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ズブ沼にハマった彼氏を、拾い上げるか沈めるか

作者: 工藤 でん

大人な感じの、切ない恋愛ものに挑戦しました。

誰もが羨むカップルが、すれ違いっているようだけど。

そして彼氏は…………そっちの方向に本気出す!


これって、浮気、かなあ。


そう疑い出したのはいつからだろうか。



私、イリヤが、魔法局・障壁管理部の先輩である、ファビオと付き合い出して、一年以上が経つ。浮気するような気配は感じてなかったんだけど。



すれ違っている気がする。

いつも会えていたのに、最近会う頻度が減ってる。ファビオの口数も以前より少なくなってる。なんだか空回りしている気がする。

私たち、上手くいっていたはずなのに。



だって、普通に仲はいいもの。


仕事明けに、魔法局近くの居酒屋に飲みに行ったりしてる。

週末にはよくデートをした。

休日には、お互いの部屋に泊まりに行ったりもしている。


ごく普通に、恋人らしく過ごしていたはず。

だから、交際は順調だと思っていたんだ。





ファビオは普通に格好いい人だ。そこそこ背が高いし、スタイルもいい。それなりに顔も爽やか君だし、栗色の髪はきれいに整えているし、いつも身綺麗にしてる。

職場に配属された時、あの人ちょっと格好いいと思ってたし。同じチームになった時はラッキー、って思ったのも事実。



ファビオのこと好きなんだと自覚してから、ファビオの方から「イリヤのことしか考えられなくなった」と告白してくれるまで、そんなにかからなかったと思う。


ただ、その時私は付き合っている人がいたので、すぐにはイエスと言えなかった。

 二股とか、私の性格的に無理だったから。


ファビオは首を縦に振らない私を、猛烈に口説きだした。

「イリヤとは運命だ。直感が俺にそう囁いてくる」「君の瞳を独占したい。俺だけを見て」「ねえ、俺のものになってよ。俺はイリヤに全てを捧げる」「好きだ。愛してるんだ、イリヤ」などの、言葉の洪水を毎日浴びた。


忙しい元彼に連絡を取って、渋る彼にお別れを告げるまで、ファビオの少しキザな告白は続いた。


 ファビオと付き合えることになった時は、とにかく嬉しくて。

 ファビオも職場では素っ気なくしてるくせに、私と二人の時はひたすらに甘かった。


「俺のイリヤ。宝石のようなイリヤ」「ああ、幸福すぎて心配だ。イリヤを手に入れた俺は罰が当たるのではないか」「どうしていつもそんなに可愛いの? そんな魔法は知らないよ」「イリヤ、ずっと繋がっていよう。世界の時が止まるまで」「目を離すなよ、イリヤ。ずっと俺だけを見て」「君の全てを知っているのは俺だけだ。他の誰にも見せたくない、イリヤ」



毎日のように甘い言葉を注がれて。甘い言葉が溢れて零れて。

愛されてるって実感と共に、そんなこと、もう分かってるのにな、と思う自分もいた。


私にくれる甘い言葉は、私の器からどんどん零れて、ぽろぽろ落ちた。言葉はいつの間にか光を失って、そこにあるだけになっていった。


一緒にいるのが日常化してくると、言葉がなくてもお互いのことが分かるようになってくる。言わなくても分かるでしょ、って雰囲気になってくる。

二人の間で少しずつ会話が減っていった。



そんなのはあたり前のことで、 特に気にする事ではないと思っていた。

目を上げればいつものようにシュッとした姿のファビオがいるし、時間が合えば二人で食事して帰るし、ファビオはいつもわたしを家まで送ってくれて、キスして帰る。


付き合って一年経てば、そんなものだよね。

私はうっかりそう思い込んでいたのだ。


だから、最近あんまりファビオと会っていないと気づいた時に、『浮気』の文字が浮かんでしまったのだ。



◇ ◇ ◇



「いいよねー、イリヤは班長みたいな素敵な彼氏がいて」


同僚で同期のメルンが、ランチのグラタンをふうふうしながら言った。

メルンの言う班長とはファビオのことだ。ファビオは私たちの直属の上司に当たる。だからメルンはファビオのことを班長って呼んでいる。

私はオムレツをフォークで崩しながらメルンを見返した。


「メルンは彼氏と別れたばっかりなんだっけ」

「私、男運ないわー。顔で選ぶのいい加減やめなきゃね。

その点、班長は顔も良くて性格も良くて? 自慢の彼氏ってやつだよね」

「うーん、そうなんだけど。

でも、最近ちょっとあれって思うことあって」

「何、何? どうしたどうした? 

問題発生? 何かしらの不一致?」

「メルン、鼻息荒い」


 実際に鼻息が荒いわけじゃないけど、明らかにキラキラしてるメルンだ。ゴシップ好きだよね。こういう話、大好物だよね。

 私は思い返すように空中に目を据えた。


「ファビオ、ここ最近、仕事以外の事が忙しいみたいで」

「そうなの?」

「うん。なんだか難しい本読み出したり。なぜだか魔法学校時代の教本取り出したりもしてて。

週末飲みに誘ってもノッてこないし、なんだか上の空な感じだし」

「へえええ」

「ファビオって、泊りでどこかに行くとか前からあったのね。なんか、男友達同士で。だから、そういう集まりに行ってて、何か話題が出て調べてるのかと思ってるんだけど」

「ふうん」

「この前ファビオの部屋に遊びに行きたいって言ったら、今はダメだって速攻で断られたの。すごく散らかってるとかなんとか」

「わあああ」

「今まではそんなことなかったから、おかしいなって…………まさかだけど。女、じゃないよね?」

「私のカンによれば、オンナ。しかも関係の進んだ女、としか思えないけど?」


 メルンがきっぱりと言い切った。迷いなく断定した。


 ……ちょっと。

そこは違うって言ってよお。

 

 メルンは楽し気に、ベシャメルソースのしたたるチキンをふうふうした。


「班長ってさわやか系で人当たりもいいから、狙ってる子多いもん。他の部署の子が彼女いるのかリサーチかけてるの見たことあるし」

「そんなことあるの?」

「普通にあるわよお、あんなイケメンだよ? イリヤ、班長の近くにいすぎて忘れたんじゃない? あの人見かけ通りのモテ男だからね」

「それは…………知ってるつもり」

「つまり、班長が浮気する気さえあれば、いつだって相手は見つかるってこと。イリヤが気を抜いた隙をついて、浮気が成立している可能性が常にあるってこと」

「ファビオは浮気なんてしないよ!」

「そんなにきっぱり言い切れるの?」

「しない! …………と、思う」

「自信ないんじゃん」


 メルンはアイスティーのグラスを揺らした。氷がカランと軽い音を立てた。

 

「いっそ本人に聞いてみれば? 浮気してんのって」

「そんなの、聞けるわけないよ」

「じゃあ憶測でいつまでも悶々としてるしかないね」

「うーーー」

「まあいいや。その後進展あったら教えて。

 そろそろ本気で食べないとランチの時間終わっちゃう」

「猫舌なのに、ランチに熱々なもの頼むんだから」

「今日はグラタンな気分だったのお」


 メルンが本気を出してふうふうし始めるのを見て、私はオムレツにトマトソースを絡めた。

 胸がもやもやしている時に食べるオムレツは味がしない、ってことを初めて知った。



   ◇   ◇   ◇



 ファビオが私の部屋のソファで本を開いている。本を眺める横顔が凛として素敵だ。

うちで本を読んでいること自体は、珍しいことではないけど。読んでいるのは本棚にあった中級魔法の教本だ。また教科書読んでる。


 私は本に目を落とすファビオを見つめた。落ちてきた栗色の前髪を軽く払う仕草が様になってる。この絵になる(ひと)が彼氏なんだよなあ。

嬉しいけど、この間メルンと交わした会話がチクリと胸を刺す。


 こんなに格好いい(ひと)だもの。浮気する気があれば、いつでも簡単に相手は見つかる。そういう見かけの人でもあるのだ。


 私はお茶のカップを二つ持ってファビオに近づいた。


「どうして今更教本なんて読んでるの?」

「んー。魔法学校時代かなり雑に覚えてたから、改めて読むとためになるなって」

「仕事に生かせるってこと?」

「いや、仕事とは関係ないけど」


 私がテーブルにお茶を置くのを確認して、ファビオは私を片手で抱き寄せてきた。片手は教本を持ったまま。


 覗き込むと『魔法領域の範囲指定の構造と手順』とある。

私たちは魔法局の一部門、魔法障壁を維持管理する部署に所属している。国の主要な施設に関しては、魔法障壁が貼られている。その障壁の、維持と管理が仕事だ。

魔法の範囲指定など、私たちの仕事に関係ありそうだが、私たちの部署ではすでにテンプレートが出来上がっている。だから魔法の範囲指定などは、あまり触れることのない理論だ。


 ファビオが頭を撫でてくるので、私はファビオの肩に頭を預けた。


「広域魔法を新規で改めて作ると思ったら、まずはここからだろ。結構面倒くさい計算して理論構築してから範囲指定組むんだから、これを日常的にやってる魔法局の開発部門は、やっぱバケモノだな」

「テンプレは利用できないの?」

「できるのもあるんだろうけど、ちょっとかじっただけの知識じゃわかんないな。学生の時もっと真面目に授業聞いてりゃよかった」

「ファビオ、新しい魔法作ろうとしてるってこと?」


 私の言葉で、ファビオは教本を閉じた。そんなわけないじゃん、とお茶のカップに手を伸ばした。お茶をすすって「あちっ」とカップをテーブルに戻した。

 少し焦った感じがする。

 そういうのは、分かるんだ。一年以上付き合ってるんだから。

 同時にこの話題に触れて欲しくないんだな、ってことも分かる。

なんでかな。よくわからないけど。



 だから、私はファビオの胸に手を当てて、話題を変えることにした。


「ねえ、来週あたりどこか行かない? ササメ灯台を見に行くとか」

「あ、いいね。季節的にも。

でも、来週かあ。来週はごめん。先約がある」


そっか。

内陸部出身のファビオは、海を見るのが大好きだ。海がちょっと見えただけで「海だ!」って、子供みたいにはしゃぐ。だから、いいかなと思ったんだけど。

先約があるんじゃ、しょうがないな。


「じゃあ次の週の、陽の曜日は? ファビオの好きな服屋がセール始まるって。冬物欲しいって言ってたよね」

「えっ、もうセール? 行きたいけど…………再来週も予定入れてるんだ。ちょっと外せない用事で。

イリヤ、俺の代わりに見てきてくれない? いいのあったら買っておいて」

「ファビオの趣味に合うかはわかんないよ」

「イリヤのセンスには、絶対の信頼を置いています」

「ほんとに? 

 ……それじゃあ、出かけるならその次の週か。 

 三週間後だと……街のお祭りの日だ。今年も楽しみだね」


去年のお祭りの時は、付き合ったばかりだったから気合い入れてた。すごくおしゃれして待ち合わせしたなあ。

おしゃれして行ったのに、街の踊りの輪にファビオが入ろうって参加しちゃって。そのせいで汗だくになって服もヨレヨレになった。でも手をつないでくるくる回って、すごく楽しかったな。

その後飲んだ冷えたエールが、すごくおいしかった。そこで初めて、飲んだら真っ赤になっちゃうファビオを見たんだ。あんまりにも赤くておかしくて。笑いが止まらない私を見て、ファビオもつられて笑ってた。


楽しかったなあ。今年もまた行きたいな。


「ファビオ、今年はお祭り、どの辺を回ろうか。お花の飾りも見たいし、またダンスに参加するのもいいよね。なるべく着崩れない服にしないと」

「……ああ、祭り、ね」

「今年はステージも作って色々やるみたいだよ。大道芸人とか、ダンスショーとかあるんだって。音楽の演奏もあるって聞いた。ちょっと覗いてみたいよね」

「……イリヤ、ごめん。祭りの日は、絶対に無理なんだ。一緒に行けない」

「…………は?」

「祭りの日は特別なんだ。すごく大事な用事があって。俺、絶対に行かなければいけなくて……」

 


 ……私は我慢した。

 頑張って我慢したと思う。


 だけど、おかしくない? 絶対おかしいよね?

 週末をないがしろにされた上に、お祭りまで一緒に行けないなんて。

 今、私の髪を撫でている男は何なの?

 都合のいい時だけ一緒にいて、大事な時はいてくれない。

 この人は、本当に彼氏?

 


 いつでも浮気が可能な、格好のいいファビオ。

 私では満足できなかった、ってこと。

 私より優先する相手がいるってこと。

 つまんない職場の後輩より、楽しい浮気相手を見つけた、ってことでしょ。

 

 私といたってつまんないから。

代わり映えな無い毎日に飽きちゃったのね。どうせ私は面白味のない、地味な女だから。


でも、だったらどうして。

どうして彼氏面して、まだ私の隣にいるのよ!



 私はファビオの胸を突き飛ばした。

 驚いて私を見上げる栗色の瞳に、私は怒鳴り散らした。


「私より優先する用事って、何よ! ファビオ、最近そんなのばっかりじゃない!」

「イリヤ!」

「お休みの日は一緒にいたいのに。用事があるからって、何回断られたか。ファビオは気にもしてないんだろうけど、私はちょっとずつ傷ついてたの!」

「イリヤ、ごめん。今回だけだから」

「何よそれ! そんな言葉信じられるわけないでしょう!」

「本当だよ! 理由があるんだ」

「もういい! 言い訳なんか聞きたくない!」

「イリヤ! 聞いて!」

「もう、振り回されるのは嫌なの! ファビオの都合のいい女なんて、もうたくさん!」


出てって! と、私はファビオの上着を投げつけた。ファビオの顔なんて見れなかった。

ファビオは何か躊躇っていたけど、結局「ごめん」と呟いて部屋を出ていった。パタンと閉じた扉の音が、関係を断ち切るように響いた。


私は切なくなって、その場で両手で顔を覆った。


…………ごめん、て何よ?

浮気相手に本気になったとか、私の事なんてどうでも良くなったとか、初めっから口だけで本気じゃなかったとか。

ごめんて、そういう意味なの? 私が騙されていたの? ずっとだましてたの? ファビオは私の事なんてどうでもよかったの?


今まで信じていたファビオは、本当にファビオだったんだろうか。あんなに楽しかった時間は、全部、幻? ファビオの演技で楽しませてもらっていただけ? ファビオにとって、適当な、いつでも遊べる都合のいい女が欲しかっただけ…………?


そんな(ひと)だとは思っていなかった。優しくて楽しくて、誰かにちょっと自慢できる彼氏だと。

ファビオがたくさん口説いてくれたから、その気になったんだ。たくさん私に対する想いを言葉にしてくれたから、ファビオの本気を疑わなかった。聞いてて恥ずかしくなるくらいの愛の言葉を伝えてくれた。



私はストンとソファに腰掛けた。

冷静になって、付き合い出した頃のファビオの言葉たちを思い出した。たくさんの想いのこもった言葉があった。聞きこぼした言葉もいくつもあった。もったいないことをしたなと、今さら思った。

ゆっくり血の気が引いていくような気がした。



……最近ファビオは想いを言葉にすることをやめた。私が恥ずかしくなって、ファビオの言葉に素っ気なくしたから。愛してることは知ってるから、そんなに重ねて言葉にしなくても分かってるって、態度で示してしまった。


だから、ファビオは。

私への気持ちが、少しずつ冷めてしまったのかも。私に言葉をつくしても仕方ないって。愛の言葉を紡いで喜ぶ女性は、世の中にいくらでもいる。そういう(ひと)と過ごした方が、楽しいはずだ。



この結果を招いたのは、私だ。

私がつまんない羞恥心で、ファビオの言葉を封じてしまった。当たり前だと思っていたファビオの心の言葉を、取りこぼし続けてしまった。当たり前なんかじゃなかったのに。彼の本気の言葉だったのに。


 心を吐き出せないファビオが、他の女に目を向ける隙を作ってしまった。

 ファビオは、彼の言葉を真摯に受け止める誰かに出会ってしまった。

私だ。私が悪いんだ。

なのに、ファビオに当たり散らしてしまった。


どうしよう。

 取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。

 もう戻れないのかもしれない。 


私、まだファビオのこと、好きなのに…………




◇ ◇ ◇



結局、お祭り当日まで、ファビオと上手く話せなかった。


ファビオは職場ではいつも通りだけど、退勤時間になるとすごい勢いで帰っていく。きっと、私から話しかけられるのを避けているんだ。たまに目が合えば、すごく気まずそうにするし。


私たち、このまま終わっちゃうのかな。

ファビオに気持ちを残したまま、振られてしまうのかな。



どん底に落ち込んだ私を見かねて、メルンがお祭りに連れ出してくれた。

街は賑やかな祭り仕様に彩られ、普段よりも明るく見えた。たくさんの人が祭りの雰囲気を楽しむように出歩いていた。子供たちのはしゃいだ声や、屋台のおじさんの元気な売り込みの声がしている。路上で楽器を奏で、踊り出している人たちもいた。


部屋で閉じこもっていてもファビオのことしか考えられなかった。ずっともやもやしっぱなしだったから、ちょっとだけ気が晴れた気がした。



メルンとベンチに座って、揚げ菓子をシェアして食べた。揚げた上に粉砂糖がまぶされてるという、女子心をくすぐる屋台のお菓子だ。背徳感はお祭りだからという理由で、ほどよく薄まっていた。

メルンが手についた粉砂糖をパタパタと払った。


「どう? ちょっとは浮上した?」

「した。と思う」

「失恋なんて誰もが通り過ぎる通過儀礼みたいなもんだから。あんまり気に病まないんだよ」

「まだ失恋したんじゃない、って思うのは甘いかな」

「うーん、なんせ相手が班長だからねえ」


モテ男がフラれた女に未練残すのは考えにくい、とメルンは呟いた。偏見に満ちている気がするけど、否定できる材料もない。


ちゃんと二人で話し合うことができればな。火遊びくらいの浮気なら、私だって大目にみないこともない。

でも、退勤時間にすごい勢いで帰るファビオを思い出す。一秒も無駄にしたくないほど、新しい彼女に夢中じゃない。


ずん、とまた落ち込んでしまった。

浮上なんかちっともできてなかった。見たこともない浮気相手に嫉妬して、自分じゃないんだと奈落に落ちる。


私、ファビオのこと、こんなに好きだったんだ。どうして今頃気づくんだろう。後悔して気づくなんて、本当に馬鹿だ。



また落ち込み始めた私に気づいたのだろう。気を取り直すように、メルンが私を引っ張った。


「イリヤ、私見たいイベントがあるんだけどさ」

「何?」

「三人組の女の子の歌手。歌もダンスもする子たちなの。最近流行ってるんだー」

「へえ」

「可愛いんだよー。お祭りのステージイベントに出るみたいだから、イリヤも行ってみない?」


歌とダンス。

流行っている女の子のグループ。

それなら暗い気持ちも上がるかな。明るい気持ちに戻れるかな。

ファビオのこと、一瞬でも忘れられるかも。


そう期待して、私はメルンについて腰を上げた。





ステージの前はすごい人混みだった。みんな女の子たちの歌を聞きに来たんだ。なんだかわからないけど楽しそうだから見に行ってみよう、という人も多いんだろうけど。

メルンが場所を探しながら説明してくれる。


「『ピンクフォルト』っていうアイドルなんだよ。可愛いし歌はうまいし、ダンスもできるから、すごく人気になってきてるの」

「へえ」

「ファンはピンクの小物つける人が多いよ。ほら、ピンクのリボンつけたり、ピンクのシャツ着たり」

「ホントだ。よく見ると、たくさんいるね」

「あ、あそこにいる男の人たちは、ガチ勢だね。目立つピンクの衣装揃えてる」

「ああ、ピンクの法被にピンクの長鉢巻してる人たち? 男の人であの格好って、目立つねえ」

「絶妙にダサいけど、目は引くよね。あれだけ目立ってれば、いっぱいファンサしてもらえるんじゃない?」

「ファンサ……ファンサービスか。

そこまでして目立ちたいん…………」


私は目を疑った。

目立つアイドルオタクのピンク集団だ。その何事か熱く語り合っている男性たちの中に。


ものすごく知っている男の人がいた。


ピンクだ。鮮やかなピンクだ。

 すごくなじんだ姿と、見慣れないピンクが私を混乱させた。ピンクの背中には、『一生推します!』という太くて黒い筆文字が、でかでかと書かれていた。

 見慣れた栗色の髪に、長いピンクの鉢巻きをしている知り合いがいた。

 めちゃくちゃ知ってる人だ…………ピンク以外はすごく知っている人。



  ――――ファビオだあ――――



 どう見てもファビオである。ダッサイ衣装のくせに顔だけシュッとしてるファビオである。

なんでこんな所で。そんな格好で。

……見ればわかる。アイドルの推し活だ。


私の視線で気付いたメルンが、ファビオを見つけて大声を上げた。


「ええ―――――? 班長―――――???」

「は?」

「イリヤ放っておいて、アンタ何やってんのよ!」

「ええっ?

嘘、イリヤ?!」


衝撃の出会いだった。





「ちょっと待って。ピンク班長ダサい。ウケる!」

「メルン」

「いつもシュってしてるのに。めちゃくちゃダサい。ギャップヤバい……ぶふっ」


ピンク色のファビオに近付いたメルンは、ファビオの目の前で遠慮なく笑い転げた。そういう性格の子だ。

笑いっぱなしのメルンを放っておいて、私はファビオの前に立っていた。正直、なんて声をかけていいか分からない。

ファビオも、ものすごく困った顔して固まっている。周囲のピンクの男の人たちも、成り行きを固唾を飲んで見守っていた。目に入るのは、どピンクの法被(背中の、一生推します!、も理解不能)とラメも入ってるピンクの長い鉢巻。

もう、本当に困る。どう突っ込んでいいのか。


 立ち尽くす私の視界を、ちらちらとピンクが動いていた。ファビオのピンクではない。ピンクのファビオは目の前にいる。

 群衆の中にポツンポツンと、ピンクが見え隠れしているのだ。

 散在していたピンクたちは、あちらこちらから、勢いよくわらわらと集まってきた。

何人いるのよ。

 ファビオと同じ、ピンクの法被にピンクの長鉢巻きの男性十数名が、ずらりと私たちを取り囲んだ。


 え?

 何??

普通に怖い。


 ピンク法被たちは、ファビオにちらちらと視線を送ってきた。


「どういたした、ファビオ氏」

「厄介ごとか、ファビオ氏」

「もしや、自慢の彼女ではなかろうか」

「あの鬱陶しいほど自慢してた彼女であるか」

「ついにヲタ活がバレたらしいですな、ファビオ氏」


 どうやら……というか、見たらわかる精度でファビオの仲間だ。

 十人ほどいるが見た目がピンクでみんな男性だ。若干の気色悪さは拭えない。

 

 でも、どうしたって目に入ってくる……ピンク。ショッキングピンク。


 仲間が増えたピンクの法被たちは、わいわいと快活にしゃべり始めた。


「彼女にヲタ活を黙ってたつけを払う時がきたのですな、ファビオ氏」

「だからさっさとカミングアウトせよと、忠告いたしておったのに」

「意気地がないでござる、ファビオ氏」

「こちらの女性が、いつ聞いても耳が腐りそうなほど惚気てる彼女ですか、ファビオ氏」

「我々、耳が腐りすぎてますからな。嘘くさいくらい絶大に可愛いという彼女は、ファビオ氏の妄想と片付けてしまうところでしたぞ」

「てか、彼女ガチで可愛いいじゃないですか、ファビオ氏」

「推しより可愛いとか許しがたいですな、ファビオ氏」

「しかも振られたんじゃなかったですか、ファビオ氏」

「わたしのざまぁをどうしてくれます、ファビオ氏」

「リア充爆死願望は小生の絶対的人生訓でありますが、彼女がガチ可愛いゆえ見逃すであります、ファビオ氏」

「おっと、可愛い彼女の恩恵ですな。辛くも生き延びましたな、ファビオ氏」

「死亡フラグ立てまくってたくせによく死にませんでしたな、ファビオ氏」

「命の恩人たる彼女に感謝の舞を捧げるべしですな、ファビオ氏」

「ちょっとみんな、黙っててくれるかな?!」


 ファビオの一言で、ぴた、っと周りの男性たちが黙り込んだ。

 ピンク法被を着た無言集団。

 それはそれで異様である。

メルンはひたすら腹を抱えて笑っているけど。


 ファビオは私に向けて、深々と頭を下げた。長いピンクの鉢巻きが地面につきそうだった。


「黙ってて、ごめん。

 実は俺、アイドルユニット『ピンクフォルト』の昔からのファンで」

「…………は?」

「三年くらい前からずっと追っかけてて、応援してるんだ」

「はあ」


ピンク集団がしみじみと呟き出した。


「我らが『ピンクフォルト』も、三年前はまだ知名度も低く、つらい時期でしたな」

「ワイン箱の上で歌っている彼女らを、いつか大きな舞台に立たせてあげようと、涙と共に誓いましたな」

「その頃からファビオ氏は我らのリーダーとして君臨し」

「歌の合いの手、掛け声、合いの手ジェスチャーの統一化による、ファン同士の一体感を推進し」

「ペンライト導入を運営にまでねじこんだのは快挙と言えるでしょう。ファビオ氏は『ピンクフォルト』古参ファンの間で、知らない人はいない存在」

「はあああ」


 ……ごめん。全然わからない世界。

 戸惑っている私に、ファビオは申し訳なさそうな顔をする。


「ここ最近忙しかったのも、『ピンクフォルト』の活動が忙しくて」

「……最近の週末はずっと、この人たちといたんだね」

「そうなんだ。今日、この街の祭りのステージで『ピンクフォルト』のライブがあるから。

 運営から許可も取れて、演出に参加させてもらってて」

「はあああああ」

「ああ、もう! イリヤ、めちゃくちゃ呆れてるだろ。分かってるよ、完全にヲタクの世界に沼ってんだよ。

 だからバレたくなかったんだ!」


 恰好悪いことは自覚してる、とファビオは顔を背けた。

 うん、ピンクの法被のファビオは恰好悪い。ピンクの鉢巻とか理解できない。見た目がもう、本当にどうしようもなく、ダサい。


 それでもファビオは顔を上げた。仕事の時に見せるような、きりりとした表情になった。


「でも、みんなすごく頑張ってるんだ。努力を重ねてここまで来たんだ。それは全力で応援したい。

 それは俺の使命だから」






 興味はないだろうけど見ていってほしい、と言われて。


 私とメルンはピンクの法被に囲まれて、野外ステージの最前列、その一番左端にいた。演出を担当しているので、この場所が確保されていたらしい。こんな前で見れるなんて! とメルンは興奮していた。


 辺りは暗くなって、ステージを照らす灯りが次の出演者を待っていた。ステージの灯りの真ん前が、特別な人の居場所であることを示していた。


 自分の服や小物にピンクのものを忍ばせた『ピンクフォルト』のファンたちでいっぱいのステージ前。ファビオの周りが男性ばかりなので、男性ファンが多いのかと思いきや、女性のファンがすごく多かった。みんなピンクのリボンを髪につけて、すごくおしゃれしていた。



 「お待たせしました。『ピンクフォルト』の登場です!」というアナウンスが流れた。


 すぐに三人の女の子がステージに走りこんできた。年齢は十代後半くらいだろうか。一人は水色、一人は黄色、もう一人は赤色で、丈の短いドレスを着ている。みんな大きなピンクのリボンを頭の後ろにつけていた。

会場が、女の子の登場でざわめき始めた。


「「「こんばんは! ピンクフォルトです!!」」」


 ぎゃあああああ!!!!


 としか表現できない声が会場から湧き起った。

 もちろん私の周りのピンク法被集団もだ。メルンも歓声を上げた。ファビオは両手を挙げて叫んでいる。「尊い!」「一生推します!」などの声もかけている。

ピンク法被集団は両手にペンライトを掲げた。燦然とペンライトが輝いている。会場もつられるようにペンライトが次々と光り出した。

 水色、黄色、赤色、ピンク、四色の光が会場中いろんなところで光っている。


 ……ペンライトは自分が好きだと思う子の、衣装の色をつけるのか。

 

 私を会場を見ながら想像する。ペンライトは手元のボタンで色を変えられるから、ファンは自分の推しの色をつけて応援する。ステージの上では自分の色をつけてくれている人を見て元気をもらう。アイドルとファンの距離を縮める効果。

 ちらりとファビオを見た。ファビオのペンライトはピンクだった。

 なんにせよ、会場がいろんな色の光に溢れて、賑やかで綺麗。



「まずはこの曲から…………

いくよ――――――!!!」



 赤色ドレスの子の掛け声から、前奏が始まった。音楽が流れ始めた途端に会場中のペンライトが振られ始めた。リズムに合わせて動く光が、楽しそうにきらめいた。



「「「「「 ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! 」」」」」


 凄まじい合いの手はピンク法被集団だ。

 ピンク法被集団につられるように、会場も元気に「ハイッ! ハイッ!」とコールし始める。

 ……うわぁ……すご…………


 ステージ上では女の子たちが踊りながら歌っていた。

 私は、こんなに激しく踊りながら歌う子たちを初めて見た。

シンクロする振り付けは綺麗に合わせて、時々個人の決めポーズを挟みながら歌って踊る。すごい、可愛くて格好いい。真似してみたい。踊ってみたい。そう思わせる。

だから女の子のファンが多いんだ。

 


 そしてピンク法被集団がすごい。

 声掛けの合いの手は完璧。歌に合わせた合いの手ジェスチャーは、面白い。観衆が法被たちを見ながら動作を真似て楽しんでいた。


 ピンク法被集団は、「♪愛の攻撃 ばっきゅーん♪」という歌詞に合わせて、ペンライトで銃を撃つ真似をしてる。どうやらお決まりの動作らしいけど。


今の何? 面白い。何あれ、超やりたい!


ソワソワしてたら、ピンク法被の人が予備のペンライトを貸してくれた。予備持ってるなんて、なんて気の利く人!

「♪恋の爆撃、ばっきゅーん♪」

 で、会場と一緒に、ばっきゅーんできた。やった!

すごい、楽しい!


 なんだろう、この一体感。なんだろう、この充足感。



 二曲連続で歌って、女の子たちは自己紹介を始めた。MCタイムだ。一人ひとり、名前とチャームポイントを発表している。お互いの欠点をつついたりして、時々笑いを取ったりもしていた。


 その間にファビオが法被集団から抜けて、設置されていた机に近づいて行った。

 なんだろう。

私もファビオについて行ってみた。机にかぶせられていた板をどかすと、そこにはいくつかの魔法陣が設置されていた。そこまで複雑ではないけど、見たことのないものだった。


 どうして、ここで魔法陣なんか。


「これ、なあに?」

「次の曲の演出。さっきまで調整してた。ここ三週間、これにかかりきりでさ」

「ファビオが最近忙しかったのって、これ」

「上手くいったら、凄いよ。楽しみにしてて」


 私にニッと笑顔を向けると、ファビオは真剣な表情で魔力を注ぎ始めていた。魔法を起動させるんだ。



 ステージでは女の子たちが話を閉めにかかっていた。

 赤色の女の子が次の曲の紹介をしている。


「最後の曲です。三人それぞれにソロパートがある、難しい曲です。一生懸命練習してきました。

 古参のファンの方たちが、素敵な演出をつけてくれました。格好いいのでそこも注目。

 それでは、みなさん聞いてください」


 軽やかなイントロが始まって、赤色の子のソロが始まった。赤色の子の、透明感のある歌声。

 会場が、急に赤く染まった。



 ……えっ?



 会場中のすべてのペンライトが一斉に赤くなったのだ。誰もペンライトをいじっていないのに。

 赤い子に続けて黄色の子がソロを歌い出した。その次に水色の子。


 ソロになる度に、会場が赤くなったり、黄色くなったり、水色になったりする。三人全員で歌うところはピンクになる。ステージの照明も色が変わっている。

 会場が歌に合わせて色を変えているのだ。色が変わると歓声が上がる。光の色が曲の世界観を作っている。『ピンクフォルト』の歌を彩る。

観衆が『ピンクフォルト』の世界に没入していった。


 私はファビオを振り返った。

 ファビオは目が合うと、いたずらが成功した子供のように笑った。片手は魔法陣に手をかざしたまま、片手で親指をグッと上げて見せた。狙い通りだと、いたずらっ子が笑っていた。


ああ、楽しそうだ。

これがやりたかったんだね。

もう、いい顔してるなあ。



 ファビオの手元の魔法陣。

 これで会場のペンライトと照明を操作しているんだ。

 魔法を感知する微弱な装置をペンライトと照明に仕込んでおけば、できないことではない。『ピンクフォルト』専用のペンライトとして売れば、ファンは絶対買う。推し専用のペンライト、買わないファンはいない。

 そのペンライトを使って会場全体を演出に巻き込んでしまった。これは、絶対に楽しい。


 ここまで入れ込んでるんだ。

 ここまで沼にハマってるんだ。

 ファビオが私より優先したのは、これかあ。


  

 こんなのさ。

 …………もう、嫉妬のしようもないよね。


 

   ◇   ◇   ◇



「この後は彼女とごゆっくりですぞ、ファビオ氏」

「彼女とゆっくり…………やっぱり一回爆死しときますか、ファビオ氏」

「いやいや、貴重な先達を亡くすと我々の未来が閉じられますぞ!」

「我らにもリア充の未来が開けていると!」

「私でいいなら、恋活のアドバイスするよー」

「おお、ファビオ氏彼女の、友!」

「ヲタクが有りか無しは、実に気になりますな!」

「ヲタクは有りだけど、私服ダサいのは無しだよ。班長なんて全体的にシュッとしてるでしょ。あなたたちは髪型からなんとかすべし」

「辛辣っ」

「大辛っ」

「彼女さんはどうお思いですか」

「ありのままの我々では未来はないということですか」

「いやー、ホント彼女さん可愛いですなー」

「ねえ、みんな。ファビオ氏、やっぱり一回爆破しときましょうや」

「みんな、おつかれー。ここで解散しよう。ほら、おしまい。散れ。早く散れ。さっさと散れ。

 お前ら、イリヤを囲んでんじゃねええ!」



 賑やかなピンク法被さんたちと、なんだか法被さんたちに馴染んでいるメルンと別れ、私とファビオはステージから離れた広場に来ていた。

 ファビオは法被も鉢巻きも取って、いつもの服装に戻っている。いつものようなシュッとした姿のファビオである。

 いつものファビオはさっきまで、「♪ばっきゅーん♪」と全力でペンライトを振っていた、同一人物とは思えなかった。

 


 ファビオと小さな花壇の縁に腰かけて、屋台で買ったエールを飲んだ。

 「うめー!」と声を上げるファビオに、私は軽く肘をぶつけた。


「……言ってくれればよかったのに」

「推し活の事?」

「そういう趣味があるんだって分かってれば、余計な心配しなくて済んだのに」

「君に言えると思う? ピンクの法被着てペンラ振ってますって」

「恰好悪いね」

「そうなんだよ、恰好悪いんだよ。自覚くらいできてんだよ」


 言いながら、片手で覆ったファビオの顔は赤い。アルコールのせいなのか羞恥のせいなのかは、分からなかった。

 私はファビオを上目遣いで見上げた。

 気になるから、聞いておこうと思って。


「で、三人のうち、どの子が好きなの?」

「ん?」

「『ピンクフォルト』の中の。三人のうち、好きなのは誰?」

「俺、ハコ推しだから。誰か一人のファンじゃないから」


 ハコ推し? 何それ?

 そう聞く前にファビオは水を得た魚のように話し出した。


「『ピンクフォルト』は三人揃っての『ピンクフォルト』なんだ。歌唱力抜群の赤色のユッコ、ダンスのキレが最高な黄色いのメイリン、とにかくビジュがいい水色のサリたん。この三人がお互いの欠点を補いつつお互いの長所を高めあって常に成長を続けるアイドルユニット、それが『ピンクフォルト』! 下積み時代は解散の危機が訪れたこともあったが今や飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びている。ライブを開催すれば遠方からもファンが駆け付け、ライブ会場自体もどんどん大きく…………」

「あー、なんとなく分かった」

「いや、分かってない。『ピンクフォルト』の真髄を知るには彼女たちの真なる友情秘話は欠かせず」

「あのね、ファビオ」

「何? ダンス強化のための秘密特訓の話のほうがいい? めっちゃ泣けんだけどさ」

「ごめん、そこまで興味ないんだわー」


 興味ない、の一言でファビオはシュンと萎れた。一撃で倒してしまった。

 なるほど、これはヲタクを倒す必殺の言葉なんだね。


 でも一つ理解したことがある。

 ファビオが私を口説いたときに、くどいほど言葉を尽くしてきたあれ。


 あれ、ヲタク気質だわ。


 言葉を使って語りつくしたいのね。

 言葉をつくしているうちに、これってヲタクっぽいかももしかしてヲタクってバレるんじゃねヲタクだとバレたら嫌われるんじゃね? くらいの境地に達して、徐々にフェードアウトしていった。

 ファビオはそんな感じがする。

 

 私は萎れたファビオの手を握った。それだけでぴくんと顔を上げるあたり、男って単純だなあとは思う。


「ライブの魔法って、ファビオが作ったの?」

「作ったってほどのものじゃないけど、仕掛けたのは俺。魔法範囲指定が難しかったな。ステージと観衆を入れる範囲を想定して、ペンラと照明の色変えをこちらからの指示に変えられるようにして。

 あ、ちゃんと魔法使用の許可は取ったからね」

「すごく良かったよ。会場の一体感がすごくて」

「だろ。他にもアレンジできると思うんだ。演出次第で、ステージのクオリティは格段に違う。これからのライブの演出が劇的に変わってくるよ」

「そうだろうね」

「……あー、イリヤ」


ファビオが真面目な顔して私に向き合った。覚悟を決めたような雰囲気がしていた。


「俺はやりたい事やれたし、これで終わりにしてもいいんだ」

「……推し活のこと?」

「ハコ推しとはいえ、可愛い女の子を応援してるわけだし。イリヤは面白くないだろうってことは、分かってるから」

「…………」

「推しよりも、イリヤの方が大事。

……それは、わかってるよね?」


真剣な目のファビオは、いつものように格好いい。ここで私が推し活なんてやめて、って言ったら、やめてしまうんだろうな。


でもね。

ライブの時のファビオ、いい顔してたんだよね。

あんなに夢中になれること、やめてなんて言えないよ。



私は握ったファビオの手に力を込めた。


「それも含めて……ファビオと今日はじっくり話したいな」

「え?」


 見返してきたファビオに、私は拗ねたように目をそらした。


「だって私、三週間も放ったらかしにされたのよ。推し活なんて思わないから、浮気してるんじゃないかって疑ったし」

「浮気? 俺が? なんで?!」

「私より大事なものがあるって素振りされたら、普通は浮気を疑うよね」

「あー。イリヤ、ずっと怒ってるとは思ってたけど。

今は時間とれないから後で埋め合わせするつもりで……そうか浮気か。そうなのか」

「だから、私が一番って、証明して」

「イリヤが一番…………もう、そんなの分かってるよね」


分かってるよ。

でも、分かってるからいらない、なんてもう言わない。ちゃんとファビオの気持ちが欲しいから。

これからは私からも、ちゃんと伝えるからね。


「だめ。ちゃんと言って。行動して。ちゃんと私に実感させて」

「実感させるって」

「どうすれば、私が一番って実感できるか、ファビオは知ってるでしょ」

「……えっと、イリヤ。

かなり大胆なこと言ってるけど意味、分かってる?」

「分かってるよ。反省もしたの。ファビオの全てを受け止めるって」

「……俺の部屋、ここから近いことも分かってる?」


 私はファビオに軽く抱きついた。私を見返してきたファビオは、少し緊張して、多分興奮していた。栗色の目が甘く光っている。すぐに腰に手が回ってきたのがその証拠だ。


「今俺んち、『ピンクフォルト』のグッズでいっぱいで」

「だからお部屋に入れてくれなかったんだね」

「ライブ近いから気分が盛り上がってて。

あー、もう。早めにバラしておけばよかったなあ」

「今さら」

「あ、これだけは言っておかないと」

「なあに」


 ファビオは私に顔を近づけてきた。

キスする時はいつもそう。ファビオのシュッとした顔が、いつもより男の顔になる。


「推しなんて、霞むほど君が愛しい。君ほど全てを欲しくなる女性は他にいない。

俺にとっての女は、イリヤだけだから」



   ◇   ◇   ◇



 『ピンクフォルト』の人気は国民的なものになった。

 特にライブは競争率が高く、チケットはなかなか手に入らないという。

 ライブで毎回度肝を抜くような演出をするライブクリエイト集団は、夫婦二人が率いている。

 会社名は『F&I』。

 

 ファビオとイリヤのその後の活躍は、また別の話。



推しのライブ会場で。気合い入れたヘアメイクして、プライベートでは絶対着ないダサ法被にマフラータオル首にして推しのぬいぐるみやアクスタと共に写真撮っている美女界隈、大好きです! 美人なのに、めちゃかわいいのに、クソダサい格好で最高の笑顔! いい!


評価★★★★★、ブックマーク、リアクション、感想など頂けると、嬉しすぎて推しの迷曲をかけて踊り狂うと思います。生暖かい目で遠巻きにしてあげてください。


読んでいただき、ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
うーん、これは何とも判定し難い。 自分はがっつりオタクだし、ファビオ氏の行動は分かる。 でも大事な彼女を理由も言わずに放置したのはギルティ。罪が重すぎる。 だって傍にいて欲しい時にいない彼氏とか、いら…
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