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女装暗殺者サナの血塗られた受難、あるいは神に愛されし呪村  作者: RYO
序章 殺し屋来りて鈴が鳴る

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 街灯も存在しない山間の道路を、丸っこいフォルムをした黄色い軽自動車のヘッドライトが切り裂いていく。

 

 その道路は一応は舗装されていたが経年劣化のせいかやたらとデコボコしていて、コンパクトな軽自動車でもすれ違いが難しそうなほどに狭く、おまけになんとガードレールすら存在していないので運転手は──暗めのピンクとグレーを基調としてあちこちにフリルが施された、地雷系とロリィタを中途半端に混ぜたような趣味丸出しの服に身を包み、茶色の髪をショートボブにした運転手は、思ったようにスピードを出せない苛立ちのせいかずっと眉間に皺を寄せて前方の道路を睨むように運転していた。

 ハンドルを操る両腕は薄手でグレーのロンググローブに包まれていて、車が揺れる度に首元や肩のフリルが存在感を強調する。グレのスカートから伸びる黒いストッキングを履いた足は、サイドジップのブーツ越しにひっきりなしにペダルを操作していた。

 その顎で、黒いウレタンマスクが所在なさげにしている。

 そんな外見には似合わず運転には慣れている様子だったが、道路状況の悪さと夜間という時間帯を考慮してか推定される制限速度から──道路標識はもう随分前から現れなくなっていた──十数キロほど落として巡航していた。

 

 運転手のそんな用心深さが功を奏した。

 

 闇を切り裂くヘッドライトの真正面、道路の中央に()()()()()()()()

「うぇぇぇ!?」

 運転手は珍妙な──少し低い──声を上げてブレーキを一気に踏み込んだ。

 甲高い音を立ててロックされたタイヤが滑るが、速度が抑えられていたおかげか車は無事に停車。

 衝撃も衝突音も感じなかったので、運転手は安堵から一瞬天を仰いだ。そしてすぐ視線を戻して怒りの声を上げる。

「ちょっとあんたいった──ぃ……?」

 だがその声は尻すぼみに途切れた。

 ヘッドライトに切り取られた闇の中、道路の中央に人影が──無い。

「…………あれ?」

 運転手はたっぷり時間をかけてから可愛らしく小首を傾げ何度か瞬きもしてみるが、もちろんそれで目の前の光景が変わったりはしない。

 運転手は安全確認もそこそこにドアを開けて道路に出ると、低めの身長で無駄に背伸びをしながら前方の闇を透かし見るようにしてみるが誰の姿もない。もちろん車のフロント部分にも何ら痕跡はなく、ダメ押しに道路に手を突いて車の下まで覗いてみるが人どころか獣の姿すらそこにはなかった。

「……?」

 運転手はまた──誰も見る者はいないはずなのに──あざとく小首を傾げ、そのまま運転席に戻ると腑に落ちない顔をしたままアクセルを踏み込んだ。

 そのまま振り返ることなく、車はあっという間に走り去った。


 ──もしこの時運転手がミラーを覗いていたら、またブレーキを踏んでいただろう。

 ──あるいは逆に、アクセルを床まで踏み込んでいたかもしれない。

 

 テールランプで浮かび上がる、道路中央の小さな影。

 闇のように黒い着物を身に着け、黒い前垂れで顔を隠した小さな人影。

 前垂れの先にぶら下がった小さな鈴が二つ、凛とした音を立てた。

 

 ◆◆◆

 

 こうして運転手──三上サナは村へとやってきた。

 

 ◆◆◆

 

 サナは車体があまり揺れなくなった理由を数秒ほど考えてから、道路の舗装がいつの間にか整っていることに気が付いた。道路の狭さやガードレールの有無は変わらないがそれでも多少()()()になったおかげで、ブーツ越しのアクセルワークは幾分落ち着いている。

 そんな風にしてサナの心が落ち着いてきた頃に、まるで不意打ちのように前方の視界が一気に開けた。

「ぁっ……」

 サナは思わず感嘆の声を漏らした。

 

 それは、どこか──()()()()()風景だった。

 

 星明りに照らされて金色の波がうねりを上げている──それは風に揺れる稲穂だった。そんな”黄金の大海”で揺れる”小舟たち”のように見えるのは年季のはいった民家で、点在する街灯はまるで”灯台”のようだ。

 街灯と民家から漏れる光は心もとないのに、サナは不思議と暗さを感じなかった。

 サナが走ってきた道路は村の奥まで真っすぐ続いているようで、土地全体がなだらかな上り斜面になっていることも幻想的な風景に一役買っていた。

 感嘆のあまりだらしなく口を半開きにしたまま車を走らせていたサナだったが、気を取り直して前方を注視すると──何時間か振りに、人の姿を見つけることができた。

 シャツや作業着というラフな服装をした壮年くらいの男性四人が、談笑しながら道の脇を歩いてきている。彼らはそれぞれ抜き身で鎌やナタのような刃物を携えているが、その所作に緊張感や悪意のようなものは見受けられない。

 農作業をする男たち──至って自然な光景。

 だがサナの頭に()()()()()()()()

「んんぅ~?」

 誰も見ていないのに、サナはまた可愛らしい所作で首を傾げた。

 

 つまるところ素である。

 

 違和感はあっても違和感以上のものではなく、田畑に挟まれる一本道はずっと先まで続いているのでサナはそのまま車を走らせることにした。

 だんだんと車と男たちの距離が縮まっていき、そろそろすれ違いそうになるという段階でサナは男たちと反対側に車を寄せて徐行させた。

 お互いの顔が判別できるくらいの距離で自然、両者の視線が交差する。それは至って普通の反応で、男たちの視線がやけにしつこいのもサナのファッションが周囲にそぐわないことを考えれば説明がつく。

 それでもサナの頭から()()()()()()()()

 そんな胸中に関係なく、何事もなく両者がすれ違うかと思われたその瞬間──

 パンッ──と乾いた音がタイヤから鳴り、車が揺れ始めた。

「ぇ──うっそ!?」

 サナは驚きに声を上げながらもブレーキを踏む。

 幸いにして徐行していたおかげで男たちや田んぼに突っ込むような事故は起きず、労せず路肩に停車させられたサナはエンジンを切って降車し音の発生源──前方のタイヤを確認する。

「あっちゃぁ……」

 サナが半ば予想していた通り、タイヤからは空気が抜けていた。よくよく目を凝らせば心もとない星明りの下でも、タイヤに突き刺さる折れた釘のようなものも確認できる。

「マジかぁ……」

 サナは分かりやすくテンションを下げると、タイヤの傍にしゃがみ込む。

 この車にスペアタイヤは積まれておらず、こんな村に都合よく修理工場の類があるとも思えない。かといって()()()()()()()()()()()()()()()()()

 サナがどうしたものかと悩んでいると……

「大丈夫か?」

 その頭上から、声が降ってきた。

 

 顔を上げたサナの視線の先、先ほどの男たちが傍に立って心配そうな表情を見せていた。だがサナが何かを答えるよりも早く、タイヤを見た彼らは口々に喋り始める。

 

「パンクしたのか」

「がっつりいったな」

「お前なおせる?」

「無理むり」

「ならば家に来るか?」

「それがいいそれがいい」

「泊まっていってもいいぞ」

 

 あれよあれよという間に男たちの間で話がまとまり、口を挟む暇すらなかったサナは彼らに手を貸されて立ち上がり、一緒に道を歩き始めた。

 車はそのまま置いていかれたが、サナは(まぁいいか)と納得して気にしない。そのあまりのお気楽さのせいか、話を進めたはずの男たちの方が心配そうに問いかけてきた。

「カバンか何か、持ってこなくてよかったのか?」

「あー……だいじょぶです」

 サナの返事は適当極まるものだったが、男たちもそれ以上は追及しなかった。

 そんな風にサナと男たちのファーストコンタクトは微妙なものだったが……

 

「そんな遠くから来たのか」

「そうなんですぅ、ちょっと仕事でぇ」

「若いのに偉いねぇ」

「ありがとーございます!」

 十歩も歩かない内に彼らはすっかり打ち解けていた。

 

 地雷系ロリィタファッションと農作業用のラフな格好をした男たちという組み合わせは()()()系の動画を思わせるが、それほど溶け込んで見えるのはサナのコミュニケーション能力が高いためか、それとも──()()()()()()()()()()()()()()()()

 楽しそうに男たちと談笑しながらも、サナは興味深そうに周囲を見回す。

 少しばかり歩いても風景はさほど変わらず、サナの目に映るのは民家と街灯とそれらを覆い隠すほどの稲穂くらいだ。

 しかし、見る位置が変われば見えるものも変わってくる。

 

 サナの鋭い目は、村の奥の方で隠れるようにしている人工物を見つけた。

 木々の緑に紛れてしまっているがそれ故に目立つ赤い人工物──鳥居。

 そしてその鳥居とは逆サイド、斜面の上方にこれまでサナが見てきた民家とは年季と金の入り方が違う和風の邸宅が建っていた。

 その邸宅へと続く一本道を、二人の男女が歩いていた。

「ねぇねぇ、あの人たちだれ?」

 サナの質問は失礼と紙一重の馴れ馴れしさがあったが、これまでの男たちの様子からこれくらいは大丈夫だろうという信頼があった。

「あぁ、あの方は……その……」

 故に、一人があからさまに口ごもったことでサナは内心(まずった?)と動揺した。

 だがすぐに、別の男性がやたらと軽薄な口調で答えた──()()()()()()()()()()()()()()()()

「村長だよ!」

「そうそう……村長さん」

「偉い人だよ」

「へー、すごい人なんですね!」

 他の男たちも同調したので、サナも適当に話を合わせてスルーすることにした。

 しかしその一幕は、拭い切れない違和感としてサナの中に残る。


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