第十五話~カーミラの出生~
ハイペリオンへ向かう途中、俺はふと疑問に思った事をカーミラに尋ねた。
「カーミラよ、故郷がこのような危機的状況であるにも関わらず、お前は冷静な振舞いだったな。いつも冷静沈着とは言え、いくら何でもこの状況を目の当たりにすれば少しは取り乱すと思っていたのだが?」
「そうですね、当然思う所はあります。しかし、不謹慎かもしれませんが、幼い頃に両親を死に追いやった伝染病に比べればそこまで取り乱す事ではないと思ってしまうのです。里の者が苦しんではいるものの、まだ誰も死んでいないのですから。」
「そ、そうか。すまない、そんな事があったとは。辛い事を思い出させてしまったな。」
「いえ、とんでもございません、お気遣いありがとうございます。そういえば、カイト様にも私の出生についてはお話しておりませんでした。これから向かうハイペリオンにも関わりがあるので、道中で恐縮ですが、少しお話させていただきます。」
そう言うと、カーミラは自身の出生やこの里の事について話し始めた。
カーミラは父クリフ、母ラミスの間に生まれた一人娘である。エルフ族はもともと魔法技術が優れている種族だが、クリフとラミスはそのエルフ族の中でも秀でた才を持っていた。
クリフは攻撃魔法を得意とし、あらゆる属性を高位な魔法で発動する事が出来た。一方のラミスは回復系魔法を得意とし、どんなに重症を負っても、高位の回復魔法で治す事が出来た。里に族の侵入を許してしまっても、凶暴な魔物に襲撃される事があっても、クリフが撃退し、ラミスが負傷者を治癒する事で被害を最低限に抑える事が出来ていた。この二人の存在が里の安寧を保っていたと言っても過言ではない。
元々二人は魔法の才に恵まれていたが、真の才能は、魔法に対する異常なまでの探究心である。
エルフは生真面目な性格に思われるが、長寿で時間を持て余しているため、意外と堕落した生活をしている者も多い。
普段は生活に必要な食糧を採集したり、外敵に備えて訓練をしたり、古くなった住居を修繕したりと生活に必要な衣食住のための労働はする。
しかし、エルフ族は水があれば必要最低限の食事で生きていくことが出来る。また、里に入るにはあの迷いの森を抜ける必要があるため、魔物がたまたま迷い込んで里に侵入したり、外に出た里の者が尾行されて侵入されたりしない限り、外敵に狙われる危険もほとんどない。
そんな事情もあり、そもそもの必要最低限の水準が他の種族よりも低い。それでいて健康長寿な種族なのである。
そのため、余暇は酒に興じたり、他国に遊びに出かけたり、家でゴロゴロして過ごしたり、宴をしたりと、大半の者がそれぞれの好きな事をして過ごしている。
こんなに自由な生活が出来るのは長寿の種族の特権かもしれない。人間社会だったら、宝くじでも当たるか巨万の富を得た成功者にでもならない限りこんな生活は出来ないだろう。
そして、その有り余った膨大な時間を魔法の探究に全て費やしてきたのがクリフとラミスである。クリフは時間があれば魔導書を読み漁り、魔法の鍛錬をしてきた。
一方のラミスは家に籠り、回復薬や回復魔法の実験に明け暮れる日々を過ごしていた。
人間の世界でも一流のスポーツ選手や学者等、その道のプロフェッショナルは沢山いるが、その中の頂点、トップ・オブ・ザ・トップの人間は才に恵まれている上に、他の人より何倍も努力をする。
そんな変態じみた超人に、並みの人間が追いつける筈がない。その血の滲む努力を継続出来る事こそが真の才能かもしれない。
クリフとラミスもそんなところだろう。そして天賦の才を持った二人は、何度か里に危機が訪れた際に戦線を共にする中で、互いの才に惹かれ合い、自然と結ばれる事となった。
そんな最強カップルの誕生に里は盛り上がり、この二人の間にどれ程の才を持った子が生まれるのだろうかと、里全体が期待に満ち溢れていた。
そんな期待の中、誕生したのがカーミラであった。カーミラは二人の才を見事に受け継ぎ、幼少から二人が得意とする攻撃、回復魔法の技術をめきめきと伸ばしていったのである。
将来が渇望されるカーミラはその後も両親や里の者からも愛され、すくすくと成長していった。しかし、幸せな日々は長くは続かなかった。
ある時、里に原因不明の伝染病が流行り、里の者が何名も犠牲になった。病に侵された者は原因不明の発熱、咳に悩まされ、悪化すると吐血し、最悪の場合死に至る。
その恐ろしい病は、ラミスの回復魔法も効かず、里は未だかつてない危機に瀕していた。
そんな状況を打破すべく、ラミスは動く。ラミスは犠牲者から検体を採取し、原因を究明すべく、寝る間も惜しんで研究に明け暮れた。
原因究明は困難を極めたが、来る日も来る日も試行錯誤を重ね研究を繰り返す中、遂にラミスは原因を解明し、初期段階なら完治できる特効薬を開発した。
そして、それと同時に伝染病患者のある特徴に気付く。
伝染病に罹った患者の経路や行動を辿ると、全ての者がハイペリオン近辺の森に採集に行った後、病を患っている事が判明した。
この事実に気が付いたラミスは伝染病の原因がハイペリオンにあると確信する。
特効薬が完成したとは言え、あくまでも初期段階の者にしか効果が無い。
重症者に効く薬が出来たとしても、根本原因を絶たなければ病は根絶できない。ラミスは単身でハイペリオンに向かう事を決心する。
ハイペリオンは里では崇高な樹として崇められ、御神木のような存在である。
そのため、里長の許可が無い限り立ち入る事を禁じられている。しかし、今回はそんな事を言ってはいられない。事態は一刻を争う。ラミスは里の掟を犯し、ハイペリオンへ足を踏み入れた。
ハイペリオンの幹は先祖がその昔に開けた穴があり、幹の中に入れるようになっている。中は開けていて、エルフ族の繁栄を願った像が祀られている。
慎重に中へと進むラミス。防御魔法で結界を張り、特効薬も持ってきた。準備に抜かりはない。ラミスがここを訪れるのはクリフとの結婚の儀式以来だが、中は見た感じ依然と変わらず問題ないように思える。
ラミスが奥の像の前まで進むと、像の裏から黒い影のような触手がラミスを襲う。ラミスは回避と同時に防御を試みたが、触手は防御結界をも突き破り、攻撃を受けて出血してしまった。すると、像の後ろから黒い触手を持つ魔物が姿を現した。
全身が黒く、丸い本体の中心に目がある。無数の触手を体から生やし、さながらウイルスのような姿をしている。こいつが伝染病を巻き散らしている魔物に違いない。
ラミスの直感がそう告げている。ラミスが臨戦態勢に入ろうとすると、魔物は周囲に毒霧を巻き散らした。ラミスは破られた防御結界を張り直そうとするが、反応が一歩遅く霧を浴びてしまう。
ラミスは用意してきた特効薬で回復を図ろうとしていると、魔物が喋り出した。
「クックック、無駄、無駄。この里の病の原因を突き止めてここまでやって来たようだが、この毒を至近距離で浴びたらもう助からない。里の連中を見ただろ。少し浴びただけであの苦しみようだ。貴様もここでお終いだよ。」
「やはり、お前が伝染病の黒幕か。そしてこの毒で里の者を苦しめてきたのか。グハッ。」
特効薬を飲んだラミスだったが、薬がまるで効かない。毒が体を巡りどんどん気が遠くなっていく。
「そうさ、特効薬でも作ったようだが無駄だったな。傷口からも毒が入ったんだ。直にお前は死ぬ。お前が死んだらまたじわじわと里の連中を苦しめてここを乗っ取ってやるよ。」
「クソッ、そうはさせない。エクストラヒール(超回復)!」
ラミスは力を振り絞り渾身の大回復魔法を魔物に向けて放つ。
「ギャー!き、貴様、何をする!?」
魔物はラミスの魔法を食らい、奇声をあげて怯む。
「やはり、お前のような雑菌には回復魔法が効くようだな。」
「こ、小癪な死に損いめ!これでも食らえ!」
魔物はハイペリオンを覆い尽くすかのような勢いで毒霧を巻き散らした。先程とは比べ物にならない程の量である。このまま放っておけば里にも霧が流れ込み、被害が出るだろう。ラミスは途切れかけた意識の中で結界魔法を唱える。
「マジックシールド(魔法障壁)!」
ラミスの魔法でハイペリオン全体に結界が張られ、毒霧は結界の中に閉じ込められた。しかし、毒霧を浴び続けたラミスはもう虫の息である。
「ふん、こんな時間稼ぎをしてどうするつもりだ。お前が死ねば結界が解かれ、毒霧が里を襲う。俺を
怒らせたのが運の尽きだったな。お前も命も里の運命も最早時間の問題だ。」
「いいえ、あの人ならきっとここに来て、何とかしてくれる。それまで私は足掻き続けるわ。」
ラミスは途切れかけた意識の中である人が来るのを待つのであった。
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