4-2
男たちはこれまでにない──今回のループだけでなくおそらく村の歴史上含めて──緊張感を漲らせて、村のなかでサナを待ち構えていた。
彼らは、本来の生贄であった若者を生贄にするより先に──なぜか──サナに殺されてしまったことで……ようやく、サナという存在の脅威について正しく実感し始めたのだ。
そう、彼らはずっと勘違いしていたのだ。
これは一方的な殺しではなく、殺し合いである。
異常な状況の中で現実を思い知るという半ば矛盾した気付きを得た彼らは、サナがこれまでの生贄とは全く違う脅威であるという正しい認識を経て、こうして村のなかで待ち構えることにしたのだ。
だが、彼らにはまだ余裕があった。
自分たちには土地勘がある、自分たちは数が多い、そして自分たちは何度死んでもループすれば無かったことになる──自分たちは”みこさま”に守られているという想いが彼らにはあった。
自分たちが”みこさま”を護るのだという信念も。
そうして待ち構えていた彼らの耳に、もはや聴きなれた音が響く。
異常な村の日常には存在しない人工音──軽自動車が奏でる甲高いエンジン音。それが段々と村へ近づいてくる。
男たちは民家の陰や稲穂の波に紛れて小集団で散らばり、それぞれ武器を手に車を待ち構える。
彼らは全く油断していない。サナと同様にこれまでのループから学んだ彼らは、車に乗っている状態で下手に手を出すより、車が停まってから袋叩きにした方がいいと考えている。そのために釘トラップをあちこちに撒いているし、普通の車両で田畑を突っ切ろうにもすぐ動けなくなるだろう──彼らはそう合理的に考えていた。
つまり彼らはまだ──サナを理解し切れていなかった。
「来たぞ! ──っ!?」
とうとう軽自動車が村内へ侵入してきたが、その様子は車両という物を見慣れていない村人たちの目からしてもあまりにも異様だった。
エンジン音が示すように尋常でないスピードを出している軽自動車だが、しかしその挙動は既にパンクでもしているかのように不安定でまるっきりコントロールされている様子が無い。よくよく見れば運転席のドアはロックされていなくて、そもそも車内に人影が無い。もし内部を見ることができれば、アクセルに”噛まされた”木の枝が見えただろう。
そして、後部からもうもうと煙を吐き出している。
男たちが呆然と見守るなか、軽自動車は道路の釘トラップを見事に踏み抜いてさらに不安定な挙動を見せつけ、道路を外れて田んぼに突っ込んでいった。不運にもその進路上に居た男たちが慌てて回避しようと田んぼに突っ伏したりするなか、稲穂をなぎ倒しながら走り続けた車はとうとう畔に突っ込み、一瞬大きく跳ねた後車体を四五度以上傾けて動かなくなった。
エンジン音はまだ健在だがほぼ宙に浮いたタイヤは虚しく空転を続けている。
暴走した無人の車両の顛末を見届けて尚視線を外せない男たちだったが、その内の一人がハッとして仲間たちに叫んだ。
「車は囮だ!」
果たしてその警告通りか──既にサナは村に侵入している。
男たちの視線が車に集中した隙に、サナは田んぼの稲穂に紛れるようにして男たちへと突き進む。当然ながらその両手には既にカランビットが握られていて、警告の叫びが上がった頃にはもう男の一人に襲い掛かろうとしていた。
「てめっ──」
その男は大型ナイフで迎撃しようとするが、サナは極限まで身を低くしながら疾走してあっという間に距離を詰め、稲穂に隠れるようにして懐に飛び込みカランビットを振るう。
鼠径部から太腿にかけてズタズタに切り裂かれた男は悲鳴を上げて、まるで稲穂の海に沈むように倒れこむ。
だが今回は、男たちもただ殺されるのを待つばかりではない。
「殺せぇ!」
「囲め! 囲むんだ!」
思い思いの得物を手にして男たちは血気盛んに叫びたてる。
だが、これまで村に恵みをもたらしてきた稲穂がここに来て村人たちに牙を剥いた。
まるで金色の海のように村を覆っている稲穂が、サナの小柄な体をほとんど隠してしまう。もはや接近どころか自分が攻撃される瞬間すら目視できるか怪しいのだ。
言うなればサナはサメだった、それも獰猛な人食いサメ。
あまりにも素早く、そして自由自在に動き回るサナはその牙──カランビットを思うがままに振り回す。
さらに男たちにとって間の悪いことに、軽自動車から発生する煙はだんだんとその勢いを増していき、サナを発見するどころか仲間の位置関係すら怪しくなっていく。
まるで、霧が濃い海上で人食いサメに襲われる漂流者たち。
そして強みであったはずの数の利も、ここに来て地味ながら彼らの足を引っ張っている。
稲穂と煙で視界が遮られるなか、男たちは自分に近づく人の気配を感じてもそれがサナかそれとも仲間なのか、その判断の為にほんの一瞬だが躊躇してしまう。対するサナは目に映る人間どころか、気配を感じただけの存在であっても斬り刻んでしまえばいい。
一方的な蹂躙、殺戮劇。
だが──やはり──
「みこさまのために」
「みこさまのために」
男たちには絶望も焦りも無い。
彼らは口々に呟きながら、サナに立ち向かっていく。
それはもう狂信的という言葉程度では表しきれない。
村人たちは自分たちの勝利を信じているのではない。
勝利が当たり前だと思っている。
だから彼らは、段々と濃くなっていく煙も気にしなかった。
それが致命的な間違いだということには気づかずに。
◆◆◆
奇妙な殺戮劇が進行する傍らで、軽自動車は放置されたまま煙を吐き出し続けている。
では、その煙の源は何なのか?
答えは──パネルが開いたままの給油口、そこに差し込まれて炎を上げる発炎筒である。
もちろん、それだけで車が大爆発するとかそういったことはまず起きない。そもそもこんな場所で一台の車両が爆発したとしても、村どころか村人たちにも大したダメージは与えられないだろう。
だが、ガソリンとは常温でも気化を起こす可燃性の液体である。
さらにサナは、カランビットで適当に切り裂いた内装をまるでロープのようにつなぎ合わせて給油口に突っ込んでいた。
必然、発炎筒を火種としてガソリンタンクから炎が上がり始める。
ただそれだけなら、煙が増えるだけで済んだかもしれない。だがその炎のすぐ傍には、頭を垂れる稲穂があった。
つまり本当の囮はサナの方だったのだ。
それに男たちが気づいた頃にはもう──火災は誰にも制御できなくなっていた。




