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女装暗殺者サナの血塗られた受難、あるいは神に愛されし呪村  作者: RYO
4章 下は大火事、上は大水、地に殺し屋、天に神

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4-4

 まだ雨は止まない。


 つまり火災もまだ収束しておらず、徐々にだが村はまた炎に包まれつつある。

 そしてそんな炎の侵攻よりもなお早く、サナの殺戮劇が村を蹂躙していく。

 当初、サナのカランビットが切り裂くのは刃物や鈍器を持った男性だけだった。しかし段々と包丁等を握った女性が混じるようになり、そして今では犠牲者はほぼ女性だけになった上にハサミのような武器らしからぬ武器まで握るようになっていた。

 それはサナを迎え撃とうと血気盛んだった男たちがほとんど死に絶え、対照的に家に籠っていた女たちが迫る火の手によって()()()()()()いったからに他ならない。

 しかしサナはそんな細かいことにはまるで執着せず、ただただ目についた人間を片っ端から切り伏せ、ねじ伏せていく。そして村中に点々と転がる死体を、後から到達した炎が遅ればせながら()()していく。

 そうして無軌道にサナは進み続ける、だが──


「あー!?」


 少し先に転がっている死体を見て、サナは思わず驚きの声を上げた。

 首を切り裂かれて死んでいる男性の死体。それは明らかにサナが殺した死体だったが、しかし()()()()()サナに殺した記憶がない。

 それはサナが前のループで最後に殺した男。

 サナが依頼を受けた標的であり、本来この村で生贄になるはずだった男。

 その外見は、前のループでサナが殺した時とほぼ変わっていなかった。

 それはサナにとって──良い報せであり、悪い報せでもある。


 良い面──同じ標的を二度も三度も殺さなくてよくなったこと。

 悪い面──村の外から来た男が死んだままであるということは、同じように村の外から来たサナももし死んでしまったら、そこで()()()という可能性が高い事。


 つまりほぼほぼ悪い報せだが、サナは──

「ラッキー! こいつだけ死んだままじゃん!」

 ──楽観的だった。

 そもそも死んだら終わりというのは人間なら当たり前の話だ。

 ましてや命のやり取りをしている殺し屋であれば尚更だ。

 故にサナは何も変わらず──むしろ気持ち軽くなった足取りと攻撃で──村人を殺し尽くすために動き続ける。

 


 だが終わりはやってくる。

 


 さほど広くない村でそれほど人口も多くないのだから当然の流れだが──サナの視界内から、敵はほとんど消えてしまった。

 代わりにその目に映るのは、村と村人のほとんどを焼き尽くしてもなお収まらない炎と、心なしか弱まってきた雨。

「……あれ? これ、ヤバくない?」

 サナはまさに冷や水を浴びせられていた。

 火は平等であり、無差別である。

 ここまでサナを助けてきた炎も、こうなってしまえば村人たち以上に危険な敵でしかない。

「さいっ──あく!!」

 弱まりながらも振り続ける雨によってずぶ濡れになりながら、これまでの村人たちと同じように炎に追い立てられるように走り続けるサナ。

 道も何も無視して逃げ続けるサナだったが、とうとう炎に追い詰められて手近な門に飛び込もうとする。


 その瞬間、門から人影が飛び出してきた。

 炎に照らされてその手元の包丁がキラリと煌めく。


「わぁっとぉ!?」

 サナは間抜けな声を上げながらも体だけは的確に動かす。

 軽く跳躍しながら、突っ込んでくる()姿()の女性の肩から背中辺りに両手を突いて上から()()()()()。軽めとはいえ男性の体重をかけられた女性は、濡れた地面で足を滑らせて顔から地面に突っ込む。

 さらに追撃しようとしたサナは、しかし突っ伏した女性が断末魔を上げたことで思わず動きを止めた。

 女性の身体の下から大量の血が流れ出て雨水と混ざる。倒れた拍子に自らの包丁で腹部を深々と突き刺してしまったらしい。

「あー……なんだっけ、ご、ご冥福?」

 ご愁傷様という言葉が出てこなかったサナは、何となく気の毒になってそのまま女性を放置して──燃え盛る炎に追い立てられるようにして門のなかへと飛び込んだ。


 その庭は広々としていて、池もあるおかげで火災に対してはまだしばらく安全そうだった。だが庭木や家屋にも火は回り始めており、残り時間が短いのは明白だ。

 そんな庭に入った瞬間、サナは既視感を覚えていた。あちらこちらを炎の赤が塗りつぶしていても、この庭の風景をサナは確かに覚えている。

 そしてその既視感の理由は──庭に立って刀を構える、袴姿の男によって明らかになった。

「……なーんだ、ここ、”村長”さんちじゃん。あれ、まだ殺してなかったけ? あとほら、”みこさまーみこさまー”って言わないの?」

 嘲るようなサナの言葉に、”村長”はただ刀を正眼に構えることで答えとする。

 その様子に拍子抜けした顔を見せるサナだったが、すぐに笑みを浮かべて自らも両のカランビットを構え直す。

「いーじゃん、そっちのがやりやすい」

 それぞれ炎を背負い、雨に降られながら対峙する。


 片や、カランビットを両手に構える地雷系女装男子。

 片や、日本刀を構える袴姿の男。


 あまりにも奇妙な取り合わせを、気にするような人間はここにはいない──もうこの村にはいない。

 燃え盛る炎と雨音で周囲は騒々しい音を立てているが、二人の耳に届くのは己の心音と息遣いだけ。

 騒音の中の静寂という矛盾。


 そして──二人は同時に動き出す。


 正眼の構えからそのまま体のバネを利用して突き出される刀が、サナの上半身を狙う。

 一発食らえば致命傷は確実なその刃に、サナは顔色一つ変えず右のカランビットをフォアハンド気味に振るう。

 鋼がぶつかり火花が散る。

 鎌刃で引っかけるようにして刀の軌道を逸らしたサナは、”村長”の左手側に回り込むようにして接近する。

 だが”村長”は足を引いてコンパクトに刀を戻すと、そこから反動をつけて一気に踏み込みながら右下から左上へ勢いよく刀を斬り上げる。

 それに対してサナは無理せずバックステップで距離を取り、一旦刀のリーチから逃れる。

 ──仕切り直し。

 一呼吸置いて、二人はまた同時に動き出した。

 


 土埃が舞う。

 火花が散る。

 いつの間にか雨は止んでいた。

 そして二人が打ち合う間にも、その最後の安全地帯を炎がじわじわと塗りつぶしていく。

 そんな狭苦しい空間を二人は縦横無尽に動き回り、刃を振るい、ぶつけ合い、避けていく。

 どちらも決定打はない。

 だが炎という目に見える時間制限がある以上このままでは共倒れであり──それは共倒れとは名ばかりでサナの一方的な敗北を意味する。


 故に、”村長”は目元に余裕を漂わせている。

 対するサナの顔に、しかし焦りの色はない。


 何度目かの仕切り直しで、二人は申し合わせたかのように見つめ合う。

 もはや熱気は常人が耐えられないほどになっていたが、どちらもそれを表情に出しはしない。ただ流れる汗だけが過酷さを物語っている。

 そして──ふと、サナが姿勢を変えた。

 右のカランビットを極端に前に出し、引いた左のカランビットをほとんど自分の身体で隠す、腰を低く落としたまるで空手家のような構え。

 これまでとはかけ離れた構え方に、”村長”は刀を上段に構え直した。サナがどんな攻撃を仕掛けてこようと、()()()()()()斬り捨てるつもりなのだ。


 両者、しばし静止。

 そして──サナが動き出す。


 姿勢をほぼそのままにすり足のような動きで素早く接近するサナに、しかし”村長”は刀を僅かも揺らがせず待ち構える。

 サナがどれだけ早く動こうとその得物が刃物である以上、”村長”は待ち構えるだけでいい。そして同じ刃物でありながらリーチは刀の方が圧倒的に上。

 もちろんそれだけで勝負が終わるとは”村長”も考えていない。振り下ろした刀をサナが避けるか、受けるか、それとも受け流すか──その後の展開まで考えている。

 たったひとつ”村長”が見落としていたのは、サナが体で隠す左手のカランビットが指とリングを軸に高速で()()していたこと。

 そして刀のリーチにサナが飛び込む──直前。


 サナの左手が前に出るのと同時、()()()()()()()()()()()()が回転しながら”村長”の顔に襲い掛かった。


「っ!?」

 顔面に飛んでくるカランビットに”村長”が反射的に視線を合わせて()()()、構えていた刀を咄嗟に振り下ろして()()()

 ガツンと音を立ててカランビットが弾かれる。

 だがもちろんサナの本命はそれではない。

 ”村長”もそれが分かっているから、振り下ろして()()()()刀をなんとか攻撃に繋げようとする。

 だがサナはその刀をブーツで踏みつけ、そのまま前方へ飛ぶ。

 一瞬、空中のサナと”村長”の視線が交錯する。

 そこに込められていた感情は何だったのか。

 サナの右手のカランビットが、”村長”の右頸動脈を切断した。

 

「……はぁぁ」

 噴水のように血を吹き出しながら地面に倒れる”村長”を見やって、サナは張り詰めていた息をようやく吐くことができた。

 手元で回転させたカランビットをその勢いのまま相手に飛ばす、まさに離れ業。

 実のところこれで標的に刃を突き刺すことができた実績はほとんど無いのだが、それはサナだけの秘密である。

「あ、カランビットカランビット……」

 そこでようやく思い出して、サナは投げつけたカランビットを探す。

 すぐに地面に落ちているのを見つけたサナはそれを拾い上げて──

「あっつぅ!?」

 思いがけない熱に危うく取り落としそうになる。

 そこでようやく、サナは現状の危機的状況を思い出した。

 いまこの瞬間、炎は最後に残されたこの空間まで飲み込もうとしている。

「あっつ! マジあっつ!」

 倒れ伏す”村長”の遺体すら早くも燃え始めている。

 サナは周囲を見回す。

 既に庭木も燃え上がり、家屋でさえも今にも倒壊しそうなほどだ。

 そしてそれらが崩れ落ちようとする先は──今まさにサナが立っている空間。

 もう一刻の猶予も無い。

「ああもう──サイアク!!」

 サナは素早く駆け出す。

 とうとう最後の空間が炎に飲まれる瞬間、サナは勢いよく空中へ跳躍して──

 

 池へと身を投じた。

 

 水面を炎が照らす

 水中はどこまでも暗い

 人工の池なのになぜか深さは計り知れない

 そんな

 どこか懐かしさを感じる空間で

 サナは確かに

 鈴の音を──

 

 世界は──流転する


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