7-2
「まず明白で明確な前提だが、我はお前たちがいうところの神様というやつだ」
「だが我と同じような神々からの覚えは悪くてな」
「少々ばかり戯れを画策したら大仰に反撃されたという顛末だ」
「そこで休養を取るために訪れたのがこの村ということよ」
「折よく村には疾病が蔓延していて、さらに依代に相応な御魂も向こうからやってきた」
「もう理解できただろう? そこな少女がその依代だ」
「そうしてそこな少女に我の真似事をさせ、我はここな間で休養を満喫した」
「終焉はまだ先々かと思索していたが、思いがけずお前たちが現れた」
「これが、全てだ」
◆◆◆
”神”の口から語られた真実に、サナと”みこさま”はポカンと口を開けていた。
”神”の言葉は、”みこさま”の思い出した記憶と何ら矛盾はしていない。ただ”神”がこうして村の奥底に隠れ潜んでいたことなど、”みこさま”は全く知らなかったのだ。
そして敏い”みこさま”は考える。もし、”神”と出会ったその日に「村を助ける代わりに休ませてくれ」とでも頼まれていれば、自分は何の疑いもなく受け入れていただろうと。だがもちろん、そんなやり取りをした記憶は存在しない。
つまり、目の前の男は──神様は──村の恩人は、まだ何かを隠している──と。
一方、サナは……
「長いし意味わかんない。もっと短くして」
やはりバカだった。
その言葉は皮肉でも何でもなく本心だった。
だが今度は”神”も答えない。もう全てを話したと言わんばかりにただ黙っている。
その沈黙に耐えきれず、”みこさま”が代わりに説明をする。
「その……こちらの、村を助けてくれた神様は、他の神様と……喧嘩、して、この村を助けながら、ずっと休んでいた、ってこと」
「わっかりやすい! ありがとねみこっち」
サナの感謝の声も、膨らむ疑念に思考をさ迷わせている今の”みこさま”にはほとんど届いていない。
そんな”みこさま”の様子に不思議そうな表情を浮かべながら、サナは疑問を今度は”神”にぶつけた。
「でもさ、休むだけならこんな村じゃなくていいじゃん? もっとさほら、都会で……なんだっけ、デトニクス? すればいいじゃん。
”デトックス”である。
”神”は特にツッコミもせず、戯れとばかりに答えてやる。
「ふむ。都では生贄を招来するのも難儀でな。すぐに騒動が勃発して、あの忌々しき神々どもに要らぬ目をつけられかねん。種々物足りない村ではあるが、若々しき子どもという生贄はいたからな」
”神”のその言葉に、”みこさま”は呆然として言葉を繰り返した。
「……子ども? 生贄?」
その反応に”神”は楽しそうな笑顔を向ける。
「血濡れの罪人だけでは生贄として役者不足だからな。そこな罪人も気づいていただろう? この村に子どもがおらんことに」
「えぇ~……全然わかんなかったぁ……」
サナが小声でぼやくが、”みこさま”の耳には届かない。
”みこさま”はようやく思い出した。確かに村は病気で滅びかけていて活気なんてものは無いに等しかったが、自分と同じような子どもたちが大勢いたはずで──それなのにサナがこの村にやってくるまでの間、”みこさま”は子どもを見たことがない。
そして”神”の言葉が正しければ、その子どもたちは生贄にされたのだ。
これまで村に招かれた罪人たちのように。
(これが……罰なの……?)
最初、”みこさま”は憤りを抱いていた。
だが敏いためにすぐに自分が──自分たちがやってきたこともまた、目の前の”神”と同じものだと気づいて、その怒りの声はそのまま心の中に飲み込んだ。
そしてどうあれ──例えそれが自身の利益のためであろうと──”神”によって村は救われたのだ。
敏い”みこさま”はそうやって、自分自身をなんとか納得させた。
だが、そんな”みこさま”の想いを打ち砕くのはいつだって──
「やまい、びょーき……ん~」
──バカで空気が読めないサナだった。
「ねぇみこっち。その、村のびょーきってどんなんだったっけ?」
「えっ? ──ど、どんなのって……」
「だーかーらぁ! びょーきになった人たちはどんな風だったかって聞いてんの! なんでわかんないかなぁ」
言葉足らずなことを棚に上げる、というよりそもそも言葉足らずなことにすら気づいていないサナの逆ギレに、”みこさま”はもう反論する気力もわかないのか律儀に説明を試みた。
「えーと……食欲が、なくなって、体も動かなくなって、あと……心臓が痛いって言ってた人もいた、かな」
食欲不振、倦怠感や身体症状、そして心臓の症状。
その言葉に、サナは目を輝かせた。
「それって……! ……なんだっけ、あー、えーと……あっけ、いっけ、うっけ、えっけ」
「……?」
突然、何か謎の呪文のようなものを唱えだしたサナに”みこさま”は怪訝な顔をする。
だが、二人のやり取りを見ていた”神”は楽しそうに──もはや笑い出しそうになっていた。
そして、サナはとうとう──答えに辿り着く。
「おっけ、かっけ、きっけ、くっ…………かっけ? ──そうそう! かっけ!」
「…………え?」
理解できない様子の”みこさま”も無視して、ようやく思い出した正解にサナは飛び上がらんばかりに喜んでいた。
「だーかーらー! 脚気! そーゆー病気! そんなのも知らないなんて、わたしよりバカなんじゃない? ま、わたしもかかったことあるから知ってただけなんだけど」
「はっ? ぇ、えっ?」
サナはなぜか勝ち誇ったような笑顔を見せたが、”みこさま”はもう混乱の極みにあった。
長年不明だった、村を襲った病の名前がよりにもよってバカのサナから判明したから──だけではない。
サナの「わたしもかかったことあるから」、その言葉が”みこさま”を混乱させていた。
「そ、その……脚気? っていう病気、本当にあなたもかかったこと、あるの?」
「あー! “こいつウソついてる”って顔してるぅ! ウソじゃないもん、ほんとに死にかけたんだからね!」」
その言葉に”みこさま”はほんの少し安堵した──やはり、脚気というものは人を死に追いやるような恐ろしい病なのだ、と。
だが、当然の話だが──死にかけたということは死ななかったということである。
「そ、それなら……あなたはどうやって、治してもらったの? お薬? すごいお医者様? それとももしかして、あなたも神様に──」
「え? お肉とご飯食べてただけだけど?」
「……は?」
もう”みこさま”の思考は停止してしまった。
バカのように口を開けて、呆気に取られてしまっている。
その反応をどう受け取ったのか、サナは少し罰が悪そうな顔で先ほどの言葉を訂正する。
「あ、ごめんまちがえた。なんだっけ、黒いお米と……ムギ? 飯? あのくっそマズいご飯ばっか食べさせられたんだよね、それでお肉なんてほんとーにたまに!」
玄米と麦飯。
そして肉類。
脚気がビタミンB1の不足によって起きる病気だからビタミンB1を摂取するというごく当たり前の論理であり、現代社会においては常識とされている話。そして”みこさま”も村人もずっと勘違いしていたのだが、謎の病が流行って獣の姿も見えなくなったのではなく、獣の姿が見えなくなって──肉類の摂取が滞って──謎の病も流行ったのだ。
そんな、ごくごく単純な話。
知識がある者ならすぐに気づけた話。
だが”みこさま”は知らなかった。
知らされていなかった。
「──くはっ」
抑えきれず漏らされた声にサナと”みこさま”は揃ってその声の主──”神”の方へと振り向いた。
”神”は──笑っていた。
「ァッハハハハハァっ! 愚鈍か蒙昧かと侮っていたがまさかまさか真理に到達するとはな! 貴様が法術を破ったというのもこれなら納得だ!」
笑っている。
嘲笑っている。
もはやバカなアイでも、この目の前の”神”が自分を──自分たちを嘲笑していることがはっきりと分かった。
だが”みこさま”はまだ希望を捨てきれていない様子で、縋り付くような視線で”神”に向けて問いかける。
「か、神様……神様は、村を助けてくださったのでは、なかったのですか?」
複雑な感情が入り混じったその視線を向けられても、”神”は飄々とした態度を崩そうともせずに答えてやる。
「奇異なことを言うものだな。我は村を救ってやったではないか? そのために神の力も分与したはずだが?」
「で、でも、村の病は、脚気はもっと簡単に治せるって……」
それでもと食い下がる”みこさま”に対して、”神”は少し不機嫌そうな──だがどこか嫌らしさを感じさせる声音で、残酷な真実を告げる。
「くどい。我は村を救った、それが真実だ。そして我は、お前の村を救うために神の力を使う以外の方法が無いとは一言も言っていない」
「は────」
”みこさま”は、口をポカンと開けたまま──動けなくなった。
”みこさま”は、村を救ってなどいなかったのだ。
「えーと、つまり……あんた、ウソツキの神様だったってこと?」
場の空気を全く読まないサナの問いかけに、しかし”神”は怒ることもなく大仰に首を振って見せた。
「それは心外というものだ。我は虚偽の情報の伝達はしていない。ただ我に都合の良い情報だけを取捨選択して伝達しただけだ」
「……ん?」
「やはり愚鈍か?」
話を理解できず首を傾げる”サナ”に対して”神”はそう突っ込んだ後、律儀に言葉を選んで言い直した。
「そうさな、お前にも明瞭な言葉で伝達してやると──騙される方が悪い、というやつだ」
「あぁ~、それなら分かる! わたしもよく言われるから」
「……やはり愚鈍か」
その内容はともかく、サナと”神”のやり取りは長年の知己であるかのような親しげもあるもので──”みこさま”は、完全に置いてけぼりにされていた。
自分と、自分の村のことなのに──そう考えながらも、”みこさま”はもう嘆くことすらできない。
そんな痛々しい様子をチラリと見やった”神”は、嘲笑ともまた違う冷え切った声音でポツリと呟く。
「さて、潮時か」
その右手が、刀に掛けられる。
「お、やっちゃう感じ?」
サナは男の言葉が理解できなかったがその雰囲気の変化は容易に感じ取れたので、”みこさま”をチラリと見やってから両のカランビットを改めて構え直す。
つまるところサナに残された最後の標的もまた”みこさま”なのだ──”神”はその視線をそう解釈した。
そして、それは何も間違っていない。
そんなやり取りを聞いていた”みこさま”は──ただ、黙っていた。
何をどうしたところでもう過去は変えられず、村どころか自身にも未来はない。
敏い”みこさま”はそれを理解していた。
故にその心は……凪いでいた。
「では別離の挨拶としようではないか。さらばだ、依代の少女よ」
そう告げた”神”の手が刀の柄を掴み、流麗な動きで放たれた斬撃が”みこさま”の身体を切り裂く──
──ことはなかった。




