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異常な光景だった。
とびきり異常な村にとびきり異常な訪問者が訪れたとびきり異常なループの中でも、それはスバ抜けて異常だった。
「いたい……! いたいぃぃ……!」
「どこだちくしょう! どこだ!?」
夜闇に無数のうめき声と怒声が響き渡り、まるで当てどもなくおっかなびっくり歩き回ったり、所在なさげに地面にうずくまったりする村人たち。
まるでゾンビ映画か何かのような光景だが、肝心の村人たちは──サナと遭遇した村人たちは、その光景を見ることができない。
もちろん彼らはゾンビではない。
だが彼らはみな、血の涙を流していた。
物理的に。
ほとんどの者が顔を横一文字に、少数の者がおおよそ縦方向に二回切りつけられて、みな揃って両の眼球を切り裂かれていた。
何よりサナが悪辣なのは、圧倒的な技量で眼球を切り裂きながらそれ以外の傷をほとんど負わせていない点だ。
結果的に村人たちはほぼ五体満足で、自由に動き回り、声を荒げ、痛みに呻き、武器を振り回しながら──しかし何かを見ることだけができない。
当然ながら、村のあちこちで小さな事故が多発する。
足を踏み外して田んぼに落ちる者。
自分と同じように五里霧中で動き回る誰かとぶつかって転倒する者。
風の音をサナの気配と勘違いしてナタを振り回す者。
そんなナタに運悪く肩を切り裂かれ、それが仲間によるものだとも知らずにナイフで応戦する者。
五感の一つを奪われるだけで人間はここまで無力になるのだと、村人たちは否応が無く実感させられていた。
そして、そんな凶行を行ったサナは──
「うん、やっぱりおいしい。なんかお腹は減らないけどおいしい」
隠れていた。
隠れながら、適当な家から拝借したおにぎりにパクついていた。
圧倒的に優位な状況なのに、サナは村人たちにトドメを刺すつもりがなかった。
最初、村人たちは暗闇の中でいつサナが襲ってくるのかと恐怖を抱いていた。
そしてすぐに、サナが早く襲ってきてくれないかと願うようになった。
時の進み具合を知ることもできない真の暗闇の中、村人たちはただ終わりが来るのを待ち続ける。
そしてようやく鈴の音が響いてきた時、彼らは安堵して──同時に、恐怖した。
彼らは、気づいてしまった。
このままループしたら自分たちは──また想像もできないほど恐ろしい目に遭わされるのではないか。
”みこさま”の鈴の音を待ち望みながら恐怖する矛盾。
そして世界は──
◆◆◆
「まだやんの? ……今度はおにぎりじゃないの食べよっと」
◆◆◆
もう村人たちはパトロールすらしていなかった。
ループが始まった瞬間、彼らは手近な家に殺到して素早く戸締りを始める。
もはや局地的かつ前触れのない台風が襲来したかというほどの慌てぶりだが、問題はその”台風”が知性を持っていることだ。
ある民家では、男も女も関係なく走り回って戸締りを確認していた。
「おい! 廊下の窓は閉めたか!?」
「見てくるわ!」
鬼気迫る様子の男に、包丁を握る女性が足早に向かう。
そうして襖を開けた瞬間、
「はぁい♡」
目の前にサナが立っていた。
別の民家では余裕をもって──他の家が襲撃されている間に──戸締りを完了することができた。
彼らは安堵しながら、なんとなく家の外周には居たくなくて家屋の中心にある居間に集まり、寄り添うようにしていた。
静寂、あるいは鼓動と呼吸音による喧騒。
だが突然──ガタッと音が鳴る。
ビクリと震えた村人たちだが、その音は一度きりしか鳴らなかった。
もしかすると幻聴かもしれない──そんなあり得ない希望に縋るほど村人たちは追い詰められていた。
だが、何か……何か気配を彼らは感じ取った。
頭上に。
寄り添う村人たちはみな、同じ疑問を抱きながらそれを口にする勇気がなかった。
彼らは考える──二階の戸締りは確認したっけ?
そして、階段が僅かに軋むような音を立てて数秒後──
「やっ☆」
ある民家では、玄関の戸を叩き続ける人影があった。
「あーそーぼー! あーそーぼー!」
こんな状況でそんなことを叫ぶ人間は一人しか存在しない。
一階だけでなく二階まで、さらにネコくらいしか通り抜けられそうにない小窓までしっかりと戸締りした村人たちは、もちろん答えることすらせずにただただ寄り添って震えていた。
「ちょっと作り過ぎちゃってぇ……死体! キャハッ」
不謹慎なジョークに怒鳴り返すほどの士気すら、もう村人には存在しない。
そうしてドンドンと玄関が叩き続けられて──突然、ぷっつりとその音が途絶えた。
前触れなく訪れた静寂に、村人たちは疑心暗鬼といった様子で顔を見合わせる。
一人、勇敢な女性が鎌を手に持ちながらそろりそろりと玄関へ近づく。
照明が消えた玄関、その引き戸の向こう側には──人影ひとつ存在しない。
もしかすると別の家を襲いに行ったのか──別の村人が殺してくれた等という希望的観測は、もう誰も抱けない。
女性は、ひとまず安堵の息を吐く。
だが、急速に足音が近づいてくる。
それに反応する暇もなく、引き戸のガラスに映りこんだ影が急に大きくなって──
ガラスをぶち破って投げ込まれた巨石に、女性の頭が粉砕された。
だが彼女はまだ幸運だった。
「ダイナマイトエントリー!」
ダイナミックエントリーという言葉を二重に間違えるサナに斬り刻まれずに済んだのだから。
民家に立て籠もる村人たちに対して、サナはあらゆる手段を使って殺戮を続けた。
閉め忘れた窓から、見落としていた二階から、破られたガラス戸から──あらゆる手段で民家に押し入った。
そして一度押し入られてしまうと、戸締りがされた民家は村人たちにとって檻へと変貌してしまう。
玄関に殺到して折り重なるようになった死体。
ガラス戸を突き破って血だらけになった死体。
押し入れに隠れたまま襖ごと斬り刻まれた死体。
そうして村人たちは理解した。
もう森どころか──この村自体が、危険な場所だと。
それでも
鈴の音が──
◆◆◆
次のループ。
村人たちは、全身を少しずつ斬り刻まれた。
彼らは自分たちの身体に流れる血液の多さに驚きながら、死んでいった。
◆◆◆
次のループ。
村人たちは両腕の腱を切られたが、今回は足の腱は無事だった。
そうして始まったのが地獄の鬼ごっこ。
何人かはすぐに諦めて──その後の殺され方を見て、残りの村人たちはさらに必死に足を動かした。
◆◆◆
次のループ。
蹂躙。殺戮。鈴の音。
◆◆◆
蹂躙。
◆◆◆
蹂躙
蹂躙
蹂躙蹂躙蹂躙蹂躙蹂躙蹂躙蹂躙蹂躙蹂躙蹂躙──
◆◆◆
そして
鈴の音が響き
村人たちは──諦めた




