第二十五話~レッドワイバーン~
ボアードの突然の言葉にカムリをはじめ、他のワイバーン達も一瞬静まり返る。それもそうだ、主が殺されたかと思えばその首謀者が直々に赴き、今度は殺された主の代わりに自分達が使役すると言い始めたのだ。状況を理解出来ず思考が停止してもおかしくない。
人間社会のコミュニケーションでは、話を相手に上手く伝えるためにはまず結論から話し、その後に理由等の詳しい説明を付け加える事が良いとされている。
ボアードはそれに習い、まずこちらの伝えたい事を端的に伝えた。そこは問題ないだろう。しかし、その後の説明が見事なまでに欠落していた。
まぁ、これはあくまで人間社会でのセオリーだ、魔物であればそんなくどくどと説明する必要は無いのかもしれない。
「おい、お前、オークの分際でこの私に何と言った?お前達が我々の主になるだと?笑わせるな。
確かに我が主によりかけられた支配の魔法はもう解除されている。
この魔法は術者が死なない限り解除できないと聞いている。
主が死んだのは間違いないのだろう。
だが主が死んだ時点で我々は自由だ。
仮に我が主を殺したのがお前達だったとしても、我々がお前達の命令に従う義理はない。
お前達が主を殺した証拠も無ければ、我々がお前達に殺してくれと頼んだ訳でもないからな。
分かったか?さぁ、殺されたくなければ早くここから立ち去れ。」
うむ。ワイバーンの言っている事はもっともだ。やはり魔物の世界でも人間社会と同様に論理的にコミュニケーションを図る必要がありそうだ。
とは言え、人間社会にも話が通じず、まともに議論ができない連中は山ほどいるし、魔物にも同じ事が言える。
このカムリとかいうワイバーンのように知的で話の分かりそうな魔物に出くわす方が珍しいのかもしれない。
しかし、魔物にもこのような存在がいる以上、ボアードはそれ相応のコミュニケーション能力を養っていく必要がある。今回のこの一連のやり取りはボアードにとって良い経験になるだろう。
さぁ、ボアード、どうする?
「むむ~、オークの分際って言ったッスか!?あまり自分達を舐めない方が良いっすよ?お前達の前におられる方がどなたと心得るッス?あの魔王国が誇る四天王が一人、大魔法使いカイト様ッスよ!?」
苦しくなったボアードはここで俺の肩書きと名前を利用してきた。まぁ、もうちょっと自分でどうにかして欲しかったが、それも悪くはないだろう。それにしても大魔法使いって、、、なんだか中二病っぽくて恥ずかしいが今はそれには触れないでおこう。
ボアードがカイトを紹介するとカムリはこちらの方を見て顔色を変える。
どうやらボアードが紹介した大魔法使いが、あの荒野での一戦で規格外の魔法を放った化け物であると気付いたようだ。
先程まで強気だったカムリにも焦りの色が見える。それもそのはずである、なぜなら荒野での激しい一戦で己の常識の枠を超える規格外の魔法を放った異形の存在が目の前にいるのだから。
あの時はシュバインが召喚した天使を盾にする事でメテオストライク(隕石衝突)から難を逃れたが、もうその手は使えない。であるからと言ってあの大魔法を凌ぐ代替手段を持ち合わせている訳でもない。
即ちあの人外の魔法をもう一度でも唱えられようものなら、ワイバーン達に抗う術は無く全滅するという事。
「お、お前達はあの荒野の時の!?まさか本当に我が主はこいつらに殺されたというのか!?しかし、お前のようなオークはいたか?見覚えが無いのだが?」
確かにボアードはあの一戦で何も出来なかった、というか出番が無かった。あの場には参戦していたのだが、戦況的に何もする事が出来ずカカシのような存在だった。覚えていなくても無理はない。
なんだが意気揚々だったボアードが段々惨めに思えてきてしまった。
早く救いの手を差し伸べてやらなければ。
「だからそうって言っているッスよ。っていうか、自分を覚えていないって何なんスか~!?ムカつく奴ッス!」
ボアードも頑張って話を進めようとはしているものの、カムリの方がまだまだ上手のようだ。
お客様と商談する際もまず下っ端がお客様と話を進める。そして話が詰まってしまった時や厳しい局面の時に上司が援護射撃でフォローしつつ成約にこぎつける。これが人間社会のセオリーだ。という事でこの例に習って俺の出番である。
「カムリと言ったか?確かにお前の言っている事は筋が通っているかもしれない。
お前の言う通り、我々がお前達の主を殺した事によりお前達は自由の身となったが、これは我々が勝手に行った事だ。
我々に主を殺してくれと頼んでもいないお前達にとっては、主が死んだ後はもう自由だと思うのかもしれない。
しかし魔物とは言え、我々の領土を侵攻している聖大陸軍の騎士団に所属している身だ。はいそうですか、とお前達を自由にさせる訳にはいかない。
お前達がまたいつ悪事を働くかもわからないからな。
ただお前達は魔法の力により半ば強制的に支配されていた身。今回はそれに免じてお前達にもチャンスを与えようではないか。
あくまでここは弱肉強食の世界。カムリよ、もしお前がボアードと一対一で勝つ事が出来たのならばお前達に自由を与えよう。自由を掴みたいのであれば己の力を示して見せよ!
ただし、負けたのであれば我々の傘下に降り忠誠を誓え。
さぁ、どうだ?お前がこの条件をのめない臆病者であるなら尻尾を巻いて逃げても構わんぞ?
ただし、その時はお前達を将来の危険因子とみなし対応する事になるだろう。今度は手加減しない、よく考えて返事をする事だな。」
弱肉強食のこの世界で圧倒的強者を前にしたらもう強者に従う他無いのだが、あえてチャンスを与えた。その大きな理由はボアードに見せ場を作って自分に自信を付けてもらう事。そして決闘にはなってしまうが、こちらの一方的な圧力で相手を支配したのではないという事実を作りたかったからだ。
それにワイバーンも魔法の力により支配されてしまっていた身、そこに少し同情してしまったという理由もある。
まぁ、何はともあれこれで俺がフォローした事でボアードとカーミラの信頼は厚くなり、ボアードは経験と自信を付けてくれることになるだろう!たぶん。。。
「臆病者だと?いいだろう、承知した。本当にこのオークを一対一で倒せば自由になれるのだな?」
「あぁ、約束しよう。倒せるものならな。」
「フッフッフ、あの二人には敵わないが、お前なら勝てそうだ、覚悟しろ、ボアードよ!」
「自分も舐められたッスね、なかなか頭にくる奴ッス。」
「ボアードよ、殺すなよ、こいつらは今後大事な労働力になるからな。」
「承知いたしましたッス、じゃあさっさとかかって来いッス!」
「オーク如きが!死んで後悔するなよ!」
カムリは右腕を大きく振り上げ、鋭い爪を立てて、ボアードを切り裂こうとする。ワイバーンはドラゴンの下位種族ではあるものの、鋼のような鱗や、鉄のような爪、ブレス攻撃などドラゴンの特性を持ち合わせている。言わばドラゴンの下位互換だ。
下位互換とは言え、その鱗はあらゆる攻撃を跳ね返し、爪は岩をも切り裂く、ブレス攻撃は先の戦いで見せた通り一面を焼野原にするほどの威力がある。
舐めてかかると足をすくわれるだろう。ボアードは余裕の表情だが大丈夫だろうか?
「ドシーン!」
カムリの攻撃がボアードに直撃し鈍い轟音と共に砂煙が舞い上がる。攻撃による衝撃波がこちらにも伝わってくる。まともに直撃したようだが平気だろうか。
そんな心配は無用であった。砂煙が収まると、そこにはボアードが左腕一本でカムリの攻撃をガードしていた。
攻撃したカムリの右腕はぷるぷると震えており、あと数センチで鋭い爪がボアードに届きそうだが、それ以上動かない。
それに対し、ボアードは涼しい顔でその場から一歩も動かず攻撃を防いでいる。
この旅で戦いを重ね俺もカーミラも成長してきたが、ボアードも例外ではない。依然と比べ戦闘能力が向上しているのが目に見えて分かる。
ましてやエルフの里でワイバーンの上位種にあたるドラゴン(グリーンドラゴン)と戦ってきた。今更ワイバーン如きに遅れは取らないのだ。それがボス級のワイバーンだったとしても。
ボアードが全力の一撃を受け止めた事に動揺は隠せなかったが、カムリも必死だ。自分の負けがこの群れの負けに繋がる。負けてしまったら敵軍にどんな扱いをされるか分からない。一回の攻撃で圧倒的な力の差を見せつけられてしまったが、自分のため、仲間のため、負ける訳にはいかないのだ。
カムリは無我夢中で両腕を振り下ろし連打を放つがボアードはそれを全て受け止める。グリーンドラゴンには吹っ飛ばされてしまったが、もうあの時のボアードとは違う。ましてやワイバーンの攻撃など論外である。
カムリは全力で尻尾を振り回してボアードにぶつけるが、これも拳一つで跳ね返されてしまう。ボアードは大剣を背負ったまま抜こうともせず、全て素手で対処している。
カムリはやけになって噛みつこうとした時、ようやくボアードが反撃した。
近づいてきた顔面に向かって拳を振り上げる。
カムリはアッパーカットを食らった格好になり、大きく宙に舞い上がる。あの巨体を拳一つで吹っ飛ばしてしまった。
ボアードの一撃により空中で意識が朦朧とする中、カムリは何とか翼を広げて体制を整える。
頭に血が上ったカムリはボアードが立っていた筈の地面に向かってブレスを吐こうとするがそこにはボアードの姿がない。
「これで終わりッス!」
すると上方からボアードの声が聞こえた。ボアードはカムリを殴り飛ばした瞬間、カムリよりも高く飛び、上空でトドメの準備をしていた。
ボアードは上空からカムリの脳天に向かって拳を放つ。攻撃が見事に命中した瞬間、カムリは流星の如く地面に急降下する。
カムリはそのまま激しく落下し、地面にクレーターが出来る程の衝撃で叩きつけられた。その中心には完全に気を失い、力なく地面にばたりと伸びているカムリの姿があった。
勝負ありである。
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