どうぞお楽しみください。
この国には、絶対の王はいない。
王冠はある。儀式もある。だが、決定は一人では下されない。
議論し、記録し、修正する。
時間はかかる。けれど、その分だけ壊れにくい。
それが、この国が選んだかたちだった。
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朝、港に異国の旗が翻った。
深い紺地に、金の紋章。
ヴァルドレア王国。
強く、速い国。
「予定より早いな」
城壁の上で、アルトが低く言う。
「ええ」
隣に立つ彼女は、視線を港へ向けたまま答えた。
歓迎の準備は整っている。慌てる者はいない。
慌てないこと自体が、この国らしかった。
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使節団は整然と進んでくる。
隊列は乱れず、動きに迷いがない。
先頭の男が軽く一礼する。
「ヴァルドレア王国視察団長、ルシアン・ヴァルグレイと申します」
穏やかな声。だが視線は鋭い。
「統治と軍制の視察に参りました」
名目は友好。
だが、誰もが理解している。
査定だ。
この国が、強国の隣に並ぶ価値があるかどうか。
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会議室に資料が並べられる。
財政報告。災害対応記録。軍備一覧。議事録。
「決裁権が、ここまで分散しているのですか?」
団員の一人が資料をめくりながら言う。
「はい」
若い文官が答える。
「現場判断で止める権利もあります」
「止める?」
「誤りがあれば、現場で修正できます」
団員が顔を上げる。
「非効率では?」
率直な言葉だった。
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部屋の端に、彼女は座っている。
かつて王都で婚約を解消され、この地で再出発した。
今は前に立たない立場を選び、議論を見守る側にいる。
この国は、彼女が決める国ではない。
だから、発言しない。
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「我が国では、王が迅速に決断します」
団長が言う。
「災害時、軍の動員は即日。財政再配分も即断」
迷いがない。
速さは、力だ。
それは事実だった。
「こちらでは?」
「議論ののち、決定します」
「時間がかかる」
「はい」
若い文官は否定しない。
室内に、わずかな沈黙が落ちる。
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午後、視察団は港を歩いた。
荷の積み下ろし。
税の確認。
商人たちの交渉。
即決は少ない。
「遅い」
団員の誰かが小さく呟く。
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そのとき、足場が崩れた。
作業員が倒れる。
騒ぎが広がる。
「医療班!」
アルトの声が飛ぶ。
兵が動く。
周囲が指示を出し合う。
混乱はあったが、対応は整っている。
やがて怪我人は運ばれ、場は落ち着いた。
「対応は悪くない」
団長が言う。
「だが統一基準なら、事故自体を防げた可能性があります」
誰も、すぐには反論できなかった。
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夕暮れ、城壁の上。
「……速い国は、強い」
アルトが呟く。
「ええ」
彼女は頷く。
「速さは魅力です」
風が強い。
「ですが、速さは修正を難しくします」
アルトは黙る。
彼もまた、理解している。
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夜、正式な提案書が届いた。
危機時の統合指揮権。
軍事連携の常設化。
財政基準の統一。
言葉は柔らかい。
だが意味は明確だった。
中央化。
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若い官僚たちの間で、ざわめきが広がる。
「受ければ、速くなる」
「断れば、孤立する」
英雄はいない。
だから、決断にも時間がかかる。
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彼女は書類を閉じる。
左手の指輪が、静かに光る。
形は選んだ。
だが、国の形は、まだ選ばれていない。
速さを取るか。
壊れにくさを守るか。
査定の朝は、終わらない。
問いは、これから国の内側へ入り込んでいく。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
当面の間は、1日に3話を投稿予定です。
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