8-2
床に臥せる両親を見ていられなくて、少女は村の外へと続く道に向かって歩いていた。
だが、それは決して村から逃げようなどという意思によるものではない。
ただ、ほんの少し──ほんの少しだけでも辛い現実から目を背けたかったのだ。
あるいは、村の外から何かが……助けがやってくるかもしれないという、漠然とした予感があったのかもしれない。
そしてその耳に、鈴の音が届いた。
鈴の音に導かれるようにして、少女は歩き続ける。
そして少女は、前方から近づいてくる人影に気が付いた。
ボロボロで見慣れない服装をしていて、歩みは遅くて、見たことがあるような──まるで他人とは思えないような顔は苦痛に歪んでいて。
それでもその人影は、確かな足取りで少女に向かって歩いてくる。
その顔を隠す前垂れの先で、結び付けられた鈴が揺れている。
そうして──決して邂逅しないはずの二人が──あるいは一人が──邂逅した。
過去の少女が問う。
「あなたはだあれ?」
未来の少女は──答えた。
「私は──神様」
◆◆◆
刀を振るう”神”、その姿に異変が起きる。
「ッ!?」
「あれっ?」
ブレていたシルエットさらにブレて──消えた、一人以外。
突然の事態に対峙する両者は一瞬動きを止めて、
「シェァァッ!」
これまでの戦闘経験がサナを動かす。
一気に踏み込んで正真正銘の一人になった”神”に斬りかかる。
「くっ……!」
出遅れた”神”は半歩足を引き、その勢いで上段に構え直した刀で唐竹割を放つ。
だが強力であろうとシンプルなその一撃に対して、サナは両のカランビットを交差させるように顔の前に構え、刀が刃に当たる瞬間に力を抜きながら右半身を引く。
自然、唐竹割のベクトルが逸らされる。
「っ!?」
勢いを殺しきれなかった刀がサナの右側に振り下ろされて空を切る。
刀のリーチの内側、全力の唐竹割を外して崩れた姿勢、あまりに速すぎるサナの踏み込み。
まさに必殺。
「死ねぇ!」
右のカランビットのフォアハンド、その一撃ががらあきになった”神”の首を一閃した。
鎌刃が首を撫でるように通り抜け……一拍遅れて、大量の鮮血が噴き出す。
そうして”神”は──仰向けに倒れた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
サナは上がった息を整えながら、倒れた”神”を注意深く観察する。首筋からの出血はまだ勢いを失っていないが、その身体はピクリとも動かない。サナはこれまでの経験から確実に殺したと判断し──息を吐いた。
「はぁぁぁ……あいたぁ、マジぼろぼろ……」
カランビットはまだ握ったまま、サナは自分の身体をあちこち確認する。腕や体どころか足にまで──サナの足癖の悪さが原因だが──刀による切り傷だらけ。
幸いにも深手はないが、まさに満身創痍といった有様。
「うわぁ……ダメージ加工ってレベルじゃない……」
しかしサナとしては、どうせ元から傷跡だらけの身体に新入りがいくつか追加されたことよりも、お気に入りの服が無残な有様になっていることの方が心に響いていた。
さりとて……身体の傷も台無しになった服も、いま一番重要な問題からの逃避でしかない。
現実逃避を諦めて、サナは空を見上げる。
「…………これから、どうしよう…………」
ポツリと呟かれた言葉に応える者はいない。
サナの視線に映る青空は──気候変動がまだ進んでいないせいなのか──やけに綺麗で、それが余計に本来なら自身が生まれてすらいないような過去へ飛ばされたという実感に繋がってしまう。
そんな思考を追い出さんと頭を振って、サナはひとまず気を取り直す。
「ほんとどうしよう、日本語って通じる? こういうときって警察? いや殺し屋が警察頼るってなんでやねん!」
若干まだ本調子ではなかったがそれでもそんな冗談が口を突いて出てくるくらいには、サナの精神も落ち着いてきた。
そこでサナは、ポンと手を打つ。
「そうだ! みこっちに聞いてみよう! こういうときのための神様だよね!」
とりあえずの案を思いついたサナは踵を返して──倒れる”神”に背を向けて──村へと向けて歩き出した。
「みこっちだいじょーぶかなぁ、ちゃんと村に──」
そんなサナの身体が──まるで見えない石に躓いたように勢いよくつんのめる。
一瞬遅れて、その背から血が噴き出した。
◆◆◆
”みこさま”は後ろ髪を引かれる思いで村の外へと続く道に向かっていた。
村を助けるための術は既にあの少女──過去の自分自身──に伝えていた。問題はあの少女がそれを信じて間違いなく両親や村人たちに伝えてくれるか、そして両親や村人たちがその言葉を信じてくれるかどうか、何よりも──村を助けるための術が本当に正しいのかどうか。
”みこさま”が言えた義理ではないが、そもそもサナは殺し屋であり、村に引導を渡した張本人であり──何よりバカである。
”みこさま”が不安を覚えるのも無理はない。
だが、どうあれ、もはやサナを信じる以外に道はないと”みこさま”は確信している。
だからこれはもう終わった話。
そして”みこさま”は考える──ならばこの胸騒ぎはなんだろう、と。
それが足を急がせる。だが、まだ動けるのが不思議なほどの深手と小柄な身長が災いして、その歩みは遅々として進まない。
それでも”みこさま”は歩みを止めない。
その理由は──”みこさま”自身にも分からなかった。




