4-1
光もないが闇もない──何も存在しない、虚無の空間。
そこで二人の人間が相対している。
地雷系ファッションに身を包んだ女装の殺し屋──サナ。
漆黒のような着物に鈴の付いた前垂れで顔を隠す少女──神様、あるいは”みこさま”。
奇妙な取り合わせの二人の間に言葉は無い。
だが沈黙も永遠には続かない。
”みこさま”が身を正し、それに呼応して鈴が揺れて涼しい音色を虚無の空間に奏でる。
そして前垂れに隠れた口が開く──
「せんてひっしょぉぉぉ!!」
──直前にサナが叫び声を上げながら一気に距離を詰め、両手のカランビットをまるで翼のように振り上げて襲い掛かる。
あまりにも素人臭い攻撃だが、どれだけ度胸のある人間でもいきなり雄叫びを上げて真正面から突撃されたら動きが鈍るものであり、ましてやお互い向かい合ったこのような状況ではこれくらいしないと意表を突けない。
サナはそれを知識でなく経験として知っている。
事実、”みこさま”は分かりやすく肩を振るわせて鈴の音を鳴らした。
そして振り下ろされた二振りの凶刃が肩口に食らいつく──
「──およっ?」
──直前で、文字通りに空を切った。
極限の見切りとかそういうレベルではない、確かに刃が捉えたはずの”みこさま”が目の前から消えてしまって、素っ頓狂な声を上げたサナは目を白黒させる。
りんと、鈴の音が響く。
襲われたはずの”みこさま”は、最初と同じだけの距離を開けた空間に居た──現れていた。
今しがた殺意を持って襲われたばかりの”みこさま”は、しかし冷静に口を開く。
「そな──」
「もういっちょぉぉ!」
だがサナは再び凶刃を振り上げて距離を詰める。
そんなサナに対して”みこさま”は──ただ、片手をスッと前に出した。
ほとんど着物に隠れているが大した腕力も無さそうなことが分かる細腕、それも無手に対して……サナは、動きを止めた。
動きを止めなければならないと思ったからだ。
そんなサナに対して、”みこさま”は腕を下ろして改めて問いかける。
「そなたは、なぜあの男を殺した?」
「……」
その問いかけに、サナは真剣な表情を浮かべて考え込む。時折首を捻り、渦巻く思案を表してか小さく唸りながら。
”みこさま”は、ただ待つ。
答えを急かさず、さりとて思案を助けるようなこともせず、ただただ待ち続ける。
そうして時が過ぎ、サナはようやく意を決して口を開いた。
「その…………あの男って、誰?」
「…………」
今度は”みこさま”が思案に耽る番だった。
その思案の種はもちろんただひとつ──どう分かりやすい言葉を使えば目の前のバカに話が通じるか。
”みこさま”は十秒ほど考えてから、慎重に言葉を選んで問いかけ直した。
「神社に閉じ込めていた男……犯罪者、村の生贄を、なぜ殺した?」
「あーあいつのことかぁ……もっと分かりやすく言ってよみこっちぃ……」
自分の知能を棚に上げてさらに妙な相性まで付けてきたサナの言葉に、”みささま”は何か言いたげな様子を見せる。だがサナはそんなことは気にせず今度はあっさりと、まるで用意されていたように即答してみせた。
「あいつけっこうワルだよ? そんでさ、ヤクザんちに強盗しちゃったんだって! ありゃわたしが殺さなくてもすぐ死んでたよ、それで──」
「あの男が、村人ではなくそなたによって殺された。だからもう……そなたが生贄になるしか、ない」
サナの軽口を遮って、”みこさま”は何の感情もなくただ淡々と冷酷な事実を告げる。
それにサナは──
「え、ヤなんだけど」
率直な感想を即答した。
「……」
”みこさま”は沈黙する。
それはサナの言葉に呆れているのか、あるいは言葉を失ったのか。
「じゃあ、次はわたしの番ね」
そんな”みこさま”に、サナは──なぜか馴れ馴れしく──声をかける。
「村をまもってるってマジ? あの、火事のときに雨を降らしたのもあなたなの?」
礼儀も何もない質問だが、”みこさま”はコクリと頷いて答えた。
「その通り。わらわが村を護っている」
肯定の言葉にサナは──なぜか目を輝かせた。
「えー!? すご! みこっちって小学生? それとももっと下? それであんなことできるんだー!」
まるで有名アイドルと対面したかのように興奮するサナの言葉。
そこに世辞や嘘はない。
”なんかわかんないけど全然殺せないすごい少女”に対するサナの本心だった。
それを感じ取ってか、”みこさま”は少し尊大な口調で話を続ける。
「わらわがこの村を病から、災害から──村を害する全てから護っている。そのおかげで村はここまで繁栄を続けてこられた……そのためには罪深き者の肉体が、血が──魂が必要なのだ。そんな生贄を、村人ではなくそなたが殺してしまった」
そう言うと”みこさま”は一拍置いて、決定的な一言を告げた。
「故に、そなたを生贄とする。そうしてわらわは村を護る」
──鈴の音が響き始めた。
この空間も終わりが近い。
そんな状況でサナは……ふと、何かを思いついたような表情を浮かべた。
「ん? じゃあ、村をめちゃくちゃにしたらあなたは困るってこと?」
「……ぇ」
”みこさまは思わず──まるでただの年端のいかぬ少女のような声を出してしまう。だが幸か不幸か、その言葉は鈴の音に邪魔されてサナの耳には届かない。
「ただ殺してばっかってのも飽きてきたからちょっと変化がひつよーってやつね! おっけー、頑張ってみる!」
「ぁ、ぃゃ、違っ──」
鈴の音が空間を満たし、少女の声は誰にも届かず──
◆◆◆
シームレスに車の運転席へ移動したサナは、落ち着いて車を停車させた。
場所はやはり村へと続く道路、バックミラーを覗くと虚無の暗幕が世界ごと道路を分断していて、周囲にはまだ人の気配はない。
つまりまだ多少、時間の猶予がある。
サナは周囲を警戒しながらも、運転席に座ったままでしばし考える。
これまでサナは村人を散々殺してきた──では、村そのものをめちゃくちゃにする方法とは?
「やっぱり、”火”かな」
チラリと見やった先には、備え付けられた発炎筒。
前のループで火災を起こすための火種に利用したそれを、サナはまた活用するつもりだった。現状ではそれ以外に火を起こす方法を知らないし、相手が対策できていない手法は対策されるまで使い倒すのが基本だ。
しかし今回は、焼く対象は民家程度ではない。
サナは村全体を焼き尽くすつもりだった。
だがその計画には一つの問題点がある。
火種は発炎筒、燃やす対象は村、では──燃料は?
「サラダ油くらいじゃたりないよねぇ……」
前のループで燃料に使ったそれを思い出してサナがため息を吐く。
これが普通の村であれば、灯油やガスボンベの現地調達も実現性が高い。
だがこの村は普通ではない。
電線も車も無いのに現代先進国に近い、人間らしい生活が成り立つ異常な村──そんな村で灯油やガスボンベのような燃料が果たして手に入るだろうか?
現地調達ができないのでれば、サナはいま持っている物だけで勝負する必要がある。
圧倒的に不利な状況のように見えて、実のところサナはこういう出たとこ勝負を気に入っていた。
選択肢が無い状況は、裏を返せば選択肢に悩む必要が無いということである。
そしてまだ人の気配が無い──時間の猶予が有るのであれば、サナにもやれることがある。
「さーて……焼きますか、村」
そこそこ長い経歴──裏社会のものだが──でも経験したことのない凶行に、サナの声は知らず知らず興奮で上擦っていた。




