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サナを追って森へと踏み込んだ男たちは、特に話し合うこともなくなんとなくのグループに分かれて行動していた。
その内のひとつ、四人で行動しているグループは痕跡を頼りにサナを真っすぐ追跡していた。彼らはそれぞれ右手にナタやこん棒のような武器を構え、内の一人だけが左手に懐中電灯も持って前方のあちこちを照らしている。
彼らの顔に笑顔はないが、さりとて過度な緊張も見受けられない。
ただただ淡々と、畑仕事か害獣駆除でもこなしているかのような空気。
微かな星明りしか差し込まない森のなかでは懐中電灯すらも心もとないが、彼らの動きに迷いはない。村を囲むこの森も彼らにとっては村の一部、庭のようなものと言っても差し支えないのだ。
そしてサナがこの村から逃げ出すことは不可能である以上、彼らに焦りはあり得ない。
だが追手である彼らもまた──奇しくも追われるサナと同様に──状況を楽観的に捉え過ぎていた。
「うわっ!?」
突然、一人が悲鳴を上げて勢いよく転倒する。一気に男たちに緊張が走るが、転倒した男を懐中電灯で照らしても特に目立った怪我は見当たらず、ただ何かに躓いて転んだだけだろうと判断して空気が弛緩する。
それが致命的な勘違いであることに男たちは気づけない。
「ったく、なにやって──ッ!?」
別の男が助け起こそうと近づくが、彼も突然足元を取られたように勢いよく転倒する。
その足を取ったのは、足首ほどの高さでアーチ状に結ばれた草。
もちろんそんなものが自然に存在するはずがない──人間の足を引っ掛けるための、自然を利用した即席のトラップ。
「おい! どうした!」
さすがに二度も続いた事故に異常を感じ取って、懐中電灯を持っていた男が転倒した仲間たちの周囲を照らす。だが彼がするべきはもっと広い範囲の警戒であり──端的に言えば自分の心配だった。
懐中電灯の光で逆に強調された闇の中から、物音ひとつ立てない小柄な人影が懐中電灯を持つ男の背後に素早く忍び寄る。
そして人影──サナは両のカランビットを男の背中に突き立てた。
闇のなかでも衣服越しでもその刃には一切の迷いがなく、男の二つの腎臓は同時に貫かれた。
突然の激痛と致命傷に男は声にならない悲鳴を喉から絞り出すようにして倒れ伏し、あっという間に意識を失う。その手に握られていた懐中電灯もあらぬ方向に光を向けて用を果たさなくなる。
「おい、なんだ!?」
頼りにしていた光を失ったことで、まだ立っていた男は動揺して声を上げるというミスを犯してしまう。サナは木々と星明りが生み出すフラクタルな影に紛れて静かに──しかし素早く──動いてその男の懐に潜り込み、両の刃で両大腿動脈を切り裂き、足から力が抜けて膝をついた男の首元を切り裂いてトドメを刺す。
サナ特製の即席トラップに引っ掛かって倒れていた二人も、何が起きているか把握する暇もなくカランビットの餌食になった。
四人の男たちが、自らのホームグラウンドで、自らの武器を振るう暇もなく殺された──狩られた。
彼らは自分たちを狩る側であると思っていた。
だがサナは経験で理解していた……狩る側と狩られる側は不可分ではないと。
サナは周囲をさっと見回し、また闇に溶け込むようにしてその姿を消した。
◆◆◆
そのグループは運が良かった。
懐中電灯がたまたま足元の即席トラップを照らし出してくれたおかげで、誰かが引っ掛かって転ぶ前にその存在に気づくことができたのだ。
そしてトラップがあるということは、それを作った人間が近くに居るということである。
自然、彼らは足元のトラップを足跡代わりとして辿るように追跡する。
このグループは五人構成であり、水平二連の猟銃を持っている男が先頭に立ち、そのすぐ後ろに近接武器と懐中電灯を持った男が続き、彼らを追いかけるようにして三人が周囲を見回しながら進んでいる。
即席トラップは不規則かつ数が多かったが、存在することが分かってしまえば男たちにとっては引っ掛かる方が難しい。もちろんそれを警戒するためにどうしても追跡速度は鈍ってしまうが、いくら簡便なトラップであろうとそれを作るために獲物の足が止まるなら追跡する側の方が有利である。
──そう、彼らは楽観的に考えていた。
一人目は、グループの最後尾にいた男。
彼が最初だったのは、ただ集団からほんの少し遅れ気味だったから──それだけの理由だった。
凶器は手頃な長さと太さの木の枝、その先端を軽く尖らせた即席の刺突武器。
男の背後、やや斜め下から後頭部にある窪みに向けて凶器が一気に突き入れられる。
男の脳幹が瞬時に破壊され、彼は声を上げることもできずに絶命した。
猟銃を持って先頭を歩く男は、足元の罠をまた一つ踏み越えた。
これまでの狩りではこういう経験はなかったが、男はそれについて特に感想を抱かなかった。彼にとってこの狩りは、自らのお役目なのだ。
村人の中にはこういった非日常をお祭りか何かのように楽しんでいる者も、今回のように獲物が抵抗する様を楽しんで興奮するような者もいる。男はそういう嗜癖をあまり理解できず時には論争に発展することもあったが、性格は違えどみな同じ目的のために働く共同体であることは自覚していたので特に軋轢が生まれるようなこともなかった。
二人目は何か気になるものでも見つけたのか足を止め、身を屈めて地面を見つめていた。
奇しくもその姿はまるで処刑人に首を差し出す罪人かのようで、それ故にか刃が狙ったのも首で、しかしギロチンとは逆に下から上へと振り抜かれる。
喉と頸動脈を切り裂かれた男はそのまま前のめりに倒れ、自らの血に溺れて死んでいった。
またしてもトラップを避けたところで、猟銃を持っていた男はふと考える。
──さすがにそろそろ、獲物の気配くらいは感じ取れてもおかしくないのでは。
トラップの存在がある以上、獲物が存在することもまた明白。
しかしそのトラップと多少の痕跡以外は、まるで透明人間を相手にしているかのように姿形が全く見られない。そしてその肝心のトラップにしても、数だけは多いが創意工夫の跡が見られない。
少しずつ、男の胸中に違和感が育っていく。
三人目は、あまりにも無警戒に歩いていたところを膝カックンの要領で膝裏に直蹴りを食らい、後方へと倒れこんだところに後頭部へ刃を叩き込まれた。
猟銃を持つ男は考える。
──獲物は逃げながらトラップを設置して自分たちはそれを追っていると考えていた。だがもしかして、既にトラップはあちこちに仕掛けられていて、自分たちは誘い込まれているだけではないか?
二度の襲撃に対処された時点で、男を始め村人たちは獲物の力量を高く評価していた。
だがもしかすると──それですら過小評価だったのでは?
四人目は集団の中で唯一懐中電灯を持っていたが、基本的に前方しか照らさないのでは宝の持ち腐れ、それどころか襲撃の為の良い目印になってしまっている。
その男はトントンと背中を叩かれ、不用心に振り返ったその首元を一撃で掻っ切られた。
反射的に首元を押さえる男の手から懐中電灯が奪われ、そのスイッチを──サナは押した。
ずっと先頭を歩いていた男は、突然懐中電灯の光が消えたことで闇の中に立ち尽くす羽目になった。
「おいおいなにやって──」
呆れを含んだ声を発しながら男は振り向き──
──誰もいない。
「……ぇっ」
喉の奥から絞り出したような小さな声を聞く者は見当たらず、風のざわめきにかき消される。
「ぉ……おい、冗談はやめろって……!」
怒りと焦りを含んだ震えた声も──闇に吸い込まれるようにして消えていく。
自身が理解しきれない状況に陥っていることを理解した男は現状で唯一頼れる存在──ずっと携えていた猟銃を構え、あちこちに銃口を向けながら何かに急き立てられるように後ずさっていく。
その背中に何かがぶつかって男は悲鳴を上げかけたが、その感触が慣れ親しんだ森のそれ──大木であることに気づいて心を落ち着かせた。
大木に背中を預けている限り、奇襲される恐れは無いという安心感。
だが、その安心感を得てしまったことで逆に──男はここから動けなくなってしまった。
数秒、十秒、十数秒──時間が経つごとに視線の動きが激しくなり、額からは玉のような汗が噴き出し滴り落ちていく。なんとか周囲の音を聞き取ろうとするが、激しい鼓動のせいで風の音すら遠くなっていく。
そして……限界が来た。
「っ! どこだぁ! どこに居やがるゥ!?」
叫びは裏返り、銃口はどことも知れぬ闇へと突きつけられる。
もしも今、ひょっこりと他の村人が現れたら男は撃ってしまっていただろう。
実のところ誤射くらい何の問題もないのだが。
そうして何もない闇を睨みつけていた男だが……何も起きない時間が経過するにつれて、今度は「実はもう安全なのではないか?」という楽観的な考えが頭をもたげてきた。もちろんそれはあまりにも楽観的だと男自身分かっていたが、疲れ切った精神は楽な方へ楽な方へと流れていく。
背後は大木で護られているし前方から襲ってくるなら猟銃でいくらでも対処できる──そう自らを納得させて、男は大きく息を吐いて肩の力を抜く。
その頭上からカランビットを握った両手が降りてくる。
エクステンデッド・グリップのカランビットが男の首を両側から挟み込んだ。
首筋に感じた鋼の冷たさに男が何か反応するよりも早く──
刃が頸動脈を切り裂き、男は血飛沫をまき散らしながら崩れ落ちた。




