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「…………ぅぇっ」
サナの口から、うめき声と共に大量の鮮血が溢れ出した。
地面に突き立てるようにして”神”を貫いた刀から手を離したサナは、その所業に恐れをなしたかのように二、三歩後ろに下がると──とうとう限界を迎えて、仰向けに地面に倒れこんだ。
口や胸の傷から鮮血が溢れ出し、その全身に留まらず周囲の地面までをも濡らしていく。
サナはもはや──止血を試みることすらしない。
バカなサナでも理解できてしまう、もう何をしても無駄だと。
サナにとって一番の失策は──傷口を栓のように塞いでいた刀を、テンションのままに引き抜いて攻撃に使ってしまったことだろう。
「あぁぁ……ようやく、ようやく死ぬのか、わたし……」
サナが仰ぎ見る空はどこまでも青く、雲一つ見当たらないほどに晴れ渡っている。
サナ自身も不思議に思うほど──鮮血を溢しながら発せられたその声に、悔しさや怒りは、無い。
ただ、何かをやりきったような、不思議な──そう形容していいのならば──達成感のようなものが、そこにあった。
(なんか……ほんとに、一生分ってくらい……人、殺した、気がする……)
繰り返されるループのなか、何度も何度も殺し続けてきた村人たち。
もし、仮にサナがこの村を訪れることがないまま、奇跡的に一般的な人間の平均寿命まで生きて殺し続けたとしても、この村で殺してきたのべ人数には到底及ばないだろう。
(よく……生きてこれたなぁ……)
まるで走馬灯のように、村に来てからの記憶がサナの脳内で再生される。
歓待されて。
食事を出してもらって。
殺しに殺して殺しまくったこと。
そんなループの大半は当然ながら血生臭い記憶ばかりなのに。
(おいしかったなぁ……)
なぜかサナは、村人から振るわれた料理のことが忘れられない。
あるいは、もしかすると、例えその裏に生贄に捧げる人間への罪悪感が隠されていたとしても。
サナにとってのあの料理は──心を込めて作られた、初めての食事だったのかもしれない。
(また……食べたかったな……)
あるいはそれだけが、血と罪に塗れた人生でサナが抱くことのできた最後の心残りだったのかもしれない。
そんなことを考えていたせいか、サナは周囲の異変に気付くのが遅れてしまった。
サナは最初、それを失血による視界の異常だと考えていた。
次は、体温の低下によって体が震えているのだと思った。
そして、ようやくサナは正しく理解した。
世界が揺れている。
空が、木々が、地面が、空間がねじくれ始めている。
サナが知る由もないが、この崩壊の引き金を引いてしまったのはサナ自身だ。
短期間で幾度となく繰り返されたループで時間軸に歪みが発生し、そして過去と現在──あるいは現在と未来の”神”という上位存在を殺してしまったことで、時間軸に致命打が与えられてしまったのだ。
正真正銘の、タイムパラドックス。
そんな事態に直面しても、もうサナは指先ひとつ動かすことすらできない。
失血死するのが先か。
世界が崩壊するのが先か。
サナはただ見ていることしかできず、
そして空間が、世界が、刻がぐちゃぐちゃに──
「人の子よ」
りんと、鈴の音が響いた。
刻が静止する。
サナの目の前に”みこさま”が立っていた。
倒れて空を仰いでいるサナの目の前に、”みこさま”が浮いていた。
「み、こ……ち……?」
サナはか細い声を上げるが、”みこさま”はまるで無視するように話し続ける。
「人の子よ、感謝する。其方のおかげで村を──父と母を、救うことができた」
「な、に……」
「そして村に仇なすモノまで葬り去ってもらえて……もはや感謝のしようもない」
「……」
反応を返してくれない”みこさま”を、サナはただ呆然と見つめている。
そんな二人の周囲の空間が、いつの間にか闇に──虚無に包まれていた・。
それは二人が何度も邂逅した、あの空間のようで──
「村に仇なすモノは去り、そして童は刻から切り離された」
サナの意識はまるで夢のように浮遊している。
それは死にかけているからか、それともこの空間のせいなのか。
「故に、いま──この場に存在する神は童だけである」
だが、それでも、サナは何となく理解できた。
”みこさま”は、何かをしようとしている。
「いまなら、其方に恩を返すことができる」
空間に、変化が訪れる。
虚無が捻じれ、歪み、渦を巻く。
浮遊するサナの意識もそれに巻き込まれていく。
ただ”みこさま”だけが、その空間に在り続ける。
「童に残された神性と、歪んだ刻の復元力を利用して、其方の傷を治し、刻を戻す。安心するがいい、あの神が去った以上、其方は本来この村に来ることはなかった。それこそが正しい世界、正しい歴史、世界にもそう認識させる。だから──」
もはやサナに肉体は無く。
世界も何も無く。
そうして──
「ありがとう、おかしな殺し屋さん」
世界は──収束した




