5-3
「いてぇよぉ……だれかぁ……」
「ちくしょう! どこだぁ!?」
村人たちは混乱していた。
基本的に明確な指揮系統が存在しない彼らはこれまでその点を”弱点になり得る頭が存在しない”という利点にすり替えてきたが、自分たち以上に殺人に躊躇がなく、自分たち以上に殺人が上手い存在に直面したことで誤魔化しが効かなくなってしまったのだ。
どこにサナが潜んでいるか分からず、どこに隠れていてもサナに見つけ出される。
一人だけでは成す術なく、固まっていても引っ掻き回される。
正解のない問題を目隠しで解かされるような無理難題。
もはや村人たちは地の利も数の利も活かすことができず、ただ無秩序に散らばり怯えながら右往左往するしかない。
しかも、今回のループはそれだけでは終わらない。
「助けて、誰か助けてください……」
「いっそ殺しやがれ! ちくしょう!」
殺されないのだ。
もちろん村人たちの能力が向上した訳ではない。
ただただ、殺されない。
今もまた一人の男が、二振りのカランビットによる二連撃の二セットで瞬く間に両手足の腱を切断され、抵抗すらできずに地面に倒れこむ。だがその凶行を行ったサナは、これまでとは違ってトドメを刺さずに次の犠牲者を目指して走っていく。
最初、村人たちはそれをサナの疲労の表れだと考えた。
殺しても殺しても終わらないループに疲れ切って、もう殺しきる余力すらなくなったのだと。
だが彼らはすぐに疑問を抱く。
そんな疲れ切った人間が果たして──ここまで正確に戦闘能力と歩行能力だけを奪い続けることができるものか、と。
そうして、これまでのような肢体とは違って戦えず動けない生きているだけの人間が村のあちこちに横たわるようになって、村人たちはようやく思い知った。
これは疲れ切った人間の異常行動ではなく、血に飢えた獣の計算的な凶行なのだと。
「痛い……いたい……」
「ぅぅ……ぅぁ……」
うめき声の合唱が村を包み込む。
的確に手足の腱を切られた村人たちは立ち上がることはおろか這いずり回ることすらできず、ただ倒れた場所で芋虫のように身体を揺らすことしかできない。そんな無力感と絶望の中で感じ取れるのは、同じような状態になった仲間のうめき声と延々と流れ続ける自らの血の生暖かさばかり。
ただ死を待つだけの無意味な時間。
地獄のような時間。
それは、まだ無傷の村人たちにとっても同様だった。
「くそっくそっくそ! 出てこい!!」
仲間の惨状に対する怒りと、自分たちもいずれそうなるという危機感のおかげで彼らの闘志は当初意外にも高かった。
だがこの世には、闘志だけではどうにもならないことがある。
背後から、物陰から、稲穂の波から、塀の後ろから、木の上から、屋根の上から──
ありとあらゆる場所からサナは襲ってくる。
そうしてそれを警戒するためにあちこちに目を向けると──
「ぅ、ぁ……」
「ぃ、たぃ、ぃぃ……」
嫌でも仲間の惨状とうめき声が思考をかき乱す。
仲間が助けを求めてくるのに何もできない無力感。
そして一秒後には自分も同じ状態になるかもしれないという危機感。
異常な村の異常な村人たちでも、そんな形の無い苦痛に耐えられる精神は持っていなかった。
そもそも助けたくても、彼らには治療の術も無いのだ。
この村は”みこさま”の加護で成り立っていた。
病、怪我、災害、飢饉。
そういった危機から”みこさま”の力で護られてきた村人たちは、しかしそのせいで生きるために必要な術を限定的にしか持ち合わせていなかったのだ。
村人たちはこれまで”悪意”から護られてきた。
だがサナという存在は、久しく村に訪れなかったとびっきりの”悪意”だった。
異常な村は、今や地獄の様相を呈している。
そうしてまた
鈴の音が
うめき声を覆い隠そうと
世界は──流転する
◆◆◆
「……まだ足りないの? ──あぁもう! ならとことんヤってやろうじゃん!」
◆◆◆
今度のループではどんな凶行が行われるのだろうと戦々恐々していた村人たちは、拍子抜けしていた。
サナは前回と同じように、村人たちの手足を斬り刻み行動不能に追い込んでいった。
もちろん村人たちに対抗する術はないが、しかし二番煎じの凶行であれば受ける衝撃も少なく、またサナの手詰まり感を感じ取ることで余裕すら生まれていた。
そしてすぐにそれが勘違いだったと思い知らされる。
なんとなく集まった数人で森をパトロールする男たち、その手足を死角から奇襲したサナが斬り刻んで行動不能に追い込んだ。
そしてサナは彼らを放置してその場を離れようと──しない。
倒れたまま困惑する村人たちの視線を一身に浴びながら、サナは可愛らしく人差し指を立てて──血まみれのカランビットを握ったままだが──彼らを順繰りに指さしていく。
「んぅ~と、だ・れ・に・し・よ・う・か・な、か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り、っと」
その人差し指がピタリと一人の男を指さす。
その男も他の男たちも状況を理解できないが、もちろんサナは何の説明もせずにその男の体を跨ぐようにして腰を下ろし、いわゆる馬乗りの形になる。
そしてサナは、目を白黒させる男に対して満面の笑みを浮かべて──
両のカランビットの、刃ではなくフィンガーリングを男の顔面に突きつけた。
そして──地獄が始まった。
「いーちにーさーんしー」
「がっ! ぃぎっ、ゃ、やめ──」
気の抜けるサナの声と共にカランビットのフィンガーリングが、左右交互に男の顔面に叩き付けられていく。
金属と人体──皮膚や肉や骨がぶつかる耳障りな音とくぐもった悲鳴が、星明りに照らされる森で奇妙なアンサンブルを奏でる。
「んっ、はっ、ほっ」
「…………」
何となくで数を数えていたのにそれにすら飽きたサナは、リズムだけは保ちつつ適当に殴り続ける。
金属と骨がぶつかる耳障りな音ばかりが響いて、悲鳴はもう聞こえない。
とうに男は息絶えていた。
サナはダメ押しとばかりに強烈な右の一撃を叩き込むと、血まみれの両手も気にせず立ち上がる。
そして──まだ生きている男たちに視線を向けた。
「っ!」
痛みに呻きながらもサナの行動から目を離せなかった男たちは、その視線の意味に気づいて息を呑む。
サナが探しているのは、次の犠牲者だ。
「どーいーつーにーしーよーおーかーなー……」
見た目だけは美少女の殺し屋が、返り血があっても一目惚れしそうなほどの笑顔を浮かべて、カランビットと同じくらい血に塗れた指を振りながら、可愛らしい声で犠牲者を物色する。
倒れた男たちは、その指先から視線を離せない。
そしてサナの指先が──誰も指し示さず、中途半端に宙をさ迷った。
「ヤッバ、時間かけすぎた」
困惑する男たちを尻目にサナはそう吐き捨てると、何の躊躇もなく走り出してあっという間に男たちの視界から消えた。その気配までもが消えた頃、ようやく村人たちが現場に辿り着いた。
「おい! 大丈夫か!」
「ぁ、あぁ……」
倒れていた男たちは痛みも忘れて安堵する。
だが──
「こっちに行ったみたいだ!」
「追うぞ!」
やってきた村人たちは、サナの痕跡を見つけるとすぐにそちらを追いかけて行こうとする。
「っ!?」
倒れていた男たちは愕然として──だがすぐに気づく。
村人たちにとって死は永劫の死ではない。だから倒れた仲間を置いていくのは何もおかしくない。
だが、それは、今回に限れば──サナによる撲殺劇の標的として置かれ続けるということなのだ。
「っ、ま──」
倒れた男たちはなんとか制止しようとするが、やる気に──まだ、今のところは──満ち溢れている仲間たちはサナを追って森へと消えてしまう。
そうして残された男たちは……激痛すら忘れるほどの大きな恐怖に包まれる。
ほとんど身動きもできず、いつか訪れる失血死まで待つ恐怖。
気まぐれにサナがやってきて、気まぐれに死ぬまで殴打される恐怖。
相反しながらしかし両立してしまった二つの恐怖が、倒れた者たちの精神を削っていく。
その夜も──今回のループもまた、村人たちはサナただ一人に蹂躙された。
しばらくは悲鳴が響いたが、鈍い音が響くたびにだんだんと静かになり、そして村は静寂に包まれる。
あるいは、そのループは数多のループの中でも静穏な夜だったかもしれない。
ただ、村人たちの恐怖は計り知れなかった。
そして鈴の音が
響き渡り──
◆◆◆
「……え、まだヤんなきゃなの? あー……アレ、やっちゃうか。ちょっとヤなんだけどさぁ──グロいし」




