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「あいつなんてことしやがるっ!?」
「殺せっ! 殺せぇぇ!」
火に焼かれていく村への嘆きは凶行の主であるサナへの怒りに変換され、男たちはますます殺気だって武器を振り上げる。
しかし、村のためならその手を汚すことどころか自らの──一時的な──死すら厭わない彼らであっても、”火”という原始的な恐怖に対してはあまりにも無力であり、平常心でいられるはずがなかった。
炎の熱と煙に浮き足立った男たちは殺意だけが空回りして、半ば思考停止状態で右往左往するばかり。
そしてその状況をサナが見逃すはずがない。
熱も煙もものともせず、むしろ自らの利として走り続け、襲い続ける。
サナと炎に奇妙な挟み撃ちを食らった男たちは、それでも闘志を緩めない。
「おい! どうすんだよこれ!?」
「いいから探せ! ヤツを探せ!」
「消火しなくていいのか!?」
「みこさまを信じろって!!」
だがサナはその声すら利用してしまう。
熱と煙と稲穂のなかでもその声を頼りに接近して葬り去り、また別の声を頼りに走り出す。
炎に気を取られてあらぬ方向へ顔を向けている男には、その背後を取って両手のカランビットを”シェイク”するように振るい腎臓をズタズタにする。
接近するサナと近づく火の手の脅威のどちらに対処すべきか逡巡した男には、ナイフを持ったその手首をカランビットで深く切り裂いて無力化してから腹部を一閃する。
やたらと声を張り上げながら無暗に鎌を振り回している男には、稲穂にほとんど隠れたまま足首を切り裂いて転倒させてから頸動脈を切断する。
熱のせいか恐怖のせいか大量に発汗しながらナタを振り回している男には、カランビットでナタを弾き飛ばしてから無慈悲に胸部を斬り刻む。
サナの快進撃はなおも続き、倒れた男たちの死体を広がる炎が飲みこんでいく。
だが、しかし、それでも──
「みこさまのために」
「みこさまのために」
──それでも男たちには絶望も焦りも無い。
怒りや嘆きや殺意といった様々な表情を見せる男たちの顔に、ただ諦めだけが存在しない。
そして、その理由はすぐに明らかになる。
◆◆◆
最初にそれに気づいたのはサナだった。
顔に返り血ではない冷たい雫が飛んできたサナは反射的に空を見上げ、そして思わずといった様子で苦笑した。
「やっぱり来やがった!」
急速に──気象用語などではなく文字通り、まるでタイムラプス動画のように発達していく雨雲が村を覆い始める。それは夜闇を火災の煙がほとんど覆ってしまっている状況でもサナの目にはっきりと映っていた。
そして村人たちもそれに気づき──歓声を上げる。
「みこさまだ!」
「みこさまのおかげだ!」
彼らの上げる歓声に応えるようにして、土砂降りという言葉では生温いほどの雨が降り出した。
夜闇や炎、そして煙までをも覆い隠すほどの雨のカーテン。
まさに神の恵みたる雨は、村人もサナも田んぼも畑も──生者も死者も関係なく等しく降り注ぐ。
しかしこの村にとって、恵みとは常に災厄であった。
先ほどまで村を舐め尽くそうとしていた火勢は、突然の大雨によってその勢いを弱まらせる。
男たちは雨粒を全身に受けながらも歓喜の声を上げる。
「みこさまのために!」
「みこさまのために!」
これまでにないほど士気を上げた彼らは、それぞれに武器を掲げながら田畑を突き進む。
──それが地獄の始まりとも知らずに。
最初、彼らは雨でも冷めないほどの熱を帯びていた。サナの姿は見つけられていないが、村から逃げられない以上あとは時間の問題だと考えていた。
少しして、サナの背中すら見つけられない苛立ちも手伝って雨の冷たさが段々と癪に障ってくる。もはや彼らは水中にいるのと変わらないほどずぶ濡れになっているが、雨が止む気配はない。
そして、体温の低下が無視できなくなってきた頃に男たちはとうとう疑問を抱く。
──なぜ雨はまだ止まないのか。
──なぜ火災はまだ収まらないのか。
周囲と文字通り隔絶されてきた彼らに分かるはずもなかった。
ガソリン火災は消火が難しいこと。
発炎筒は大雨程度で消えるものではないということ。
火種と燃料が揃った火災がそうそう簡単に収まるはずがないという──単純な事実。
そうして男たちは気づいた。
自分たちがいつの間にか散り散りになってしまっていることに。
そして勝手知ったる村であるはずなのに、雨と煙に覆われた視界では自分がどこに居るかすら把握できない。
もちろん──サナがどこに居るのかも。
一人の男が周囲を見回す。
視界はほとんど雨と煙に覆われているが、少し離れた場所に点々と仲間たちの姿が見えていた。
ずぶ濡れになりながらも安堵の息を漏らした男だったが、突然響いた悲鳴にビクリと顔を向ける。
その視線の先──先ほどまで仲間がいたはずの方向から、人の気配が消えている。
まるで馬鹿みたいに口を開けてぽかんとしていた男だったが、すぐに状況を飲み込んで自らの得物──大振りのナイフ──を構える。
彼はじっと目を凝らして、先ほど悲鳴が聞こえてきた方──先ほどまで仲間がいた方を睨みつける。未だにサナの姿は見えないが、彼は決して何も見逃さないつもりでいた。
だが気概だけではどうしようもないことがある。
再び──あらぬ方向からの悲鳴。
男は弾かれたように顔をそちらに向ける。
やはりまた、先ほどまで居たはずの仲間が消えている。何の動きも、悲鳴以外の痕跡もなく、まるで……最初から居なかったかのように。
緊張と恐怖のあまり、男の顔が泣き笑いのように引きつる。
ナイフを握るその手にも知らず知らず必要以上の力が込められている。
そうしてまた──悲鳴。
反射的に振り向く前から男には分かっていた。そしてその予想通り──また──仲間が、居なくなっている。
「み、みごさまの……だめに……」
言葉が震えるのは寒さのせいだけではない。
もう男はパニックになっていた。
頭と視線をせわしなくあちこちに振り向ける。視界の悪い状況でそんな警戒の仕方は逆効果だが、そんな考えにも至れない。
そしていつの間にか──男は一人になっていた。
どこを見回しても自分以外誰も存在しない。
叫び声が男の耳に届いた──それは自分自身の声だと彼はすぐに気づけなかった。自分でも意味のないことを叫びながら、無意味にナイフを振り回す。運悪く”巻き込まれた”稲穂が宙に舞い、どこかへ吹き飛んでいく。
だが、そんな狂ったダンスのような狂乱も長くは続かない。
息が上がってしまった男は肩を大きく揺らしながら、頻繁に肩越しに振り返って血走った目で死角を警戒する。
故にサナは真正面から襲い掛かった。
「なっ──」
奇襲を警戒していた男に対する、”真正面からの突撃”という奇襲。
男は反射的にナイフを振るうが、その単純な軌道にサナは難なくカランビットを合わせる。
鋼と鋼が空中でぶつかって火花が散り──雨と汗で濡れた男の手がグリップから滑る。
「あっ!?」
弾き飛ばされたナイフは闇と煙と雨の中へ消え、男は情けない表情でその軌跡を追ってしまう。
対してサナは、フィンガーリングを利用してしっかりと握りしめたカランビットを容赦なく──振るう。
男の意識は、すぐに途絶えた。




