①
聖女が帰ってこない。
リリーは、予定帰城日を過ぎたあたりから不安に襲われ、意味もなく廊下を行き来した。
タンザゴーム国の姫として業務に追われながら、常に窓の外を気にしては廊下に出ていた。
扉の前にいる兵士らは姫の姿を目で追い、しびれを切らしたメイドのサラに部屋に連れ戻された。
「いいですか、姫」
サラはリリーの薄茶色のなめらかな髪をとかしながら、鏡越しに目を合わせた。優しげなタレ目をしているが、髪と同じ色の瞳に強い意志を宿している。
「なあに、サラ」
「聖女様は必ず帰ってきます。予定より遅れるなんて今までもあったでしょう。連れの方々も強いと聞きます。心配されるのはわかりますが、むやみにウロウロしないでください」
サラはリリーの乳母の娘だ。赤子のときからともに育ち、昔から遠慮のない物言いをする。それが、リリーには嬉しかった。しかし今だけは黙って聞けない。
「だって、絶対早めに帰ってきてくれるって約束したのよ。こんなに遅れるなら早馬で知らせがあるはずだわ」
リリーは指折り数えて、約束した日から経過した日数を数える。指は四本おっていた。
聖女のアルバータは、この国唯一の聖力をもっている。
曰く、弾丸を弾き飛ばした。曰く、木の幹を倒したなど、人力ではあり得ない力を披露していた。
本来ならば髪を伸ばし、白いローブを羽織るのが代々の慣わしだが、アルバータはローブを腹の位置まで切り、男性のような格好を好んでいた。髪も肩上で切り揃え、大ぶりの耳飾りまでつけている。
目が覚めるような金髪と日に焼けた肌、整った顔立ち。
そのどれもがリリーの憧れだった。
「アルバータは毎年恒例の荒地の扉を閉めに行ったのよね?放っておくと一年を通して扉がだんだんと開き、魔獣を解き放ってしまう扉……」
リリーは荒地の扉を絵でしか知らない。
装飾は激しく、白黒の絵なのに背筋が凍った記憶がある。
「それに、彼女を心待ちにしているのは私だけではないわ」
リリーはそっと窓の外をみた。
そこには庭園が広がっているが、そのずっと向こうに騎士団の稽古場がある。
耳をすませば、令嬢達の黄色い声援が聞こえてきそうだ。彼女達の目当ては団長補佐のゼインだ。
国一といっても過言ではない美貌をしているが、常に無表情で女性に靡かない。
薄水色の髪と、深い海の色の瞳にちなんで氷の王子様なんて言われている。
リリーも彼に夢中だった。
しかし、ゼインはアルバータが好きなのだ。