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殺し屋として多くの人間を殺してきて、たまたま訪れた村で時間がループする怪奇現象に巻き込まれ、殺す意味も殺されそうになる意味も分からずに戦い続け、そして成り行きで動いていたら何十年だか何百年前だかに飛ばされて──
そんな意味不明な状況を経験してきたサナにとっても、それは全く予想外の一言だった。
その反応を面白がってか、”神”が更に捲し立てる。
「口にするのも憚られる名前は魔に子どもを取られないように、常に傍にあった刃物と火薬は魔を祓うため、そしてそのような服を着させるのも──魔を欺くため! 愉快愉快、時代が時代ならば貴様は陰陽師として名を馳せていたかもしれぬな!」
古来、多くの子どもが大人になれずに死んでいた時代。
知識も知恵もなくしかし愛だけは深かった大人たちが、そんな子どもたちを必死になって守ろうとした証。
子どもを連れ去るのは魔の仕業だと信じてそれらを遠ざけようとした行為。
まじない。
子どもに価値がないと思わせるために奇妙な名前を付けて。
魔が嫌うと考えて刃物や火薬を身に帯びさせて。
そして家を継ぐために大事な男子には女子の格好をさせる。
本来なら何の意味もないはずの行為。
だが、もしも本当に魔が存在して、
その行為に意味があったとしたら──
「わたしが、生きて、いるのは……親の、おかげ……?」
痛み以外の理由で震える声に、”神”は嘲笑で答える。
「そうだ! その通りだ! とはいえ貴様の親はそのようなことなどまったく試作していなかっただろうがな!」
悪意、あるいは無関心でサナを殺しかけたこともある両親。
遠い昔、サナがその手で殺した両親。
親。
母親。
父親。
彼らの行いが、サナを生かしている。
それを──サナは、正しく理解した。
「もしも斯様な呪法が施されていなければ、貴様はこの村に来た時点で、あるいは流転の法術が発動した時点で──」
理解したから、
「──ふ」
「……?」
「ふっ──ざけんなクソがぁッ!!」
サナはぶちギレた。
痛みもショックも何もかも置き去りにして、サナはただ純粋な怒りだけで──両のカランビットを振り回しながら”神”に斬りかかった。
「なっ──!」
「シねシねシねシねシねぇ! 死んでしまえぇぇぇ!」
怒りに任せた攻撃は力はあれど精彩を欠き、攻めているはずのサナの側だけ傷が増えていく。”神”もいくらかの傷を負うがそれは浅く、そもそも負った傍から不可思議な治り方をしていく。
明らかな無謀。考えなし。ただのバカ。
だがもうそんなことサナには関係ない。
「コロすコロすコロすコロす! 死んでも殺してやる!!」
「なっ──なにを考えているのだ貴様は!? なにがしたいのだ!」
サナの鬼気迫る表情は、優位にあるはずの”神”が思わず動揺するほど。
滅茶苦茶な軌道で振り回されるカランビットを、”神”はなんとか刀で弾き続ける。
そしてサナは、”神”の問いかけにシンプルな答えを返した。
「や・つ・あ・た・り!!」
「は…………はぁぁぁ!?」
ここに、人間が神を心から驚愕させるという偉業が達成された。
”神”の最適解は──逃げることのはずだった。
サナのカランビットは、仮初のものとはいえ”神”の肉体を傷つけているがそれは一時的なものに過ぎない。ならばサナの攻撃など無視して、背を向けて、逃げ出してしまえばいいのだ。
そうしなかったのはサナの気迫に──神ともあろうものが!──気圧されてしまったこと、そして卑小な人間如きに背を向けて逃げ出す等というあり得ない選択肢が頭から抜け落ちてしまったせいだ。
故に”神”は選択を下す。
「しつこい!」
刀による横一線の一振りが、カランビットで受け止め損ねたサナの身体を僅かに仰け反らせる。
ほんの一瞬、ほんのわずかに空いた両者の空間。
それを利用して”神”は刀を肩の上に引き付けるようにして、その切っ先をサナに向ける。
極限まで引き延ばされた時間──サナはその切っ先を睨みつけるようにしてなおも一歩踏み込もうと──
それより速く──”神”の刀がサナの胸部へと突き出された。
あまりにも切れ味が鋭い黒い刀身は、皮膚と僅かな肉を裂いて胸骨に突き刺さりそれでも止まらずに──サナの心臓を貫き、それでも止まらず背中から突き抜けた。
致命傷。
殺し屋としての技量もサナを護ってきたまじないも関係ない。
どれだけ運が良くても数分以内にサナは死ぬ。
だが、しかし、それ故に──
サナはにんまりと笑って、刀を無視するかのようにさらに踏み出した。
「なっ──」
驚愕した”神”は刀を抜こうとするがそれより、サナが両のカランビットで刀を握る手を一気に切り裂いた。
「ぐっ!?」
いくら回復できようと物理的に指と手首を切断されかかれば、”神”も刀を手放さざるを得ない。
だが、そうして刀を手放したことで──サナはさらに踏み込める。
心臓を刀が貫通しているとは思えない勢いで一気に肉薄。
思わず半歩後ずさる”神”にサナはニヤリと笑って──カランビットを振るう、振るう、振るい続ける。
胸部、頸部、腹部、腕、足、腋、股間、そして無貌の顔。
もはや”神”を傷つけるためにカランビットを振るっているのではなく、カランビットを振り回すために”神”の身体を傷つけているような怒涛の連撃。
「が──はっ!」
ほんの一呼吸で全身をズタズタに切り裂かれた”神”は、両手を広げて後方に倒れこんだ。
だが、しかし、それでも──
神は死なない。
「あぁ──全く、無駄なことを」
仰向けの姿勢で倒れたまま、”神”の身体は既に再生を始めている。
この次元に存在しながら存在しない、仮初の肉体を持つ上位者。
人ならざるモノを、人が人の道具で殺せるわけがないのだ。
「だが、このような経験は本当に……本当に初めてだ、誇りに思え、貴様は我に一矢報いたのだ、その誇りを抱いて──」
”神”の顔に、影が差す。
それは”神”を見下ろす、サナの影。
もはや立っているのも不思議なほどの致命傷を受けながら、その影はこゆるぎもしない。
だが、”神”の言葉を途切れさせたのはそれではない。
サナの手に、何かが握られている。
逆光でも目立つそのシルエットは、明らかにサナが使っていたカランビットのそれではない。
サナが両手を振り上げ、逆手に握られたそれの切っ先を向けられたことで”神”はようやく気が付いた。
サナが握っているのは、先ほどまでサナ自身に刺さっていた刀。
瞬間、”神”の心に過去の記憶が蘇る。
『神々の武具もなしに神々を殺せるはずがないだろう?』
果たしてサナはその言葉を憶えていたのか。
「ま──」
”神”は何を言おうとしたのか。
サナは、その両手に渾身の力を込めて──”神”の胸部を”神”の刀で貫いた。
◆◆◆
壊れに壊れ、捻じれに捻じれ、好き勝手に歪められてきた永きに渡る刻
そこに──致命打が与えられた




