【好機の女神を絞殺せし者】
★はじめに
★はじめに
この「魔女の系譜~サトウキビ畑の呪われた魔女」は
「無限の輪~始めまりは奴隷、終わりは猫」のスピンオフとなる「呪詛編(二話完結)」です。
★あらすじ
貧民の娘フランソワーズは、由緒ある系譜に名を刻むため、
祈りと策略で運命をねじ伏せた。
奴隷の秘密を握り、富豪の妻となった彼女は、
やがて“魔女”と呼ばれる存在へと変貌していく。
ムケシュが憎み続けたコニャック夫人の過去を描く、濃密な番外編。
※コニャック夫人の先祖がブルボン島に送られてきた経緯は18世紀の史実に
基づき、作者が創作しました。
興味のある方は「サルペトリエール病院の歴史」で検索してみてね。
無間の輪・呪詛編①「魔女の系譜~サトウキビ農園の呪われた魔女」
【好機の女神を絞殺せし者】
この女性、コニャック夫人と呼ばれる前は
フランソワーズ・ルブランという名だった。
ブルボン島の入植者、小作農民の娘として極貧家庭で生まれ育った。
彼女は1665年にパリ・サルペトリエール病院で募集され、
ブルボン島に送られた女性の末裔である。
フランソワーズは自身の先祖が何者であったかを、
島の閉鎖されたフランス人入植者たちの社会で
繰り返し聞かされ育ってきた。
結果、彼女の内側で健全な自尊心は育たなかった。
あるのは血筋に対する侮蔑の念と揺るぎない劣等意識、
それが翻って圧倒的な冷徹一辺倒の人間もどきになった。
フランソワーズが求めていたのは由緒正しき系譜と、
それを財力によって証明する事、
それ以外は彼女の与り知らぬ事でしかない。
実際に彼女は、どうしたら先祖の存在の影響を払拭できるのか、
幼い頃から考え抜いていた。
方法はただ一つ、誇り溢れる家柄と財産を持つ男と結婚し、
男子を産んで自らもその系譜に載ることだ。
しかし、極貧の身であるフランソワーズにその役目は廻ってはこない、
財産家の息子は必ず財産家の娘と結ばれることになっている。
到底叶いそうにもない、フランソワーズの願い。
だが彼女は決して運命などという空疎な言葉に惑わされはしなかった。
彼女が決意したことは必ずや叶うのだ。
何故なら、彼女がそう信じているから。
太陽に、月に、海に、樹々に彼女は祈りを毎日捧げた。
無論、教会での祈りは欠かしたことがなかった。
とはいえ、神は彼女の祈りを聞いただろうか?
答えは否だ、神は人の願いを叶える為に
存在しているのではない。
フランソワーズが信じるのは己のみ、
己の意志がすべてを動かすのだ。
彼女が16歳になった頃、とうとうその機会が巡ってきた。
髪をなびかせて通り過ぎようとした好機の女神の前に立ちはだかり、
羽交い絞めにして絞殺し、無理矢理に栄光を勝ち取った。
フランソワーズは常日頃から標的にしていたコニャック家の子息、
ギヨームの明かすことのできない秘密を嗅ぎ取り、
それを餌にしてギヨームを逃れられない籠の中の小鳥に変えてしまった。
詳細はこうだ、
フランソワーズの貧民から富民へ変身を遂げる計画は、
彼女が12歳くらいで初潮が起きた頃から始まった。
決して美人とは言い難いフランソワーズの容姿が、
不利である事を承知の上で彼女は島の裕福な家柄の息子である
ギヨーム・コニャックに目を付けた。
何故ならフランソワーズの両親がコニャック家の使用人、
つまり彼女も使用人だからだ。使用人の身から妻の身分になるのは
たやすい事ではないが、あり得ない事でもない。
幼少期から顔見知りでもあり、年齢も近いギヨームなら
夫として申し分ない。
だがしかし、彼の方はフランソワーズの存在など気にしたことすらなかった。
フランソワーズは労働以外の時間をすべて使い、
ギヨームの行動すべてを監視し、尾行し、あらゆる機会を見逃さず
彼に付け入る隙を狙い続けた。
そして5年後、ようやくその機会がやって来たのだ、
好機の女神を殺してでも手に入れたかったギヨームの妻の座、
フランソワーズは一体どうやって手中にしたのだろうか?
その答えは簡単だ。
年頃になったギヨームの、夜の遊び相手が当時の島社会では
到底受け入れがたい人達だったからだ。
ギヨームが夜な夜な密会していたのは
奴隷身分の幼い黒人の少年たちだった。
この事を知ったフランソワーズは栄光を手にする前に、
もう既に歓喜の極みにいた。
「これでもう未来永劫、貧しさに喘ぐことなんてありゃしない。
私も、私の息子と子孫たちさえも。」
フランソワーズに弱みを握りしめられたばかりか、
それを餌に脅されたギヨームはそれでもフランソワーズの出した条件を
やむなく承知した。
フランソワーズが言うには結婚後、
夫婦の寝室にお気に入りの奴隷を呼んで遊び続けても良い、
ただし息子が授かるまでは夫婦の営みは続ける事、
それ以後はお構いなしで何をしようが干渉はしないし秘密にも関知しない。
ギヨームはこれらフランソワーズの言い分に、
心底納得した訳ではないが悪くはない話だと考え、
資産家の婚約者との婚姻予定を破談にしてフランソワーズを選んだ。
ギヨームの両親は怒り心頭だったが結局は
全員がフランソワーズの策略に嵌って彼女の言う通りに
動くことになってしまった。
ここまでなら、貧しい少女が貧困から逃れる為にやったことだと
説明はつくだろう、しかしフランソワーズの鬱屈した精神は
それだけで満ちるはずがない。
コニャック家で暮らし始めて片手で数えるほどの日を経てから
フランソワーズはさらに着々と計画を進めていった。
この頃から口さがない連中にフランソワーズは魔女と
呼ばれるようになりその後も大いにその魔力を
発揮するようになったのだった。
彼女の次なる計画とはコニャック家を丸ごと乗っ取り
資産をすべて独り占めにすることだ。
その為に邪魔者には早々に消えてもらう必要がある。
フランソワーズには何の迷いもなかった。
彼女には先祖の代から抗えぬ権力に復讐する権利があり、
それを駆使することに何の咎も責もない。
まずは、より邪魔な者から順に消していく・・・
最初の的はギヨームの母、フランソワーズの姑だった。
フランソワーズはコニャック家にふんだんにある物を使って丁寧に、
かつ迅速に事を進めていった。
その方法とは・・・。
呪詛編②【呪詛の果てに待つもの】に続く
★次回予告
フランソワーズは、祈りでは届かぬ場所に、自らの意志で手を伸ばした。
策略と執念で“妻”の座を奪い、魔女と呼ばれるほどの力を手に入れた彼女。
だが、彼女の物語はまだ“勝利”ではない。 それは、呪詛の序章にすぎなかった。
次回、呪詛編②『呪詛の果てに待つもの』では、
コニャック家の中枢に入り込んだフランソワーズが、
さらなる“浄化”と“支配”を進めていく様が描かれます。
彼女の魔術は、ただの策略ではない。
それは、血と記憶を操る“呪い”そのもの。
そして、開かずの間から逃げた少女、ミネット・ノワールの存在が
物語の空気を変えていく。
魔女の系譜は、まだ終わらない。 次回、呪詛は“果て”へと向かうのでした。