3-4
”村長”の家から静かに抜け出したサナは現在、神社の鳥居の脇に草むらを利用して隠れていた。
仄かに煌めく石灯籠に照らされた境内はさほど広くないが、武器を持った男たちが半ば手持無沙汰といった雰囲気で境内を警戒している。その武器も、猟銃や刀、果てには槍のようなものまで種類が多く──バカなサナでも、ここに重要な何かがあるということは察せられた。
しかしそれにしても、あまり手入れされている様子がない荒れた境内がサナには引っ掛かっていた。
あるいは罠かもしれない──サナの本能がそう警告してくるが、そもそもこの村に来てしまったこと自体が罠にかかってしまったようなものなのだ。
そして罠にかかったのであればサナがやるべきことは一つだけ。
──罠を食い破ること。
サナがいまじっと草むらに身を潜めて境内を観察しているのも、そのための準備なのだ。
村人たちがどれだけ警戒していようと、サナにはその全てを正面から打ち破る自身がある。そして村人たちもそれを知っている。そういった要素を思考に入れると、いくら実力があろうとただ正面突破を繰り返すだけでは足元を掬われる可能性が高いと、サナも本能と直感で理解していた。
そしてここに重要な問いがある。
村人たちはいくら死んでもループする毎に生き返っていた。
──ではサナが死んだら?
(生き返ったりは……しないんだろうな)
特に根拠がある訳ではないが、サナはそういうものだと考えることにした。
残機無限の敵と一回死んだらゲームオーバーの主人公。
まるでレトロゲームか高難易度の死にゲー。
だからサナはじっと草むらに隠れ潜んでいる。もちろんそれだけで状況が好転することはないが、すぐに状況は変わるはずだった。
そしてサナの目の前で動きがあった。
村の方から走ってきた男が境内に飛び込んで、そこに居た男たちに何事かを慌てて捲し立てている。サナが隠れている場所からはその内容を聞き取れないが、何を話しているかはだいたい予想がついている。
そうして男たちは二人だけを境内に残し、最初に飛び込んできた男も含めて一団となって鳥居を潜り抜けて村の方へ──サナの推定では”村長”の家の方へ──走っていった。
もちろん、隠れていたサナには誰も気づかずに。
これこそがサナの待ち望んでいた好機。
境内にはまだ武器を持った男が二人──ナイフと刀を持っていた──が残っていたが、彼らを静かに始末することなんて今のサナには何の困難でもなかった。
数秒後に二つの死体が出来上がり、サナは素早く神社──本殿へと上がり込んだ。賽銭箱も何もなく、ぴっちり閉じた格子戸が行く手を阻んでいたがサナが手を掛けてみると何の抵抗も感じられなかった。
──まるで誘い込まれているような感覚。
それを錯覚だと切り捨てて、サナは油断なくカランビットを構えたまま格子戸を一気に開いた。
本殿内に照明はなく、石灯籠に微かに照らされたそこはサナが抱いていた予想とはちがってがらんとしていた。目を凝らしてみても、ご神体のようなものや何かしらの像のようなものすらない。
だがその板張りの中央に──人影がうずくまっている。
サナは一瞬、それが着物を着た少女ではないかと考えた。だが心もとない明かりの下でも、横たわっているのが大人の男性であることは明白だった。意識を失っているのか扉が開いたことにも反応しない。その男の腕は後ろに回されていて、何かしら拘束されていることも窺える。
(村人? 仲間割れ? ……違う、たぶんこの人も──)
その服装、そして雰囲気からサナの直感が働く。
(村の外から来たんだ)
ひとまずそう結論付けたサナは、足早に男に近づいてその両手首を拘束していたもの──細い紐だった──をカランビットで器用に切り裂き、できるだけ可愛らしさを心がけて声をかける。
──握ったままのカランビットをできるだけ隠しながら。
「大丈夫ですか? 起きれますか? 何があったんですか?」
「……ぅ、ぅぇぁぁ……ぁ、あぁ、なんだ、これ……」
かけられた声に反応して、男は呻きながら目を瞬かせて上体を起こした。その反応から、何かしらの薬物で眠らされていたのだろうとサナは判断する。
目を覚ましたばかりの男は状況を理解できていないようで、縛られていた手首を擦っている。男のことを考えればここで回復を待つべきだが、残念ながら状況はそこまでの悠長を許してくれない。
「ここから逃げましょう! ほら、早く!」
「あ、あぁ……わかった……」
小声だが力強いサナの言葉に反応して、男は少しよろめきながらもしっかり二本の足で立ち上がった。
それを見たサナが扉の方まで行くと、まだぼんやりとした様子だが男もすぐにその後に続く。
差し込む光に、男の顔が照らされる。
その顔を見てサナは──驚きと納得を抱いた。
反応を気取られぬようにサナは男が出てきたばかりの扉に取りついて、すぐに閉めてしまう。その行動に男が不思議そうに問いかける。
「なんで閉めるんだ?」
「あいつらが戻ってきたらちょっとでも分からないようにです、ほら、行きましょう!」
「あ、あぁ……」
言葉足らずだが力強い言葉と共にサナが先導すると、男もすぐそのあとに続いた。
もちろんサナはこのまま村を通るつもりはない。境内の外れから村を囲む森に入る形で足を進めていく。ここに来て男も状況を理解したのか、道なき道を行くことに文句ひとつ漏らさず少し遅れながらもサナについて行く。
そしてある程度森に入ったところで、先にサナが口火を切る。
「わたし……たまたま村に来ただけなのに襲われたんです。お兄さんは、なにか知りませんか?」
その言葉に、男はまだ少しぼんやりとした記憶を探るように宙を見つめながら言葉を紡ぐ。
「いや……俺も、何がなんだか分からねぇんだよ。車が故障して、それで道を歩いてたらここに来ちゃって……それで、えぇと、メシを奢ってもらって、酒も飲んだんだけどそしたら……」
その酒に薬物が入っていたのだろう、おそらく自分の時と同じように──そう考えながらも声音には出さずサナは大事なことを質問する。
「じゃあ、お兄さんも村の人じゃないんですか?」
「当然だろ! こんなクソみたいな山んなかにこんな村があるなんて知らなかったし」
心外だと言わんばかりの力強い返答をサナは信じた。
そこで一応、ここまで重要だったことをサナは聞いてみる。
「それじゃお兄さんは、なんでこんな山のなかに?」
「……」
男の言葉が途切れる。
だがそれは予想できたことだったので、サナは水を向ける。
「実は、わたし……警察に追われてるんです」
「……ぇっ」
言葉が詰まった男を無視するように、サナはひとり言のように話を続ける。
「それでテキトーに逃げてたらこんなとこまで来ちゃって、それで変な人たちに襲われるし……」
「…………お前もか」
実のところサナの話はほとんど嘘八百だったが、異常事態と緊迫した空気が手伝ってかそれを信じこんだ男の口は滑らかに動き出した。
「俺もちょっとワケアリでな、それでここまで逃げてたんだ」
「どうしてこっちまで? 友達でもいるの?」
「いや、なんとなくだな……それで来ちまったのがこんなクソ村だってのが……」
そこからは愚痴のようなものが続くが、結局新しい情報は──サナの知っている情報以外はほとんど出てこなかった。
ただ男の話のおかげで、”村長”が言っていた「犯罪者を神様への生贄にする」という言葉の真実味だけは増した。
つまり──この男にもう用はない。
サナは唐突に動きを止めた。
「おい、どうした?」
何か起きたのかと男も動きを止め、声を潜めて問いかける。
サナは森のなかのある一点を見つめるようにして、囁くような声で答える。
「……あれ、見えますか?」
その言葉に、男は慎重にサナの隣まで歩いてきて同じように目を凝らす。
だがそこにあるのは普通の森の風景だけで、何か目を惹くようなものは見られない。
「なんだ、なにがあるってんだ」
「あそこですよ、あそこ。もっとちゃんと見てください」
そう返されても何も見つからないことに男は苛立ち、サナと目線の高さを合わせようと少ししゃがみ込む。
サナは一切の躊躇なく──その男の首筋をカランビットで斬り裂いた。
「──ぅぇっ?」
予想外の奇襲を受けた男は、何が起きたかも分からないといった表情で奇妙な声を上げながら倒れ伏した。
もしかすると男は、サナに攻撃されたことにすら気づいていなかったかもしれない。
それほどまでにサナの攻撃は素早かった。
こうして、あまりにも紆余曲折があったが──サナの殺し屋としての本来の仕事は完了した。
サナは刃を振るって血を落とすと、何も分からず死体になった男を冷酷に見下ろしながら答え合わせを行う。
「まさか押し込み強盗した先がヤクザなんてねぇ、わたしよりバカなんじゃない? でもさ、ほら──カミサマのイケニエにされるよりはきっとマシでしょ」
サナ自身も忘れかけていたが、本来の仕事はこの男──よりにもよって暴力団組長の家に押し込み強盗をしてしまった犯人の始末だったのだ。
あとは手持ちのスマホで仕事を完了した証拠として男の死体写真を撮れば──と考えたところで、サナはふと疑問を抱いた。
「あれ? こんなわけわかんない村でスマホって使えるの? 電柱ないのに電波ってある? スマホって電波なくても使える? つーかこいつ殺したけどどうすりゃいいの? これでゲームクリアとかじゃないの?」
闇夜の森で自らが作り出した死体を見下ろし混乱する地雷系の女装男性。
奇妙な絵面だったが──実はこの瞬間、そんなサナの混乱などどうでもいいほどの大変な事態がこの村を襲っていた。
そしてどこからか鈴の音が──
「……ぇっ?」
◆◆◆
少し前。
”村長”の家に村人たちが集まっていた。
彼らの大半はまだサナがどこかに隠れていないかと徹底的に家探しを行い、庭の植え込みから池の中まで探し、それでも見つからないと家の周辺を重点的に捜索していた。
つまるところサナの思惑通り、彼らは一歩も二歩も遅れていた。
そして家に残っている何人かの女性は、袴姿の男女の死体を”見栄えよく”しようと頑張っていた。
そんな彼らの顔には怒りがある。
だが、焦りや嘆きのようなものは全く存在しない。
もちろんそれは彼らが薄情だからではない。
どうせ元通りになるからだ。”みこさま”が護ってくれるからだ。
だがここに来ても彼らはあまりにも楽観的であり、そして事態はもはやサナの思惑すら飛び越えてしまっている。
鈴の音が響く。
それは村人たちにとって聴きなれた音色。
「……?」
「なんだ?」
だが、彼らはすぐに異変に気付く。
いつもの鈴の音色は、しかし連続的かつ無秩序に村中に響き渡っている。
まるで子どもが鈴をデタラメに振り回しているような──警報のような──
それを聴く村人たちの顔が、だんだんと色を失っていく。
彼らはようやく──事態の深刻さを思い知った。
◆◆◆
「な、なんなのこのうるさいの!?」
まるでドラムロールのように鳴り続ける鈴の音はサナの耳にも響いていた。
空間を埋め尽くすような音色は思考だけでなくもはや人体に影響が出るほどで、サナは眩暈を感じて傍の木に手を体を支えようとする。
──それは本当に眩暈だったのか?
「ぇっ、あ、えぇ!?」
ついたはずの手までが──否、木そのものまで揺れ出したことでサナのパニックは加速する。
地震か、それとも地滑りか──その考えをサナはすぐに否定する。
これは地面が揺れている程度の話ではない。
まるで──空間全体が揺れているかのような──
「あっ──」
そしてサナは
浮遊感を感じ──
世界は──流転する




