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村は厳戒態勢を迎えていた。
手に手に武器や懐中電灯を持った男たちが少人数でグループを組み、なんとなくの間隔で散らばって歩き回っている。その中のいくつかのグループは村を囲む森のなかを同じように歩き回っていて、ちらちらと動く懐中電灯の光が彼らの健在を報せている。
そんな風に村をパトロールしている男たちだが奇妙なことに、その表情に焦りや危機感のようなものは全く無い。だがそれも彼らにとっては何もおかしなことではない。
サナと違って彼らに焦る理由は無いのだ。
だから彼らは良く言えばリラックスしていた。悪く言えば油断していた。
実のところ彼らもまたサナ同様に──この状況を正しく理解しきれていなかった。
そんな彼らの内のあるグループ、なんとなくで組んだ四人の男たちは村の端の方を歩き回っていた。全員がナタや大型のナイフ等を携え、先頭の一人だけがもう片手に懐中電灯も持っている剣呑な男たち。たった一人を相手にする想定ならこのグループだけでも過剰戦力と言えるかもしれない。
相手がいつも通りの素人だったのなら。
一見手ごわそうに見える男たちだが、細かく見れば連携が取れていない。せっかくの頭数なのにそれを活かすことをせず、合計八つも目玉があるのにその全てがほぼ同じ方向、進行方向とその周辺しか見ていない。懐中電灯もほぼ同じ有様だ。もし彼らが多少なりと訓練を受けていれば、最後尾の一人だけでも後方を警戒していただろう。
故に最後尾のその男は草深い路肩を何の危機感もなく通り過ぎようとして、これまでの慢心のツケを払うことになった。
男の二本の足が草むらの前を通り過ぎようとした瞬間、草むらごと切り裂く勢いで二本のカランビットが現れる。
男が気づいて反応するより早く、唐突に現れたカランビットは男の両足に無数の斬撃を刻み付け、出現と同じほど唐突に草むらに消えてしまう。
「──っぎゃあぁぁァッ!?」
後方で突然上がった悲鳴に前を行く男たちはギョッとして振り返る。その視線の集まる先、血まみれの両足を押さえながら男が地面を転げ回っていた。
明らかに襲撃を受けた状況──なのに男たちは周囲を警戒するという基本の行動すら取れていない。
「おい大丈夫か!」
「くそっ!」
衝撃から立ち直った二人がすぐに男の下へ駆け寄る──あまりに無防備な行動。
だが彼らはまだ襲われなかった。
襲われなかったのはただ二人で行動していたからというたったそれだけの理由。
次に襲われたのは、出遅れて立ち尽くす懐中電灯を持った男。
草むらから飛び出したサナは無防備な男の横っ腹目掛けて体当たりする勢いで突っ込み、エクステンデッド・グリップの両カランビットで男の鼠径部と腋窩を一気に切り裂いた。
たったそれだけの攻撃で止血困難な致命傷を負って倒れる男を無視して、サナは残りの二人に一気に接近する。
背後からの強襲に一人は奇跡的に素早く向き直った。だがサナは全く臆せず踏み込んで虚を突き、いきなりその首元を逆手に握り直した右カランビットであっさり切り裂いてしまう。男はその手の大型ナイフを振るうことすらできず膝から崩れ落ちた。
最後まで生き残った運の良い男は、剣鉈を握った右手を体の前に出してサナをけん制しようとする。だがサナは躊躇なく踏み込んで右足を軸に体をぐるりと回転させて、左の回し蹴りを男の右手に叩き込んだ。
右手の甲にブーツ越しの強力な蹴りを食らって、男の剣鉈は面白いほどに吹き飛んで田んぼに消えていく。
あっさり武器を失って呆然とする男、サナはその右脇をすり抜け様に右側に回した両のカランビットでまた右鼠径部と右腋窩を切り裂き、そのまま振り返ることすらせず田んぼの中に姿を消した。
後に残されたのは、死体と死にゆく肢体のみ。
サナにかすり傷すら負わせられずに全滅した四人だったが、少なくとも彼らは他の村人たちへの警報という役割は果たした。静かな村を切り裂いた悲鳴と動かなくなった懐中電灯の光で、どこで誰がどうなったか把握した村人たちはその場所へ向けて一斉に動き出す。
だがそれもやはり──サナにしてみれば素人じみた行動だった。
接近する男たちの気配にしかしサナは焦ることなく、低い姿勢を保ったまま襲撃現場から離れるように動き出す。
草むらから草むら、田んぼの稲穂、さらには街灯から少し外れた空間の闇まで利用してサナは誰にも気取られることなく村を進んでいく。先の襲撃地点へと近づく村人たちとは何度もすれ違い、ときには稲穂の波の中で文字通り手が届くほどの距離まで接近したこともあったがサナは手を出さず、そして相手にも悟らせなかった。
サナの目的は村人の殲滅──ではない。
生き残ること、そして逃げ出すことだ。
サナがいま一番欲しいのが何らかの車両という足であり、次に情報だ。そのためには必要以上に男たちに構うより、村を探索することが必要になる。
先ほどの襲撃に気づいた村人たちはその周辺を重点的に捜索しているが、既にサナはその範囲から遠く離れている。そのためサナは探索地点を余裕をもって選定することができた。
(どーれーにーしーよーかーなー)
サナは何となく心の中でそう唱える。
目的──生存と逃走──を考えれば当然の狙い目は車が駐車されている家なのだが、いまサナが隠れている草むらから見える範囲の民家には車両の陰も形もない。塀の内側に隠れてしまっているのかと目を凝らしてみるがそれでも結果は変わらない。
(森にでも隠してるのかな?)
そんな実は的外れなことを考えたサナは、目的を車両から情報に切り替える。
サナが目を付けたのは、他の建物とは隣接しておらず、村人たちの警戒も薄く、そして照明が点いている民家だった。隠れるつもりなら照明が消えている建物を選んでいただろうが、情報収集が目的であり現在時刻が夜である以上は照明が点いている建物の方がいい。
バカなサナでも、夜間の村の中でいきなり建物の照明が点いたら村人たちがどう判断するかくらいは理解できる。
目標とする民家を選定したサナは、これまで以上に静かに素早く接近する。村人たちはまだ先の襲撃地点の周辺を重点的に警戒しているが、その陽動の効果もいつまでもつか分からない。
低い姿勢のまま手早く塀に取りついたサナは、誰からも見られていないことを確認してほぼ一瞬で乗り越え、音もなく庭に着地する。そのまましばし静止して周囲を見回すサナだが、人の気配も影もない。
だからといって油断してはいけないことをサナは知っている。
低い姿勢を保ち影が外から目立たないように注意しながら、サナはブーツを履いたまま縁側から侵入する。その部屋は畳とテーブルが古めかしい白熱電球に照らされているだけだったので、開いていた襖からサナは隣の部屋へ移る。その部屋には平凡なタンスと扉が閉まった仏壇があるだけだったが、サナはとりあえずタンスを下の段から順に開けていく。しかし見つかるのはありふれた衣服だけで犯罪や殺人を匂わせるようなものは何も無い。
ため息を吐いて立ち上がったサナは、ふと気になって仏壇の扉を開けてみた。だがそこには何も無かった──位牌も、仏具も。
その光景になぜか背筋を寒くしたサナはそっと扉を閉めて、足早に次の部屋へ移った。
そこは台所とひと続きのリビングで、やはり白熱電球で照らされている。今風に言えばリビング・ダイニング・キッチンなのかもしれないが、やけに古めかしい冷蔵庫と木製のテーブルのせいであまり洒落た呼び方は似合いそうにない。
床は年季が入っていそうなフローリングだったがブーツ越しでもあまり軋まなかったので、サナはこれ幸いとばかりに探索を始めることにした。
台所には包丁や食器、そして昔ながらの炊飯釜が置かれている。普通の生活を送る一般人の台所といった様子で、特に怪しそうなところはない。サナは何となく冷蔵庫の扉を開けてみるが、そこにあるのは料理が盛られた皿とそれと同じくらいの比重でおにぎりが載せられた皿。
一見したところやはり普通の冷蔵庫だが……
(ラップもかけてないし……それに、店で売ってそうなものなんにもなくない?)
やや違和感を覚えたサナだったがその正体を突き止めることはできず、律儀に冷蔵庫の扉を閉めたところで──脇に置かれた米袋に目を止めた。
(まさか──)
ハッとしたサナは開いていた米袋の口を覗き込む。
果たしてその中に詰まっていたのは……透明感を感じさせるほど白い粒の山、精米された白米だった。
しばしそれを見つめていたサナだったが、徐にカランビットを握ったままの手を米袋に突っ込んで米を乱暴にかき分ける。当然のこととして米の白に血の赤が混じっていくが、どこまで探してもそれ以外のモノ──薬物や武器の類──は見つからない。自棄になったサナは米袋の下部を外側から横一文字に切り裂いてしまうが、その切り口から床に零れ落ちるのも白米だけ。
(……なにやってんだろわたし)
不意に冷静になったサナは、白米を無駄にした罪悪感も相まってしばし動きを止める。
その背中に向けて刃物が迫る。
その襲撃は、音と気配を最大限に殺して粘り強くタイミングを見計らった最高の奇襲だった。
だがそれでも足りない。
サナはまるで後ろに目でもついていたかのように素早く振り返り、自らに迫る刃物──包丁に左右のカランビットの刃を上下互い違いで挟みこみ、そのままてこの原理で包丁を回転させてどこかに弾き飛ばしてしまった。
襲撃者──包丁を握っていた中年の女性は大きく後ずさりして、一瞬で武装解除されたことにやや愕然としながらも殺意の籠った目でサナを睨みつける。どこにでもいそうな主婦といった風体な女性にはあまりにも似つかわしくない。
だがサナにしてみれば──苦手な推理ごっこよりこちらの方が分かりやすかった。
「ねーねー、なんで襲ってきたの? この村どうなってんのあんたらどうなってんの?」
可愛らしい問いかけだがサナの手元ではわざとらしくカランビットが回転している。
その分かりやすい威嚇に女性は付き合わず、シンクに置かれていたフライパンを取り上げて両手にしっかりと構えた。
その立ち振る舞いにサナはにんまりと口角を吊り上げて笑う。
「いいねーフライパンファイト! シロートっぽくてサイコーッ!」
女性は何も答えず、怯えも見せずに一歩踏み込みながらフライパンを振り回す。間抜けにも見える攻撃だが力任せに振り回される金属の塊は見た目以上の脅威になる。
だがサナは臆せず踏み込み、振り回されるフライパンに合わせて両のカランビットを交互に振るい、フィンガーリングをフライパンの底に打ち付けて弾いてしまう。攻撃を弾かれる女性はその度に一歩後ずさり、その空間をサナが攻撃を弾きながら一歩踏み越える。
サナの口角がますます吊り上がり、女性の顔が引きつっていく。
そして追い詰められた女性が足運びを躊躇したその一瞬、詰まった距離を利用してサナはフライパンを弾いた動きそのままにカランビットの刃を女性の手に突き立てて一気に引き裂く。
「ぁがぁぁ!」
悲鳴を上げてフライパンを取り落とした女性は、深手を負った手を庇うようにしてうずくまる。だがサナは全く同情することなく、女性の髪を左手で掴み上げ露わになった首筋に右手のカランビットを突きつけながら、笑顔を浮かべて問いかける。
「はい残念。さ、死にたくなかったらさっさと言えな? あんたらいったいなんなの? なんでわたしを襲ってきたの? 誰のために動いてるの?」
圧倒的にサナが優位に立っている状況。だがその言葉に女性は、痛みで歪んだ顔のままサナを見据える──いや、それどころか、その口元には笑みまであった。
その表情の意味を、サナは理解できない。
理解できないことへのいら立ちがサナの語気を強める。
「ちょっと──あんたらなんなの!? ふざけないでよ! 状況分かってないの!?」
問い詰める言葉はしかし、サナの内心の混乱を表す鏡になってしまっている。
もはや手の痛みも忘れたのか、女性は口角を上げてただ一言──呟いた。
「みこさまのために」
そして女性は力強く立ち上がる。
予想外の行動にサナの反応は遅れるが、しかしカランビットに込める力が緩んだりはしない。
結果、女性は自ら鎌刃に首を切り裂かれる形で頸動脈を切断、狼狽するサナの足元に立ち上がろうとする勢いのまま倒れ伏した。
「なんなの……」
サナは呆然と呟く。
結果的にサナは、この探索でたった一つの情報しか得られなかった。
村人は──死を恐れていない。
「いったい、なんなの……」
死にゆく女性の口元は、まだ笑みを保っていた。




