5-1
サナと”みこさま”以外は虚無に満たされた謎の空間。
あまりにも異常な空間だが、こうも繰り返されるとサナはこの空間にどこか懐かしさすら覚えていた。
しかし今回、サナはそんな異常で慣れ親しんだ空間にどこか違和感を覚えていた。
バカであることを差し引いてもサナには──人の身では言語化は難しかったが、言ってしまえばこの空間は、
壊れかけている。
だがサナが沈黙したままなのはその違和感のせいだけではなく、これまで超人然として人間味のなかった目の前の”みこさま”から放たれる、明確な殺気のせいだった。
あるいはサナがバカでなければ──そのまま精神的に押し潰されていたかもしれない。
それほどまでに”みこさま”は、濃厚な殺気を漂わせていた。
だがバカであっても殺気を向けられることには慣れていたサナは、その殺気に怒りや焦りのようなものだけでなく……どこか、哀しみも混じっていることを無意識に感じ取っている。
そうして、”みこさま”が告げる。
「もう、諦めて」
その声音は、”みこさま”と村人に慕われるような存在でもこれまでサナに見せてきたような態度でもなく、まるで年相応──見た目相応に幼い子どものような声。
「……」
異常な村にループという形で閉じ込められてここまでずっと殺し続けのサナだったが、幼い少女からの非難の声はなぜか心の奥底に深く突き刺さった。
その沈黙をどう受け取ったのか、”みこさま”はなおも続ける。
「私は村を護りたいの。村の皆を護りたいの。あなたがどれだけ頑張ってもこのループは終わらない。いつかあなたは──死ぬ。だからこれ以上、無駄なことはしないで。村の人たちを、もう……殺さないで」
最後の言葉は、どこか絞り出すようなものだった。
ふと、ほんの一瞬──本当に一瞬だけ、サナはその言葉通りに「死んでやってもいいかな」と考える。
サナはバカで、殺し屋だ。
そう開き直って生きてきた。
それでも自分が悪人だということをサナは自覚している。
そんなどうしようもない犯罪者が死ぬことで他の大勢が救われるというなら、それはきっと素晴らしいことではないだろうか──サナはそんなことを考える。
そんなことを考えさせるほどに、”みこさま”の言葉は切実だった。
だから、サナは言い放つ。
「いや知らんし」
その言葉に”みこさま”は目を見開くが、サナは全く気にせず捲し立てる。
「あのねみこっち? 先におそってきたのそっちだよね? わたしはそれに”てーこー”してるだけ! これは……ほら……そうそう! “せーとーぼーえー”ってやつ! わたしはね、被害者なの!! ねぇみこっちぃ、わたし、なにかおかしなこと言ってる?」
殺し屋が正当防衛などと宣う時点で異常な話だが、そもそもループしながら犯罪者を生贄にする村という時点で異常なのだ。
故に今のサナは、一点の曇りもなく自分が正しいと考えている──確信している。
それを感じ取った”みこさま”が、悲痛な声で食い下がる。
「でも! ……でも、もうあなたが死なないと村は終わってしまう! あなたが生贄を殺してしまったからもうそうするしかない!」
「あれはわたしのエモノだしー! なんだっけ、ダブルブック? カブっちゃったもんは早いもん勝ちでしょ!」
「そういうことじゃなくて……!」
「そういうことでぇーす!!」
開き直ったサナに”みこさま”の言葉は通用しない。
だがそれでも”みこさま”に口を閉じるつもりはない。
「……これ以上、苦しむのは見たくないの」
「みこっち……?」
村と村人を護るために、そして──おかしな話だが──サナ自身も無意味に苦しまなくて済むように。
「あなたがこれ以上頑張っても、ループは終わるまで繰り返される。そうしたら村の人たちだけじゃない、あなただって苦しみ続けることになる。どの立場で言ってるんだろうって、思われても仕方がないけど……これ以上あなたも、無意味に苦しみ続ける必要は──」
「ねぇみこっち、村の人たちも……苦しんでるの?」
”みこさま”の言葉を遮るサナの問いかけにはしかし、不敬という概念を無視できるほどの真摯さが籠っていた。
これまでのサナの言葉とのあまりの落差に”みこさま”は少し呆気に取られ……そして、コクリと頷き告げた。
決して、サナに言ってはいけなかった言葉を。
「村の人たちは死なない、死んでも生き返る。でも、それだけで感情はある。あなたに殺される度に苦しんでいる。生き返るからって、苦しまない訳じゃない。だから……」
「……そう、わかった」
”みこさま”の言葉に、サナもまたコクリと頷いた。
その返答に嘘がないことは明白で、”みこさま”はようやくといった様子で安堵に顔を綻ばせる。
そうしてサナは、力強く宣言した。
「じゃあもっと苦しませればあきらめてくれるってことね!」
満面の笑顔で。
最悪の意思表示を。
「…………ぇ」
凍り付いて言葉に詰まる”みこさま”を無視して、最悪の気付きを得たサナは水を得た魚のように生き生きと語り出す。
「わたしもさ、ただ殺すだけじゃちょっと飽きちゃったんだよね……だから気分を変えないとね! ほんとありがとねみこっち! 大事なことを教えてくれて!」
サナは全く嘘偽りなく──嘲りや皮肉すらなく──満面の笑顔で”みこさま”にそう言った。
”みこさま”はようやくそこで、自らの失言に気づいた。
「ぁっ、ちが──」
”みこさま”は何かを間違えてしまった。
決定的に、間違えてしまった。
「じゃあまたね! みこっち!」
「待っ──」
”みこさま”の──後悔の──声は届かず。
空間が、壊れる。
◆◆◆
何かが、おかしい──もはや慣れたループのはずなのに、村人たちはみな違和感を覚えていた。
今回のループでは車が突っ込んでくるようなことはなく、どこかで火の手が上がることもなく、ただ静かに時間だけが過ぎていく。
何より驚くべきことに、まだ誰も死んでいない。
村人たちは違和感を抱えながらも油断せずに待ち構えているが、しかし何も事態が動かないまま待ち続けるという行為は、異常という日常に慣れた彼らでも精神的に消耗するものだった。
痺れを切らした数人が、仲間の制止も聞かずに村の外へ続く道路に向かったが、みなの予想を裏切って彼らはすぐに首を傾げながら──無傷で──戻ってきて、自分たちが見たものをそのままに告げた。
曰く──「無人の車が放置されていた」と。
同じようなループなのに、サナの存在だけが見当たらない。
不可思議な状況だったが、しかし村人たちはそこまで悲観的には考えていなかった。
彼らが考える最悪の状況はサナがこの村から脱出することであり、そしてそんなことは不可能である。
故に彼らの大勢はこう考えた。
いくら抵抗してもループが終わらないから諦めてしまい、森のどこかにじっと隠れ潜んでいるのではないか──と。
それは楽観的に過ぎると思う少数のシビアな者たちは、こう考えた。
何か抵抗する手段を考えるために時間稼ぎをしていて、そのために森に隠れ潜んでいるのではないか──と。
だがどちらの考えを取るにせよ、獲物がじっと隠れ潜んでしまう状況は滅多にあることではないにせよ村人たちにとって未知の体験という訳ではなかった。
故に男たちは、慣れた様子で自分たちのグループを二つに分ける。
片方のグループは村を囲む森へと向かい、隠れているであろうサナを狩り立てる。
もう片方のグループはそのまま村で警戒態勢を取り、サナが彼らの予想を覆して奇襲を仕掛けてくる可能性に備える。
彼らは決して油断していなかった。
だが、イレギュラー続きのループを繰り返した中でようやく訪れた慣れた状況に、彼らの精神はほんの少しだけその緊張を弛緩させていたのだ。
そうして仲間たちが森のなか消えていくのを見送った者たちは、少しリラックスした様子で警戒を続けていた。
敵が存在する状況では緊張状態を保つことが大事だが、普通の人間はいつまでも緊張状態を保ち続けることはできない。それはこの異常な村でも同じことであったようで、彼らのなかには仲間に笑顔を見せる者たちも現れた。
だがそうして時が経つにつれ……彼らはだんだんと緊張を漲らせるようになり、そしてとうとうこれまでにないほどの──焦燥感を漂わせるようになっていく。
何かがあった訳ではない。
何もなかったのだ。
村を囲む森、その鬱蒼とした木々の隙間からは誰何の声も、歓声も、怒声も──悲鳴すらも響いてこない。
多くの男たちが踏み入ったはずの森は、まるでそこに誰も存在しないかのように静まり返っている。
村に残った方の男たちはそれぞれ顔を見合わせ、とりとめもない会話を交わしながらチラチラと森の様子を窺っている。
だがやはりそこには──動きも、光も、音も、何もない。
そんな静寂にとうとう耐えきれなくなった者たちは、特に示し合わせた訳でもないのに誰からともなく森へと向かって歩き出す。
その計画性の無さを示すように、彼らは何となくといった様子で散らばりながら、それぞれバラバラに森へと足を踏み入れた。
──そこで何が待ち受けているかも知らずに。




