0-3
「おぉ、いらっしゃい!」
村のなかほどにある民家に案内されたサナは、突然の訪問のはずなのに暖かい歓待を受けることになった。
玄関先で出迎えてくれた中年の女性は、訪問者のやや奇抜なファッションにも奇異の目を向けたりはせず男たちと「パンクだった」「パンクね」とほぼ単語だけでやり取りをして、それだけで状況を理解したのかサナに何か言う暇も与えず居間へと案内する。
古めかしい白熱電球で照らされた畳張りの居間は準備がいいことに襖を外して二部屋続きにされていて、二つくっつけられた大きなテーブルには早くも大皿料理が並べられはじめていた。
料理は肉のない野菜炒めや揚げ大根、ニンジンしりしりに各種漬物など、土地柄のせいか野菜中心のメニューだったがどれも手の込みようが分かるものだった。
だがそれらよりもサナの目を惹いたのは、テーブルに等間隔で並べられたご飯茶碗とそこにこれでもかと山盛りに盛られた白いご飯だった。
「お、おジャマでしたか……」
いかにも宴といった様子に当人にとっては珍しく気後れを見せたサナは、いろいろな違和感をとりあえず乗り込んで近くの女性に遠慮がちに声をかけた。
「ぜーんぜん大丈夫! 遠慮しない遠慮しない」
だが飾り気のない中年の女性はカラッとした笑顔でそんな不安を笑い飛ばすと、やや強引ながらサナを優しくテーブルにつかせる。半ば流されるように畳の上で女の子座りをしたサナの周囲に、先ほどまで同行していた男たちがやや乱暴に座っていく。
だが、それだけの人数でこのテーブルは埋まらない。その状況にサナが不思議そうに周囲を見回していると、玄関の扉が開く音とそれに続く賑やかな足音、そしてもっと賑やかな談笑が近づいてきた。
「お、来てたか」
「来た来た」
勝手知ったる我が家とばかりに笑みを浮かべて入ってきた男たちが、思い思いにテーブルについていく。
違和感──積み重なって消えることのないそれがまた一つ増えたが、元来難しいことを考えられるタイプではないサナは曖昧な笑みを浮かべてやりすごすことにした。
頭が良くない故の処世術。
それがいま自らの生存に役立っているとは、さすがのサナも気づいていなかった。
「ほら、食べよう」
「えっ、あ、はい……」
促してきた男性の言葉にサナは少し躊躇を見せるが、目の前の料理があまりにも美味しそうなので用意されていた箸を手に取った。そしてグローブ越しの拙くぎこちない箸使いで大皿から料理を少しばかり掴み、口の前に持ってきてマジマジと見るように躊躇した後──口に放り込んだ。
瞬間、サナがプルプルと震え出す。
その尋常ならざる様子に隣の男性が声をかけようとして──
「お、おいしぃ!」
目を輝かせて称賛の声を出したサナに思わず男性はつんのめっていた。
「あっ、これもおいしい! これも、これも!」
隣でそんなことが起きているのを知ってか知らずか、サナは次々と料理に箸を伸ばしていく。大皿から直接口に運んだり皿が遠い時は膝を立てて箸を迷わせたりと行儀が悪いを通り越して失礼に値する行動だが、その食べっぷりと笑顔があまりにも眩しいので周囲の人間もそれを咎めるようなことはせず、暖かい目をサナに向けながら自分たちも料理を楽しみ始めた。
だがしばらくすると、彼らは違和感を覚えた。
一見したところ、サナは好き嫌いなくいろんな料理に箸を伸ばしている。だが、よくよく見るとたった一つだけ手を伸ばしていない皿──茶碗がある。
だから、隣の男性は何の気なしにソレを勧めた。
「ほら、ご飯も食べなよ」
サナの前に置かれているのにずっと手付かずだったままの茶碗──その茶碗に盛られた大盛りのご飯。野菜中心だが濃い味付けの料理には白米がぴったりのはずで、ご丁寧に漬物も多種多様に用意されている。
だが……
「ぇ、あ、あぁ……」
勧められたサナは、あからさまに嫌そうな顔をした。
その表情の変化の急激さは、勧めた男の方が申し訳ない気持ちになってしまうほどだった。
「え、あの……ご飯、苦手?」
それでも遠慮がちに勧めてくる男に、申し訳なさと鬱陶しさが混ざったような表情でサナはぽつぽつと訳を話し始める。
「ニガテっていうか……前に、ご飯で大変なことになっちゃって……」
「何があったの……?」
要領を得ないサナの話に男性は困惑するが、それでも努めて明るい口調で安心させようと言葉を紡ぐ。
「これは、この村の美味しいお米だから大丈夫だよ?」
「そーゆーことじゃないんですけど……」
今やサナは心底嫌そうな顔をしているが、百パーセントの善意で勧められていることは明らかなので少し躊躇しながらも茶碗を手に取った。そしておぼつかない箸使いで少量のご飯を掬い取ると、まるで苦い薬を飲む子どものような表情で口に入れる。
そして、またプルプル震え出して──
「おぃしい!」
二度目のリアクションは予期できるものだったので男たちも釣られて笑い、自分たちの食事を進める。
そうこうしている間に、先ほどまでが嘘のようにサナの茶碗からあっという間にご飯が消えた。すると、それを見計らったかのように台所からおひつを持って出てきた女性が、手際よくしゃもじでお代わりをよそっていく。
「ほら、もっと食べて食べて」
「あ……ありがとうございます!」
笑顔で元気よくお礼を言ったサナだが、すぐにキョトンとした表情を見せる。それが気になった女性は、傍に座って優しい笑顔で問いかけた。
「どうしたの?」
まるで慈母のような笑みを向けられてサナは遠慮がちに、それでも疑問に思っていたことを口にした。
「その……今日、あったばかりでなんでやさしくしてくれるのかな、って……」
サナの疑問は最もだった。
サナは今日初めて村に来たばかりで、車がパンクして困っていたとはいえ何ら縁もゆかりもないのにここまで歓待される理由が分からない。
だが、それを聞いた女性は慈母のような笑みを浮かべたままで──昔話を始めた。
「昔、この村で──」
◆◆◆
女性は昔話を語る。
平和な村を襲った謎の病。
絶望に覆われる村。
そんなある日、村に訪れた──神様。
◆◆◆
「それで、私たちは外から来てくれた人を歓迎するの。納得してくれた?」
行儀よく、一切口を挟まずに昔話を聞いていたサナは女性にとびっきりの笑顔を見せた。
「あんまりわかんない!」
「……いっぱい食べてね」
慈母の笑顔のまま生暖かい視線を向けた女性は心からそう言うと、おひつを持って台所へ引っ込んでいった。
その女性と入れ替わるようにして別の女性たちが、白く濁る液体で満たされたラベルの無い酒瓶とコップを抱えて台所から続々と出てきた。
サナはそちらをチラリと一瞥しただけで気にした様子も見せずご飯と料理を食べ続けていたが、両隣の男性が受け取ったコップに女性のお酌でその液体が注がれてきたところで興味を惹かれた様子を見せた。
「それってなんですかぁ?」
馴れ馴れしい問いかけだったが男たちは気にした様子も見せず、その液体を美味しそうに飲み干しながら答える。
「酒だよ、お酒」
「それもここの米で作ったやつだぞ」
そう言いながら酒──濁り酒を楽しむ男たち。
「えぇ!?」
だがその言葉に、サナは声を上げて驚いた。
ギョッとする男たちに、サナは心底不思議そうな声を出した。
「お酒って──おコメからつくれるんですか!?」
その言葉に一瞬、場が静まり──そして、我慢しきれないという様子で笑いが巻き起こった。サナはその反応が理解できていない様子ながらも、釣られて笑顔を見せる。
そんな微笑ましい光景、そこから少し外れた場所……サナからは死角になる位置にいる男性が、意味ありげな視線を台所へと向ける。
台所では、やはりサナからは死角になる位置にいた女性がその視線を受けて、小さく頷いてみせた。
そんな光景など全く存在しないかのように他の男たちは酒を楽しみ、サナも二杯目の茶碗が空になって手持無沙汰に周囲を見回していると、台所から一人の──先ほどアイコンタクトを受け取った──女性が、なみなみと濁り酒が注がれたコップを持ってサナの元へやってきた。
女性はサナの前にコップを置くと、優しい声音で酒を勧める。
「はい、どうぞ。度数は高くないから飲みやすいと思うわ」
「はーい! ありがとうございます!」
サナは元気よく礼を言うと、両手で抱え込むようにコップを持ち上げた。
その一瞬──全員の視線がサナに集まる。
サナは……何も知らないような様子で、コップの中の濁り酒を興味深げに見つめ、まるでネコか何かのようにスンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
談笑を続ける男たちは、その声のトーンが少し下がってしまっていることに気づいていない。
サナは……コップを持ったまま、横や斜め下から照明で透かすように濁り酒を観察する。
談笑のトーンがまた一つ下がる。
一人の男性が、何の気なしといった様子を装って立ち上がる。そして、いかにも手持無沙汰といった様子で歩き回り、だんだんと近づいていく──サナの方へと。
サナは……ひとしきりコップと酒を観察し、ようやくそれを口に近づけていく。
「いただきまーす……」
男たちの注意がサナに向く。
歩き回る男はサナに近づく。
そして、サナの口がコップにつけられ濁り酒がゆっくりとその口に──
「……」
──入る前に、サナはゆっくりとコップを机に置いた。
コトリ、という音がやけに大きく響く。
いつの間にか談笑を中断した男たちは、もう隠しもせずにサナを見つめている。
台所からも、女たちの視線がサナに集中する。
そんな、常人なら震えあがるような空気の中で──サナは笑顔のまま告げた。
「これ、飲まないとダメかな?」
空気が凍り付く。
サナは小首を傾げる。
座っていた男たちが僅かに腰を浮かせる。
サナは笑顔のまま動かない。
静寂に支配された空間で──サナの背後に近づいた男が一気に動き出した。
どこからか取り出した細い紐を両手に巻き付け、間髪入れずサナの顔の前から垂らす。
そして姿勢と体格と奇襲の利を活かしてサナの首を一気に吊り上げる。
サナがどれだけ抵抗しようとどうしようもなく、あっという間に意識を失ったその肉体から力が抜ける──
──そうなると男は考えていた。




