6-2
鈴の音を頼りに星明りの下を歩き続けていたサナは、深い森のなかに居た。
だんだんと鈴の音は大きくなり、対照的に虫の声はどんどん小さくなっていく。
そして虫の声が消えてしまった頃──サナは、目の前の山肌にぽっかりと口を開けた洞窟を発見した。
サナが両手を広げても全く足りそうにないほどのその開口部は、自然にできたものにしては不自然だった。
もはや聞き慣れてしまった鈴の音は、確かにその洞窟の奥から響いてくる。
だがその洞窟には明かりらしいものは全く存在しない。ここまでサナを助けてきた星明りも、当然ながら洞窟の奥までは照らしてくれない。
「いやこんなマックラなのヤなんだけど」
ポツリと呟かれたサナの言葉を聞く者はいない──はず、だった。
しょうがないからスマホのライトでも使おうかと考えるサナの目に、突然二つの淡い光が飛び込んできた。
「っ!?」
先ほどまで確かに存在しなかった光。
それは、両側の壁面に沿うようにして置かれた石灯籠の灯だった。それが、まるで透明人間か魔法でも使われたかのように何の前触れもなく点灯したのだ。
呆気に取られるサナの眼前で、さらに二つ、また二つと、洞窟の奥へと向けて石灯籠が順々に灯されていく。
そうして、先ほどまで闇に包まれていた洞窟はあっという間に明るくなった。
その様子を見つめていたサナだったが、パンッと手を合わせて納得の声を出す。
「なんとかセンサーってやつね」
”人感センサー”という言葉は出てこなかったが、照明の問題が解消されたことでサナは足取り軽く洞窟へと踏み入った。
ブーツが岩を踏む足音が洞窟内で反響する。
その洞窟は、自然にできたにしては幅も高さも一定で真っすぐ進んでいる通路だが、人の手が入っているにしては補強も何も見当たらないのに崩れそうな気配は全く感じられない。石灯籠も年季が入っているように見えるわりには、劣化しているような跡もない。
やはりこの洞窟も──異常だった。
「うーん……ひんやりしててきもちいい……」
サナは全く気にしていないが。
そうして石灯籠の間を歩き続けるサナの目の前で──空間が、広がった。
「わぁ……」
サナは思わず──まるで村に初めて来たときのような──感嘆の声を漏らした。
ちょっとした広場のようなその空間はほとんどが闇に包まれ、サナの背後から差し込む石灯籠の灯もここでは頼りない明るさでしかない。だというのに、サナがこの場所に来て最初に感じたのは恐怖や警戒ではなく──懐かしさだった。
そんな、足元も見えないような闇に包まれた空間は、あのループで散々体験してきた虚無の空間とよく似ていて──
「ようこそ、殺し屋よ」
だからサナは、闇から溶け出るように現れた着物の少女を見ても驚かなかった。
闇のなかで、女装した殺し屋と着物姿の少女が対峙している。
それは初めての──現実では──邂逅であり、繰り返しの果ての決着でもあった。
「きみが、”みこさま”?」
そんな状況故か、サナは分かりきった質問だと分かりきっていながらもそう問いかける。
果たして着物の少女は──”みこさま”は、コクリと頷いた。
「そう……」
しかし、分かりきった返答があったことでサナは逆に言葉に詰まった。
そもそもサナにとって、村を訪れてからここまでの全ては成り行きの産物だった。
成り行きで村に訪れ、成り行きで村人を殺して、成り行きでこうして”みこさま”の元に来た。
目の前の”みこさま”が全ての元凶ということでサナはその両手のカランビットを振るおうかとも思ったが──それよりも気になることができてしまっていた。
その沈黙の意味を理解してか否か、
「答えましょう、語りましょう──そなたの抱いている疑問、その全てに」
”みこさま”は、口を開いて語り始めた。
この村の始まりを。
◆◆◆
「始まりは、村を襲った病」
「老いも若きも、風邪のひとつもひいたことのないような青年まで」
「だんだんと体を動かすのが億劫になり」
「あれだけ大好きだった村のお米も食べられくなり」
「あれだけ田畑を荒らしていた獣の姿も見えなくなって」
「そうして、村のみんなは床に臥せったまま起きられなくなりました」
「わら──私は子どもで」
「大人を手伝ってもどうしようもなくなって」
「それが嫌で」
「床に臥せる父と母も見たくなくて」
「逃げ出したくて」
「そうして村から出ようとして」
「でももちろんそんな子どもが出られるはずがなくて」
「そこに」
「神様が、来てくれました」
「助けを乞うと、神様は私に力を与えてくれました」
「村を助け、村人を護るための力をもらいました」
「そして」
「その力の代償が血塗られた罪人であることを教えてもらいました」
「こうして私は神様になって──”みこさま”と呼ばれるようになって、この村を護ってきました」
「今日──これまで」
「これが全てです」
◆◆◆
それは告白であり、懺悔でもあった。
語り終えた”みこさま”はどこか名残惜しそうな、それでいてスッキリした様子だった。
そして前垂れに隠れていてもその目は、終わりを覚悟した眼差しでサナを見つめていた。
サナは──”みこさま”の告白を最後まで口も挟まずに黙って聞いたサナは、久しぶりに口を開いた。
「長い。まとめて、みこっち」
「えぇー……」
サナの言葉に”みこさま”は呆れたような声を出すが、その声音はどこか穏やかなようにも思えた。それには、護るべきものがもう失われてしまったことも影響しているのだろうか。
”みこさま”はしばし悩んだ後、サナが理解しやすいよう言葉を選んで簡潔に要約した。
「村に病気が流行って、神様が来てくれて、村を護るために私が神様になった」
「おー、分かりやすい……あれ? 神様ってそんな簡単になれるもんなの?」
”みこさま”の説明に一瞬納得した様子を見せるサナだったが、すぐまた首を傾げて馴れ馴れしく問いかける。”みこさま”ももう諦めたのか、普通に話し始めた。
「どうなんでしょうね。でも私はこうして神様になることができて、村を救い、護り通して来ました」
「そんなに小さいのに偉いよねー。でもわたしが来ちゃったと……運が悪くない?」
まるで他人事のようなサナの言葉だったが、その嫌みのない笑顔に”みこさま”も前垂れ越しに苦笑いするしかなかった。
サナの言ったこともやったことも──これまでの村の所業を棚に上げれば──酷いものだったが、それでも”みこさま”は怒る気にもなれなかった。
もう全てが終わったことなのだから。
だが正確には──まだ、終わっていない。
”みこさま”が改めて姿勢を正す。
ただそれだけで空気が張り詰めたように感じたサナは、カランビットを握る両手を体の前に構える形を──戦闘態勢を取った。
そうやって身構えるサナに対して、”みこさま”は敵意も恐怖も見せない。
”みこさま”は口を開きただ一言を──厳かに、告げる。
「私を殺してください」
予想外の──悲壮感も覚悟もなくただ淡々とした──言葉に、サナは一瞬虚を突かれた表情を浮かべて、反射的に問いかける。
「神様って、殺せるの?」
馬鹿正直な質問に”みこさま”は少し悩みながらも答える。
「分かりません。でも、ここまでやってきた貴方ならきっとできるはずです」
「あぁ~……」
その答えはバカでも分かるほど根拠が薄弱だったが、それでもサナはなんとなく納得できる気がした。
そして”みこさま”の要求は、そもそもサナが考えていたことでもある。
サナは意を決すと、カランビットを構え直して踏み出した。
”みこさま”はそのカランビットの刃に一瞬目を奪われるが、すぐにサナを──サナの目を、しっかりと見つめ直す。その視線は少女らしからぬ強さを持っていたがサナは臆することなく歩き続け、”みこさま”に手が届く──カランビットが届く距離で立ち止まる。
そして躊躇なく、右のカランビットが”みこさま”の首筋に突きつけられた。
”みこさま”の拍動が──神様にも心臓があるんだなとサナは考えていた──頸動脈を通してサナの右手に伝わる。
カランビットにほんの少し力が込められれば──おそらく──”みこさま”の生は終わる。
それが分かっているはずなのに、”みこさま”の拍動に変化はない。
サナが息を整える。
”みこさま”は静かに目を閉じる。
そして、サナは──
カランビットを”みこさま”から離して、少し怒気が篭った声を出した。




