7-3
甲高い金属音。
”神”と”みこさま”の間に割って入る形になったサナが、右手のカランビットで刀の刀身を押さえつけていた。
「ぇっ──」
驚きの声を出したのは”みこさま”だが、”神”も困惑の表情を浮かべている。
そして何よりも、
「……はぁ?」
驚きの声を上げたサナが一番、困惑した様子を見せていた。
三者三様に状況が掴めていない混沌の空間。
最初に動いたのはサナだ。
右のカランビットで刀身を押さえたまま、左のカランビットが”神”の上半身狙いでフォアハンドに振り抜かれる。
だが──
「……」
”神”は吐息一つ漏らさずスルリと後方に下がり、お互いの刃が届かない立ち位置で刀を正眼に構え直す。
サナも用心深くカランビットを構え直すが、”神”は本気で困惑している様子で問いかけた。
「何故……我にその刃を向けた?」
「……?」
だがサナも困惑の表情を浮かべるだけ。
”神”もさすがに苛立ちを隠しきれず、なんとか言葉を選んで声を荒げる。
「貴様……! なぜ! その刃物を我に──」
「いやさすがにそれは分かるし。バカにすんな、ちょっと考えてるだけ」
「っ──」
”神”は──圧倒的な力を持つはずの存在は、長い歴史でも初の人間に言葉を詰まらされるという経験をさせられていた。
あるいは人類史上でも稀有なことを起こしたかもしれない──などとは微塵も考えていないサナは、少し悩む素振りを見せたがすぐに明るい声で言い放つ。
「──うん、そう、そう! あれよあれ! わたしね、騙される方が悪いってよく言われるから、そいつら全員ぶっ殺してきたの!」
「あ……あれは、貴様に述べたものではないぞ?」
上位存在を半ば呆れさせるというこれまた稀有な所業を──知らずに──やってのけたサナは、特に悪びれもせず小首を傾げてカランビットを構える。
「そうなの? でもどっちにしてもカンケーないよね」
「なに……」
「だってさ、ケッキョクあんたのせいでわたしはこんなタイヘンなことになったんでしょ? それなら一回くらいはぶっ殺さないとね!」
言い放つと同時、サナは神速の踏み込みで間合いを殺し両のカランビットを振るう。
コンパクトに振るう左のカランビットで腕を、大振りな右のカランビットで上半身を狙うその一撃──二撃を、”神”はすり足で一歩下がり回避。
空を切る攻撃だがサナは勢いを殺さず追撃しようとする。
しかし”神”は、その顔に向けて刀の切っ先をピタリと突き付けてその動きを制した。
膠着。
その間隙を縫って”神”が口を開く──楽しそうに言い放つ。
「無知か愚鈍かと思っていたが──とんだ蛮勇だ! 久方ぶりに沸き立つぞ! よもやよもや、我に対して”一回くらいはぶっ殺さないと”などと! 然らば応えてやらねば無作法というもの!」
サナもまた、口が裂けそうなほどに口角を吊り上げて言い放つ。
「なにいってんのかわかんないけど、ヤる気があるってことだけはわかった!」
片や、両手にカランビットを構える女装の殺し屋。
片や、虚無の狩衣に身を包んで刀を構える無貌の神。
向かい合う二人は示し合わせたように一呼吸置いて──
同時に前に踏み出す。
◆◆◆
無数の火花と金属音が空間を支配する。
そんな空間で”みこさま”は──蚊帳の外に置かれていた。ただ呆然と突っ立ったまま、口をポカンと開けてサナと”神”の殺し合いを傍観していた。
状況は、”みこさま”の思考と同じように複雑だった。
(村が謎の病に襲われて、でもその病は簡単に治すことができて、そんなときに神様が助けに来てくれて、でも本当は助けてくれてなくて、そうしたら殺し屋が村にやってきて、その殺し屋は村を滅ぼして、私も殺しに来て──)
そして今、殺し屋と神様が戦っている。
後天的ながら人ならざる力を与えられ、人ならざる長命を生きてきた”みこさま”であってもこの状況を完全に理解することはできない。
ただひとつだけ、”みこさま”にも分かっていることがある。
(自分はまた──見ていることしか、できない)
◆◆◆
(やりにくい!)
サナは心のなかで毒づきながら、幾度目かで浴びせられる袈裟斬りを右のカランビットの背で受け流すように弾いた。
そこからサナは一歩踏み込んで間合いを殺しにかかるが、”神”は弾かれたことなどまるで無かったかのようにするりと刀を戻し、右足を引いてタメると強烈な突きを放つ。上半身に向かっての強烈な刺突にサナも一歩引き、さらに左のカランビットを引っ掛けるようにして切っ先を逸らした。
僅かばかりの距離が開き、お互いに相手の出方を伺う形になる。
だがすぐにまた──示し合わせたように──同時に踏み出し、カランビットと刀が振るわれる。
何合かの打ち合いを経てもサナに疲労はない。短いカランビットと長大な刀が時にぶつかり合っているにも関わらずだ。
それはもちろんサナがそれなりに手練れだということも関係しているが、何よりも──刀が軽いのだ。力の入れ具合のことではなく、重量が文字通りに軽い。それでいてカランビットがそれなりの勢いでぶつけられても凹みも刃こぼれもせず、今もまた甲高い金属音を立てている。
果たしてどのような鋼材で作られているのか──それは本当にこの世に存在するのか、そんな疑念まで抱かせるような刀。
本来ならそこまで軽い刀は斬撃の威力が落ちる。だがそれでもサナは、目の前で振るわれ続ける刀が自分の身体に触れでもしたら軽傷では済まないだろうと確信している。
一方の”神”は幾許かの困惑と──それを上回る狂喜を隠しもせずに刀を振るう。
「素晴らしい! よもやよもや、我の刃とかくも打ち合えるとはな! では──これはどうかな!!」
そう叫んだ瞬間、”神”の姿が──ブレた。
「は──はぁっ!?」
この村に来てからずっと異常事態に襲われ続けたサナも思わず驚愕の声を上げる。それでも足りずに隙を見て目を擦ったりもしているが、すぐ目の前にいるはずの”神”の姿はブレ続けている。
「行くぞ!」
強者の余裕からかそう宣言した”神”が──”神”たちが一歩を踏み出す。その足音が複数のものだったことでサナはそのブレが幻覚の類ではなく現実だと本能的に理解した。
そして”神”がブレるということはその刀もまた──
「それはっ──反則でしょ!?」
上下左右前後に斜め──ありとあらゆる角度から一本の刀が襲ってくるという非現実的な攻撃に、サナは半ば自棄になりながら両のカランビットを振り回す。
ブレードどころかリングまで使って刀を受け流し、弾き飛ばし、それでも足りずに体全体で捌く。
「はっ──ハァッ! ハァッ、はぁ……」
それは”神”──”神”たちにとってはたった一撃だがサナにとっては全力疾走に等しかった。息を切らせながらもほとんど無傷で済ませたサナに、”神”たちはそれぞれに困惑、興味、そして狂喜を浮かべている。
一つ大きく息を吐いたサナは、それでも不敵な笑みを浮かべて舌戦を展開しようとする。
「なんなのあんた? 分身? マジック? 神様なんてゆってたくせにセコくない?」
分かりやすい挑発だが、”神”たちは分かりやすく一様に顔を歪めて不快感を露わにする。
「うつろう陽炎、不確かな夢幻、それが刻というものだ。それを収束させないことで我は成り立っている。そこな依代に分与した神性もこれの残滓のようなものよ」
「オーケー! なにいってるか分かんないから死ね!」
もはや言葉を理解する努力すら放棄してサナが斬りかかる。
右上方と左下方から振るわれるカランビットを、しかし一本の刀がそれぞれ受け止め更に二連の斬撃が上方から放たれる。
「ちぃっ!」
サナは舌打ち一つ左右のカランビットを強引に振り抜き、腕を交差させる形にして鎌刃で斬撃を受け止める。だが”神”たちが更に繰り出す斬撃と刺突に、サナは逃げの一手でバックステップ。
端的に言って現状のサナの戦術は、”神”に及んでいない。
その現実を理解してか──”神”の態度が変わる。
とてもつまらなさそうな、まるで玩具に飽きた子どものように。
「なかなかに楽しめたが……そろそろ、仕舞としようか」
また前触れなく、ブレていた”神”たちの姿が定まって一人に戻った。
そして”神”は、正眼の構えからスッと上段に構え直す。
サナは──何かを感じ取って、油断せず身構えている。だが先ほどのバックステップで間合いは離れているし、例え”神”が一気呵成に踏み込んできても対処できる自信も持っている。
サナは勘違いしていた。
目の前に存在するのは人間ではないのだ。
だからサナは全く油断しないまま致命的な隙を晒してしまっている。
「では、さらばだ」
そう言って、”神”はその場で流麗に刀を振り下ろす。
特別な音も予兆も何もなく、
だが何かを感じ取ったサナは目を見開いて──
鮮血が、宙を舞った。




